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CFA協会ブログ

No. 559                                                                                                                                                                                                                                

2022121 

投資の第一原理:割引キャッシュフロー法
Investing’s First Principles: The Discounted Cash Flow Models


ブライアン・マイケル・ネルソン、CFA (Brian Michael Nelson, CFA)

「人の思考は過去の経験に基づく因習やアナロジーに過度に縛られている。人が第一原理に基づき物事を考えようと努めることはほとんどありません。「いつもこのやり方でやってきたから、こうするのです」が決まり文句です。そうでなければ、「誰もそのやり方をしたことがないのだから、上手く行くはずがない」、だからそうしないのだ。しかし、それは馬鹿げた考え方です。始めからから推論を構築しなければなりません。「第一原理に基づいて」という言い回しは物理学で使用されるものです。根本的な要因を見て、そこから推論し、次に妥当するのかしないのかという結論を得るのです。そのようにして得られた結論は先人が過去に成し遂げたことと異なっているかもしれないし、異なっていないかもしれません」-イーロン・マスク

 

私は寝つきが悪かったのです。何かがおかしいと分かっていたからです。数字に納得がいきませんでした。何年もの間、エネルギーパイプラインのアナリストたちはマスターリミテッドパートナーシップ(MLP)株の評価法を都合よく調整し、価格変動を正当化しているように思えたのです。

 それにしてもどういうことでしょう。特定の企業群の評価法を調整しながら、 他の企業群にはそうしないというのはなぜでしょう。現金は現金で変わりなく、価値とは事業活動を通じて循環する現金を測定したものであるはずです。企業により適用する規則を変えるというのはおかしな話です。企業価値評価には普遍性があって然るべきです。

 アナリストたちは分配可能なキャッシュフロー倍率に基づきMLPを評価していました。別の言い方をすれば、配当利回り、すなわち1株当たり分配金を株価で除した値です。しかし、グロースキャピタルへの投資は分配可能なキャッシュフロー額を確保し、将来にわたり増やしていくのです。パイプラインMLPの企業価値評価はこの点を無視しています。なぜパイプラインMLPは成長プロジェクトに投資された株主資本を丸々受けとるのでしょうか、それは他業態の企業の場合には当てはまりません。

 MLPの企業価値評価法は何とバランスを欠いていることでしょう。フェースブックから社名変更したメタ・プラットフォームスは、今年メタバース部門であるフェースブック・リアリティ・ラブに最低100億ドルを投資し、仮想現実と拡張現実のアプリケーションを構築する計画です。仮に、この数十億ドルにわたる多額のグロースキャピタルへの投資を無視して、そうした投資に関連した将来のフリーキャッシュフローの伸びを賞賛して「メタ・プラットフォーム」を評価すると考えてみてください。それこそがMLPと分配可能なキャッシュフローで起きていることで、市場はそのことに気づき、パイプラインMLPの株価は大きく下落しました。

 私は著書「バリュートラップ(割安のわな)」で第一原理を強調したので、キンダー・モルガン社とMLPの話をここで紹介します。ディカウンテッドキャッシュフローモデル(以下、DCF法)は一般的な企業評価方法です。このことは何を意味しているのか分かりますか?そして、第一原理とは何かお分かりですか? では、まずPERを見てみましょう。いずれの企業価値評価倍率もDCF法へ展開可能です。PERは必ずしもDCF法への近道であるとは限りません。使い方を誤ると、企業価値について結論を誤ることになります。

 たとえば、PER15倍はある企業にとって割安であっても、別の企業にとっては割高ということもありえます。これは、ある変数が因果関係を歪めてしまう効果を有しており、そのために株価の評価倍率の効果を限定してしまうのです。割安な企業は帳簿上多額の現金を有しており、成長性も有望かもしれない一方、割高な企業は多額の負債を抱え、成長見通しが芳しくないこともあります。にもかかわらず、PERが同じなだけかもしれません。

