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CFA協会ブログ

No. 567                                                                                                                                                             20223月18 

「ロシアはどれだけ長く制裁に持ちこたえられるか?」
How Long Can Russia Withstand the Sanctions?

ヨアヒム・クレメント, CFA

 ウクライナ侵攻への対抗措置として、ロシアは厳しい経済制裁を受けています。これらの制裁はどれほどのインパクトを持つものでしょうか?データを元にした本格的な分析はまだ見たことがありません。

 禁輸措置はロシアの金融崩壊をまたたくまに引き起こすだろうと予測する者もいる一方で、長期的にゆっくりとロシア経済の重荷となっていくだろうと考える人もいます。

 ロシアがどれだけ長く西側諸国の制裁体制に持ちこたえられるだろうかということを理解するために、いくつかの数字を具体的に列挙してみたいと思います。2つのパートに分けて分析を行ってみましょう。第一に、ドルやユーロにアクセスし、戦費やその他の非裁量支出をファイナンスするための国内収入を生み出すロシア経済力について考察します。第二に、ロシアの中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンドによって積み上げられた準備金がこれらの費用をファイナンスするうえで十分かどうかについて調べてみます。

 

国際所得:貿易赤字

 皮肉なことに、数多くのロシアの商業銀行、投資、そして輸出に対して課せられた制裁措置は、ハードカレンシーによる収入を生み出すために、ロシアが物々交換経済とならなければならないことを意味しています。

 

 

 

 

 通常の状況の下では、ロシアは国外からの投資を通して、あるいは財やサービスの輸出により、ドルやユーロを獲得することができます。しかし、ロシア企業の株式その他の資産に対する制裁措置によって、国外の投資家に株式や債券を発行して資本を調達することが不可能となり、また同様に、輸出禁止措置によってロシアは輸出収入を生みだすことがほとんど不可能となりました。

 事実上、石油やガスを輸出しガスプロムバンクを介して決済を行う方法だけが、ロシアがドルやユーロを獲得する唯一の道となりました。同行は、ロシアの大手金融機関の中で、SWIFTシステムからの遮断をいまだ免れている数少ない銀行のひとつです。もちろん、ロシアは石油やガスの輸出を他の国々にまわして、異なる通貨で支払いを受けることは可能です。しかし、価格設定という点ではほとんどレバレッジを効かすことができませんし、このような通貨は自由に交換できる通貨ではありません。ロシアにとって、ドルおよびユーロを手に入れることは引き続き困難であり、常に供給不足状態なのです。

 このことは重要です。なぜならば、ロシアは食糧、医薬品、その他の民生製品といった必需的な輸入の支払いに充てるためにドルやユーロを必要としているからです。ブルームバーグのデータによれば、2021年、ロシアの財とサービスの総輸出額は4,933億ドルに達しました。このうち、2,356億ドルは石油とガスの輸出額であり、金属、石炭、および小麦(これらのほとんどが今では禁輸措置の対象となっています)が残りの2,578億ドルの大半を占めました。

 

 私たちの考えでは、制裁措置の下でもロシアは石油やガス、そして化学肥料、潜在的には綿や木材製品の輸出の可能性が考えられるように、小麦のような食品関連商品も輸出することが可能かもしれません。しかし、西側諸国からの輸入がより細っていく中で、これらの商品に対するロシア国内の需要、特に小麦に対する需要は増大するでしょう。つまり、生産物の多くが国外に販売されるよりもむしろ国内消費に向けられざるを得なくなりそうです。結果として、石油とガスを除くロシアの輸出額は、おそらく250億ドル程度まで減少することになるでしょう。

 したがって、現在起きているバイヤーのストライキ、およびエネルギー関連輸出に対する制裁強化の可能性を無視し、ロシアがその石油とガスのための市場を見つけると仮定した場合、ロシアの今年の総輸出額は2,600億ドルとなるでしょう。およそ48%もの減少です。

一方、ブルームバーグによれば、ロシアの2021年の財とサービスの総輸入額は2,934億ドルでした。このうち、約106億ドルは食糧、94億ドルは靴製品を含む衣料品、そして97億ドルは医薬品・抗生物質でした。輸入品目として最大だったものは、機械・装置の1,443億ドルでした。輸入リストから乗用車、家具、およびその他の必需的ではない品目を除外し、機械輸入を現在の水準で維持したとすると、ロシアの総輸入額は2,700億ドルまで減少することになりそうです。

 こうして、ロシアは約100億ドルから200億ドルの貿易赤字に直面し、そのファイナンスが必要になります。もちろん、制裁措置により機械輸入が一層落ち込めば、それだけ赤字額も縮小して最終的には黒字に転換、ロシア政府の資金調達ニーズも低下するということになります。

 

 

 

 

 

4,880億ドルものハードカレンシーがある?

