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CFA協会ブログ

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2022225 

リタイアメント・インカム :6つの戦略
Retirement Income: Six Strategies

クリサナ・パテル(Krisna Patel, CFA)

「自分のスタイルを明確にし、それに適した戦略を立てることは、退職後の生活と所得戦略を一致させるための重要なステップとなります。プロセスを経て適切な戦略が構築されるのであり、唯一の正解というものはありません。すべての人にとって最適な提案やリタイアメント・インカム商品はないのです。」Alejandro Murguia and Wade D. Pfau

 

妻のケータリングビジネスで一番驚くことは、料理が常にたくさん残ることです。私はよく、"コストを管理する良い方法はないのか?"と尋ねます。妻の答えはいつも同じで、「足りないよりも、余った方が良い」と言うのです。

 

彼女は個人が食べる量を予測する優れた能力がありますが、それでも実際に何人来るのか、食欲がどれだけあるかを確実に予測出来るわけではありません。

 

私たちが顧客の定年退職の準備をお手伝いするときも、彼らがいくら必要になるかわかりませんが、決して不足させたくはありません。十分な老後資金を蓄えるために、以下のような様々な項目について考慮する必要があります。

1.       収入はいくら必要か?

2.       どのくらいの期間において収入が必要か?

3.       インフレの予測はどうなのか?

4.       遺言の受益者にいくら残したいか?

 

 

これらの質問に答えるのは難しく、本質的に正確に回答できる問いではありません。様々な金融アプリケーションは様々なシナリオをモデル化しようと試みますが、顧客がどれだけ正確に必要な額を算出したとしても、投資リターンの順番は決して正確に予測できるものではありません。そしてそれこそが、定年後の生活を成功に導く最も重要な項目の一つなのです。

 

リターンの順番とは、リターンが実現される順番であり、もし顧客が資産を蓄積するのであれば、ほとんど問題になりません。例えば、ある顧客が10万ドルを株式に投資してスタートしたとします。以下のシナリオ1では、投資開始1年目にマイナスリターンとなり、シナリオ2では、順序が反転し、投資期間の最後にマイナスリターンとなったとします。

どちらのシナリオでも、最終投資価値は同じで、平均リターンは6.05%です。しかし、定年後は分配金に頼るようになります。その場合、異なる計算結果となります。

 

同じリターンを使って、100万ドルの貯蓄から年間5万ドルの実質所得分配を行い、年間2%のインフレ調整を行うとします。

両シナリオの「平均」リターンは同じですが、今度は結果が大きく異なります。シナリオ1のように、投資開始時にマイナスのリターンとなった場合、顧客は資金を使い果たすことになります。これは最悪の事態です。一方、シナリオ2では、資本金は160万ドルに増加します。これにより"インカムは最大化されたか?"という疑問が湧きます。

 

この状況は、リタイアメントにおけるシーケンス・オブ・リターン・リスク(SoRR)を反映しています。この現象の教訓は単純です。平均的なリターンよりも、リターンの発生順序が成否を左右するということです。SoRRは、長寿リスクや予期せぬ出費とともに、顧客が老後資金を十分に確保できるかどうかを判断する重要な項目です。

 

これらの項目に対処するために、様々な戦略が開発されてきました。それらの戦略は、一般的に、次の6つのカテゴリー(確実性戦略、静的戦略、バケット戦略、バリアブル戦略、動的戦略、保険戦略)に分類され、各戦略それぞれに長所と短所があります。

 

1. 確実性戦略

多くの金融機関は、将来の負債に備えるためにアセット・ライアビリティ・マネジメント(以降ALM)を採用しています。簡単に言えば、確実性の高い将来の負債に備えるよう、資金を投資する、ということです。例えば、現在の金利環境が3%で、1年後に5万ドルの収入を獲得したいとします。金利と元本が保証されている場合は、将来の債務を満たすために48,545ドル(5万ドル/1.03)を今から投資するようアドバイスするでしょう。

 

しかし、これではインフレから彼らを守ることはできないでしょう。そこで、その5万ドルを1年物の米国物価連動債(TIPs)に投資すれば、債務をカバーすると同時にインフレ・リスクにも備えることができます。

 

この戦略は確実ですが、欠点もあります。資金不足にならないように、何年分の資金を用意するか決める必要がありますが、これはほとんど不可能であり、気の遠くなるような作業です。また、この戦略では、ほとんどのアメリカ人が持っていないような多額の初期資金を投入する必要があります。

 

2. 静的戦略

ALM戦略のための資金がない場合、あるいは退職後の期間を予測できない場合、ポートフォリオから取り崩す「安全な」率を決定する方法があります。ウィリアム・P・ベンジェン氏(William P. Bengenは、株式と債券を半々にしたポートフォリオの過去のリターンを使って、最適な開始時の引き出し率を4%と算出しました。つまり、5万ドルの実質年収を維持するためには、125万ドルの資金が必要となります。その後、毎年、前年の引き出し額をインフレ調整していきます。

 

他のリタイアメント・インカム戦略と同様に、これにはいくつかの前提条件があります。ベンジェン氏(Bengen)は、退職後の生活を30年とし、毎年50/50のポートフォリオにリバランスすることを想定しています。退職者にとっての重要な課題は、大きなドローダウンの後、リバランスして株式を買い戻すことです。このような損失回避につながる戦術は、戦略を狂わせる可能性があります。

 