適切に利用し、それがおおよそ何を示すのかを理解していれば、評価倍率は役に立つことでしょう。低PER株は純負債額が多額に上る場合、割安だとは言えないかもしれません。高PER株は貸借対照表上、必要最小限の保有資産で、ネットキャッシュが潤沢であり、フリーキャッシュフローの成長が有望視される場合は割高だとは言えないかもしれません。しかし、PERが十分にDCF法の代わりにはならず、それだけで用いるべきでないことを忘れてしまっているアナリストは多いのです。

 これがあらゆる種類の怪しげな財務分析への扉を開くのです。統計的にこの倍率やあの倍率に基づく収益率を「説明」するありとあらゆる計量モデルのファクターを考えてみてください。膨大な数のフォワード・ルッキングな企業価値の予測がそれぞれの評価倍率に内包されているのです。単に倍率が高いから低いからという理由である株式が絶好の買い物だとはならないのです。

 現在では、PERPBREV/EBITDA倍率その他の倍率がDCF法から「導き出されて」いるのにあたかも別物としてそれだけで利用するアナリストが多いのです。DCF法は依然として妥当性を有しているか疑問を呈する人も中にはいます。将来フリーキャッシュフローを予測して、適切な金利で現在価値へ割り戻すやり方が、ゲームストップやAMCエンターテインメントといったミーム株(訳注:SNS上で話題になる小型株)の時代に有効なのでしょうか?

 その答えはイエスです。企業価値評価においては、第一原理は重要です。あらゆる評価倍率にはDCF法が暗黙的に内包されています。

 MLPについて、バリュエーションの何が問題なのかはわかっています。「分配可能」性指標に依拠するのは、メタ・プラットフォームの株式を「持続的な」資本支出のみで考慮し、メタバース関連のグロースキャピタルの支出を無視しながら、メタバース関連事業から生ずる将来キャッシュフローを評価上取り込んでメタ・プラットフォームを評価しているようなものです。

 MLPバブルが示しているのは、DCF法を無視して評価倍率を使うと悲惨な結果が待ち受けているということです。実際、投資の第一原理の確固たる基盤を欠いた評価倍率は大した洞察をもたらすことはありません。DCF法のみがPER15倍株が割安か割高かを決定する助けになるのです。

 そうした誤りは実証的計量ファイナンスにおける類似企業群での比較再現性の危うさを説明するのに役立つかもしれません。私が思うに、評価倍率で株式のリターンを説明する統計分析はたいてい欠陥があります。 近年、PERが同水準であったとしても、実際には評価倍率が類似している株式の企業価値が同じように維持されることはありません。どうして、いままで同一であろうか、あるいは同一であるはずだと考えたのでしょうか。

 PERが同じ2銘柄の株式が割安あるいは割高に評価されているとして、似たようなPERの株式のパフォーマンスのそうしたデータに基づいて投資行動を取るべきだということができるのでしょうか?

 バリュー株とグロース株論争についてこのことは何を示唆するでしょうか?DCF法を使用していなければ、バリュー株、グロース株の話をしても当てずっぽうの議論をしているにすぎないかもしれません。

 これらすべて、今日の市場でDCF法が有用であるだけでなく、絶対的に必要である理由の説明の一助となっているのです。米国10年債の利回りが上昇し、株式に下押し圧力がかかっている状況で、DCF法を念頭に置く必要があります。詰まるところ、金利水準は加重平均資本コストの基礎となるのです。

市場環境が移行するなか、投資の第一原理へ回帰することは不可避でDCF法はこの先市場変動に対処していくうえで不可欠な道具なのです。

 

ブライアン・マイケル・ネルソン、CFAValue Trap: Theory of Universal Valuationもぜひご覧ください。本ブログがお気に召した場合は、the Enterprising Investorを購読ください。

 


執筆者

Brian Michael Nelson, CFA

 

(翻訳者:森田智弘、CFA

英文オリジナル記事

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/01/19/investings-first-principles-the-discounted-cash-flow-model/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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