564

CFA協会ブログ

No. 564                                                                                                                                                                                                                                   

 2022225 

ワイヤーカード社のスキャンダルにより、欧州における企業報告の質と信頼性を高めるための欧州委員会の協議に拍車
Wirecard Scandal Spurs European Commission Consult to Enhance the Quality and Reliability of Corporate Reporting in Europe

サンディ・ピーターズ(Sandy Peters, CPA, CFA)

CFA協会による「高品質・高信頼性企業報告の柱」についての評価。5つの重要な提言

ドイツのワイヤカード社の破綻は、欧州連合(EU)最大の経済圏において、投下資本の保護をしてくれていると投資家が信頼していた経営陣、監査委員会、取締役会、監査人、監査規制当局、企業報告規制当局が、複数のレベルで期待を裏切ったことを明らかにしました。

今回の失敗は、このような不祥事が起きたときに報道されるのが通例である、監査人の足元だけの問題ではありません。ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)、会計基準違反の調査を行う財務報告執行委員会(FREP、監査監督機関AbschlussprüferaufsichtsstellAPASAudit Oversight Body)のガバナンスの欠如と脆弱性を指摘する報道が数多くなされています[1]。これらの失敗には、利害の衝突(ワイヤカード社の所有や監督下にある企業の取締役会の席の確保など)のために監督機能を果たせなかったこと、監督努力の調整の欠如、同社に関する主張が真実であるということに対する否定または不信、規制当局の無資格かつ不十分な人員配置、APASの不十分さと非効率性を監査専門家が知っていたことなどがありますが、それだけに限定されるものではありません。これらは、投資家の目線に問題点を明確に示す調査結果の一部に過ぎません。金融規制、企業監督、企業報告、監査、監査監督におけるこのような失敗は特にドイツにおいて顕著であり、より広く欧州連合における投資にも影響を与えるものです。

欧州委員会、企業報告の改善策について意見を募集

このような失敗や、EUが目指す資本市場統合への影響を受けて、欧州委員会は「企業報告の質およびその執行の強化」(コンサルテーション)という文書を発表し、高品質で信頼できる企業報告のすべての柱についてフィードバックを求めています。これらの柱には、コーポレート・ガバナンス、法定監査、法定監査の監督、企業報告の監督、すなわち、欧州証券市場庁(ESMA)の業務が含まれます。CFA 協会は、このコンサルテーションへの回答を発表し、そして包括的に対応し、他のステークホルダーに適切な文脈を提供するために、別紙のレターを発行しました。

高品質・高信頼性企業報告の柱に関する現時点での評価

本コンサルテーションでは、高品質で信頼性の高い企業報告の柱と、それらがどのように連携しているかに焦点をあてています。以下のリストは、これらの柱とそれらがどのように協調しているか(または協調していないか)についての我々の現在の評価をまとめたものです。我々の5つの重要な提言は、最後のセクションに記載されています。

·        ワイヤカード社は、監査だけでなく、すべての柱が投資家を保護できなかったことを証明した。監査人による監査の実施に加え、経営陣、コーポレート・ガバナンス、財務報告規制当局、監査規制当局、金融監督当局など、報告のエコシステム全体(すなわち柱)にわたって失敗が発生したのです。ワイヤカード社は、欧州最大の経済において、このような柱がすべて効果的に機能していないことを証明しました。したがって、本コンサルテーションは、企業報告と監査の質に関するすべての柱に正しく焦点を合わせています。

·        EUの法制は、他の柱よりも監査人に重点を置いてきた。金融危機後のEUの企業報告関連法の多くは、最大の利益相反である監査人のペイヤーモデルを変えることなく、新たな監査制度に焦点を当てました。監査人の交代制、非監査業務の削減、監査市場の競争力評価など、いずれもこの根本的な利益相反を解決するものではありません。経営陣を喜ばせたいという監査人の欲求は、常に監査人の懐疑心や監査の質を低下させます。従って、もしペイヤーモデルを維持するつもりなら、経営陣による説明責任の強化、より強力で透明性の高い監査委員会、有能で実効性のある監査規制当局の存在、より強い権限を持つ企業報告規制当局が必要です。これらはすべて、監査人がペイヤーモデルの負の影響を相殺できるようにするための後ろ盾として必要なものです。