ベンジェン氏(Bengen)が提唱した4%の引き出し率は効果的でしたが、最近の株式市場の上昇と低い債券利回りにより、クリスティーナ・ベンツ氏(Christine Benz)やジョン・レッケンセイラー氏(John Rekenthaler)などは、この開始時の引き出し率を下方修正しました

 

3. バケット戦略

下落相場でのリバランスの恐怖を対処するために、退職者はバケット戦略を好むかもしれません。この方法は、貨幣の交換価値とは関係なく、(例えばクリスマス用の預金を考えてみてください)お金のプールを散々用意して自分自身の価値観でそれぞれの貯金プールに割り当てる傾向あるいは、メンタルアカウンティングの認知バイアスを活用するものです。例えば、23年分の収入を賄う短期的な現金同等のバケットと、残りの退職金で長期的な分散投資のバケットを設定するなどの複数のバケットを設定します。

 

退職後、顧客は毎年必要な収入を短期バケットから引き出し、もうひとつの長期バケットは指定された間隔で、または、残高基準でそれらの資金を補充します。

 

このバケット戦略は、SoRRを排除することはできませんが、市場の低迷を乗り切るための柔軟性があります。弱気相場では、退職者はしばしばリスク軽減の手段として、より保守的なアロケーションにリバランスすることを余儀なくされます。しかし、これでは損失を回復したり、将来の収入を増やしたりできる可能性が低くなってしまいます。

 

バケットを分けることにより、現在の収入が下落相場に影響されることなく、長期バケットにて資金を補充する時間があると理解し、非合理的な決定を下す傾向が弱まるかもしれません。

 

4. バリアブル戦略

静的なリタイアメント・インカム・プログラムのほとんどはインフレに合わせて顧客の所得分配を調整するものの、必要性にかかわらず一定の実質所得を維持します。しかし、もし年ごとに所得ニーズが変化する場合はどうでしょうか。

 

モーニングスター社のディビッド・ブランシェット氏(David Blanchett , CFAは、リタイア後の支出が一定でないことを明らかにしました。彼は、よくある「退職後の支出スマイル」パターンを特定しました。それは、退職後の早い時期に支出が増え、退職中期に支出が減り、退職後期に支出が増えるというものです。

 

このような段階的な支出シナリオは、直感的に理解できます。退職者は、最初は旅行や娯楽に多く費やし、健康状態や運動能力が低下するにつれて支出を減らしていきます。退職後の生活が長くなれば、医療費が増え、支出に占める割合が大きくなります。

 

このことを念頭に置き、顧客は、退職後の支出を予測した変動的な支出スケジュールを展開することを望むかもしれません。この戦略は、初期の所得を増やすことができますが、成功するためには、ある種の行動バイアスを克服しなければならないかもしれません。私たちは習慣の生き物であり、所得の減少に応じて支出パターンを調整することは困難です。さらに、このモデルでは、どの程度の所得の減少を計画すべきかについて明確になっていません。

 

5. ダイナミック戦略

バリアブル戦略が所得に対する段階的なシナリオを示すのに対し、ダイナミック戦略は市場の状況に応じて調整を行います。ダイナミック・インカム・プランニングのひとつは、資本市場のシナリオをモンテカルロ・シミュレーションし、分配の成功確率を決定するものです。そして、顧客はその成功確率の水準に基づいて収入を調整することができます。

 

例えば、85%が許容可能な成功の閾値とみなされ、モンテカルロ法で分配の成功確率が95%と計算された場合、分配金を増やすことができます。あるいは、モンテカルロが75%の確率でシミュレーションした場合、分配金が減らされることがあります。100%の成功確率が理想的であることは明らかですが、それは達成できないかもしれません。だからこそ、どの程度の信頼度が顧客に合っているかを判断することが重要な問題となります。それが決まれば、毎年、または隔年など、あらかじめ設定した間隔でモンテカルロを実行し、収入を増やしたり減らしたりすることができるようになります。これは、インカム・バリアブル・オプションと同様に、顧客が支出を上下に調節することが出来、実際に調節することを前提にしています。

 

6. 保険戦略

最終的には、退職金は収入の原資として使用されるため、これら戦略のほとんどは退職後の期間を想定しています。しかし、その退職後の期間を予測することは不可能です。顧客の長寿リスクを排除する唯一の方法は、退職後の収入源に保険をかけることです。このシナリオでは、顧客は保険会社と協力し、一時金を前払いすることで、1人または2人の生涯にわたって定期的な収入を保証するものです。

 

この戦略を評価するためには、市場パフォーマンスや寿命に関係なく収入を得ることができるという安心感と、潜在的なコストとのバランスをとる必要があります。元本へのアクセシビリティ、受益者負担、信用度、経費などは、検討すべき要因のほんの一部です。

 

確かに、これらの戦略は完全なものではありません。しかし、これらは、顧客が様々なアプローチを理解するための枠組みを提供するものです。

顧客がどの戦略、または複数の戦略を取るかは、顧客の好みと様々な要因によって決まります。たとえ、これらの主観的な質問に対する答えがあったとしても、リターンの順序、時間軸、特定の計画を狂わせる可能性のあるバイアスなどを確実に把握することはできません。残念ながら、「万能のアプローチ」は存在しないのです。究極的には、どのようなリタイアメント戦略であっても、人生の欲望と、資金不足のバランスをとる必要があります。

 

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(翻訳者:井上佐知子

英文オリジナル記事

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/02/25/retirement-income-six-strategies/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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