 貿易赤字はロシアが抱える問題を一層悪化させます。必需品の輸入のために支払わなくてはならないものばかりではなく、ロシアは、理屈の上では、その債務を返済するとともに戦費を賄う必要があります。それは高くつくものとなりつつあります。

 経済復興センターの分析によれば、ウクライナ侵攻の最初の5日間だけでロシアが費やしたコストは70億ドルに達しました。これには、6,000人と見積もられるロシア側死傷者から生じる27億ドルのGDP上の損失が含まれています。人的資本の損害を除いても、1週間にも満たないうちに42億ドルものコストが生じたわけです。このままのペースで3か月以上費用が増え続ければ、ロシア軍の物質面のコストだけでもざっと500億ドルに達するでしょう。

 対外債務はもうひとつの悪化要因です。ブルームバーグによれば、ロシア連邦は2021年時点で4,900億ドルの対外債務を負っています。このうち、677億ドルはロシア政府の債務であり、785億ドルは銀行の債務となっています。この4,9000億ドルの債務にかかる総返済額は、年あたり約1,000億ドル前後で増減を繰り返しています。2022年、ロシアの政府債務の総返済額は73億ドルまで膨れ上がり、2023年には100億ドルにまで増加するでしょう。

 このように、今年の残りあと9か月の間で、ロシアは75億ドルから150億ドルの貿易赤字に加えて、対外債務では国債だけでも73億ドル、そして銀行債務でもおよそ同額のコストをファイナンスする必要があるわけです。最後に、紛争がどれだけ長く続くかにもよりますが、ロシアはその軍事オペレーションのために500億ドル以上を費やす必要があるでしょう。その大部分は国内の防衛関連企業に対する買掛債務となり、これらの企業はルーブルで支払いを受けることになるでしょう。

 

 

 

 これらのコストをカバーするために、ロシアはその中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンドの資金の一つであるナショナル・ウェルビーイング・ファンドの準備金に手をつけざるを得なくなるでしょう。ブルームバーグによれば、ロシア連邦中央銀行は2021年末時点で6,300億ドルの国際準備を保有しており、そのうちおよそ4,680億ドルを外国通貨で、また1,320億ドルを金で保有していました。外国通貨のうち61.3%はG7諸国の中央銀行、IMF、国際決済銀行(BIS)への預け金でした。この61.3%の全てが制裁措置により凍結されています。金準備はロシア国内で保有されているため、ロシア連邦中央銀行は1,320億ドルの金と、残りの1,810億ドルの外貨準備へのアクセスは維持しています。ナショナル・ウェルビーイング・ファンドが1,740億ドルの利用可能な準備金を別途保有していることと合わせると、ロシア政府は約4,880億ドルの利用可能なハードカレンシーを有していることになります。

 そこからは、簡単なお金の計算です。つまり、ロシアは依然として戦費を賄うために十分な資産を保有しており、今後数年の間、制裁措置を生き抜いていくことでしょう。

 もちろん、これは単にヘッドラインの数字に過ぎません。経済制裁によって経済生産高は劇的に減少し、それとともに、ビジネスと政府の収入も減少します。ロシア連邦では昨年、2021年後半の為替レートで換算して3,290億ドルの総政府支出がありました。キール世界経済研空所の分析によれば、ロシアの石油とガスの輸出が2021年の水準に沿ったものだと仮定すると、目下の禁輸措置はロシアのGDPを1年で約9.5%減少させるとのことです。これは、税収がおよそ180億ドル減少するということを意味していますが、利用可能な準備金と比較すると巨額ではありません。しかし、石油とガスを輸出できなければ、ロシアは1,200億ドルの更なる収入不足を埋め合わさなくてはならなくなるでしょう。

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 以上ここで計算した全ての数字から導き出される結論はシンプルなものです。石油とガスの輸出を継続することができる限り、ロシアは長期にわたって制裁措置から生じる収入不足をファイナンスすることが可能です。しかし、経済的損害は甚大なものとなるでしょう。GDPは今後の12か月間だけでも10%近く減少し、しかもそこで減少が終わりになることはないかもしれません。

 しかし、石油とガスの収入を失えば、ロシアの資金は1、2年のうちに枯渇するでしょう。

 

執筆者

Joachim Klement, CFA 

(翻訳者:荒木 謙一CFA

 

英文オリジナル記事はこちらに

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/03/15/how-long-can-russia-withstand-the-sanctions/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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