·        経営者の説明責任が基本。これまでのEUレベルの法律では、財務報告に係る有効な内部統制の主体である経営者よりも、監査人の責任を追及することに比較的重点が置かれているように見受けられます。特に経営者は、財務報告に係る内部統制について十分な説明責任を負っていないように思われます。この点が改善されない限り、企業報告と監査のエコシステムが十分に改善されることはありません。財務報告にかかる内部統制に対する経営者の説明責任は、単なる柱ではなく、高品質かつ信頼性の高い企業報告の基礎となるものです。我々は、コンサルテーションがこれらの様々な柱における改革の必要性を正しく文脈化していると考えていますが、同時に、(単に広義のコーポレート・ガバナンスではなく)経営者の説明責任についてより具体的に強調する必要があると考えます。

·        企業報告の質・信頼性の向上には、他の柱の強化が不可欠。監査人は、企業の壊れた報告システムを改善することはできません。監査人ができるのは、報告し、改善を促すことだけです。同等以上の強度を持つ柱で構成される企業報告/監査エコシステムがなければ、監査人は一人で巨石を押し上げるようなもので、監査人に対するEUの追加法(規制/指令)はそれ以上意味のある効果をもたらさないでしょう。

·        他の柱は、監査の柱を支えるには十分な強度を有していない。経営陣の説明責任の強化に加え、その他の柱について以下のような改革が必要だと考えています。(1EU加盟国レベルでコーポレートガバナンスの要件が細分化されているため、より広範なコーポレートガバナンスが必要であること。(2)同様に加盟国レベルで細分化されているため、法定監査の監視を向上させる必要があること。また、加盟国レベルでのスタッフの質、リソースの不足、透明性の欠如、独立性については、ドイツだけの問題とは捉えられていなかったという認識もあります。(例:EU加盟国であったイギリスのCarillion社など)。

私たちは、コーポレート・ガバナンスの柱と監査に対する監督において、最も大きな改善が必要だと考えています。とはいえ、それぞれの柱で改善が必要であり、投資家やその他のステークホルダーのために機能する環境を作るためには、これらすべての作業が協調して行われる必要があるとも考えています。エコシステムが効果的に機能するためには、それぞれの柱において透明性と説明責任が確保されていなければなりません。一つの柱が失敗すれば、システムは失敗します。

改善のための5つの重要な提言

私たちの5つの重要な提言は、優先順位の高い順に以下の通りです。

1.     財務報告に係る内部統制の監査に裏付けられた経営者認証の実施。財務報告に係る内部統制(ICFR)に関する監査人の認証に裏付けられた経営者証明書の導入は、財務報告に対する経営者の責任と資源配分の行動および説明責任に大きな影響を与えることがわかりました。その結果、このような施策は企業報告の質を向上させました。我々は、これはEUが実施すべき必要な改善であると考えます。投資家は、このような証明書や認証にかかるコストを喜んで支払います。なぜなら、そのコストは利益に見合うものだからです。

2.     欧州の監査規制当局を創設。EU加盟国の監査規制当局と欧州監査監督機関委員会(CEAOB)について、詳細かつ独立したレビューと検査を行い、どのように改善すべきかを判断することが必要であると考えます。この見直しは、汎欧州的な監査規制機関を創設するかどうかではなく、どのように創設するかについてのものであると我々は考えています。このような規制当局は、監査基準の設定と承認、検査、強制措置の監督を行うことになります。我々は、ESMAのような組織を想定していますが、ESMAに必要であると我々が強調した、より大きな権限を持つ組織です。米国の公開会社会計監視委員会(PCAOB)や英国の財務報告評議会(今後ARGA (Audit, Reporting, and Governance Authority)に発展・改組予定)と比べると、欧州は監査人への監視や透明性が低く、監査監督において遅れをとっているように見受けられます。

3.     監査委員会の機能を改善するために、監査委員会に対する規制当局の監視を強化。監査委員会の機能及び規制当局による監視には、まだ改善が必要であると考えます。

4.     業務レベルの監査品質指標を確立。ICFRの認証に加え、監査に関する最も重要な改善点は、監査品質指標(AQI)を策定することであると考えています。監査事務所レベルの情報、品質基準、透明性報告書は重要ですが、それだけでは十分ではありません。業務レベルのAQIは、経営者、監査委員会、監査規制当局、消費者(投資家)に、進捗状況を伝え、測定するための指標を提供します。監査の品質を測定することは、投資家、および投資家の利益を保護するために従事する機関に、より多くの情報を提供し、監査を信用財の領域から脱却させることです。

5.     ESMAの責任と権限の強化ESMAの設立は、企業報告の質に対してEU全体の視点と見識をもたらすのに有効であると我々は考えています。監査監督に関しては、上述の通り、EU全体の視点が欠けています。とはいえ、ESMAは企業報告の改善に必要なエンフォースメントを実際に実施するために必要なアクセス、監督の強さ、エンフォースメントの権限を欠いているのが現状です。ワイヤカード社のスキャンダルに端を発したドイツのFREPの状況は、ESMAが最も必要する事前に変化をもたらす能力がないことを浮き彫りにしています。公表されたニュースによると、FREPが必要な職務を遂行するための資源や能力を欠いていることはよく知られていたようです。事後的に見ても、欧州委員会からワイヤカード社の問題の調査を依頼されたESMAは、必要な変化を観察し、コメントすることはできても、それを実現することはできませんでした。この点で、ESMAを強化するための改善が必要であると考えます。監督とは本来、事後的な活動であり、重要な後ろ盾となるものですが、この監督の効力の多くは、効果的な事前的抑止力として機能するための公的な執行の表明に依存するものです。このような理由から、我々はESMAに監督と執行の権限を与えるESMAレベルの変更が必要であると考えます。

資本市場同盟には改善が不可欠

ECが資本市場同盟を追求する中で、ワイヤカード社のスキャンダルは、投資家のための自由な資本移動に対する同盟の完全性と効率性が、最も弱いリンクによって判断される可能性が高いことを浮き彫りにしました。我々は資本市場同盟のコンセプトと野心には賛成ですが、コンサルテーションの発表に至った経緯と、対応に費やされた努力は、EC法(規制/指令)内の原則と実際の各国管轄の規則、実施、適用、執行を結びつけることの断片的で困難な性質を浮き彫りにしたに過ぎないのです。そのため、コンサルテーションに対する当方の回答は、投資家を保護し、資本市場同盟が十分に機能するような形で透明性と説明責任を高めるために欧州全体で何が必要かに焦点を当てたものです。我々は、欧州委員会が、資本市場統合の有効性を投資家に納得させるために、これらの提言を実行に移さなければならないと考えています。

[1] Press articles:

·        Wirecard Inquiry: Germany’s Political and Financial Elite Exposed, Financial Times; Guy Chazan and Olaf Storbeck; April 18, 2021. (https://www.ft.com/content/6e0c6b5f-3461-463d-b49b-f572dbc39c26)

·        Wirecard Collapse Leads to Call for German Parliamentary Inquiry, Reuters, Andreas Rinke and Neil Jerome Morales; June 29, 2020;  (https://www.reuters.com/article/us-wirecard-accounts-idUSKBN2401Y7)

·        German Audit Watchdog Chief Faces Probe Over Wirecard Share Trading, Financial Times; Olaf Storbeck; December 11, 2020; (https://www.ft.com/content/7c8da57b-aee5-4c62-87c3-5ba0a7ac2a40)

·        Head of German Accounting Watchdog to Step Down in Wake of Wirecard, Reuters; Hans Seidenstuecker and Tom Sims; February 24, 2021;  (https://www.reuters.com/article/us-wirecard-accounts-frep-idUSKBN2AO2LJ)

·        German Watchdog Reports EY to Prosecutors Over Wirecard Audit, Financial Times; Olaf Storbeck; November 26, 2020; (https://www.ft.com/content/c3b9791a-15b2-4a7c-92da-be4458f528d7)

·        BaFin Boss ‘Believed’ Wirecard Was Victim Until Near the End, Financial Times; Olaf Storbeck; January 24, 2021; (https://www.ft.com/content/a021012e-bd2e-44d5-a160-96d997c662f1)

·        All Financial Reporting Enforcement Panel Articles, Compliance Week; Various (https://www.complianceweek.com/financial-reporting-enforcement-panel/8021.tag)

執筆者

Sandy Peters, CPA, CFA

(翻訳者:猪原英治、CFACIPM