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CFA協会ブログ

No. 568                                                                                                                                                            

2022322 

ロシア・ウクライナ戦争とその他の地政学的リスク
The Russia–Ukraine War and Other Geopolitical Risks

ヨアヒム・クレメントCFA

ウクライナでの戦争がトップニュースとして報道され続けています。今のところは。

 

しかし、紛争の間接的な影響は、当事国とその同盟国の国境をはるかに超えて波及します。実際、これは世界中で新しく多様な地政学的リスクを引き起こす可能性があります。

 

世界の穀物供給と食料品の価格上昇に対する戦争の潜在的な影響は、特に憂慮すべきものです。ウクライナは「ヨーロッパの穀倉地帯」として知られ、ロシアとともに、アフリカや中東、中央アジアの発展途上国に小麦を供給しています。

 

多くのウクライナの農民が自国を守るために、種をまき始めるまさにその時期に、農作地を放棄しているという報告がすでに出ています。世界は代償を払うことになるでしょう。

 

この戦争は、2022年のウクライナにおける小麦の収穫の、完全またはほぼ完全な失敗をもたらす可能性があります。一方で、壊滅的な影響のある国際的な制裁に直面したロシアが、食料を国内で消費するようになり、ロシアからの小麦の輸出はゼロに落ちる可能性があります。

 

多くの国は、国民の食糧のための穀物の輸入を、ロシアとウクライナに依存しています。アフリカのベナンやコンゴ、中東のエジプトやカタール、レバノン、中央アジアのカザフスタンやアゼルバイジャンは、穀物の供給量の少なくとも80%を、この戦争をしている両国に依存しています。こうした国々はすべて、新しい穀物の供給源を見つけ、はるかに高い価格を支払わなければなりません。

 

そしてこれは、すでに悪い状況をさらに悪化させるでしょう。紛争前でさえ、食料の価格は上昇していました。昨年のエジプトとアラブ首長国連邦(UAE)では、前年比(YoY)でそれぞれ+17.6%と+4.8%に達しました。これらは、2011年のアラブの春の蜂起の前触れとなった食料の価格上昇の水準を彷彿とさせます。トルコでは状況はさらに極端で、急速に減価したリラが、食料のインフレ率を前年比+64.5%に押し上げました。

 

今後、いくつかの要因が食料価格をさらに押し上げる可能性があります。ウクライナとロシアからの穀物輸出の不足にとどまらず、エネルギー価格の高騰は輸送と肥料のコストを増加させるでしょう。主要な肥料輸出国であるロシアが厳しい制裁に直面しているため、肥料価格にさらに上昇圧力がかかるでしょう。これは火に油を注いでいるようなもので、食料の価格上昇率をこれまで以上に高くします。先進国では、所得層ごとに痛みは異なりますが、消費者の裁量的支出の削減によって、このような傾向の大部分は改善することができます。つまり、食べ物にもっとお金を払い、旅行や娯楽等々へのお金を減らすことで調整します。しかし、食料が生活費の大部分を占め、裁量的支出が少ない発展途上国では、飢餓はより深刻なリスクなのです。

 

アラブの春は、こうした状況がどのように国民の不安や地政学的緊張を煽りうるのかを示す、比較的新しい例です。これは、かつては起こりえなかった出来事では無いのです。例えば中世の農民の反乱やフランス革命、1848年革命はすべて、食糧不安の増大がどのように政治的・社会的混乱を引き起こしうるかを示しています。

 

その効果は非常に強く、私が書いた「予測のための10のルール」のルール6では、次のように記しました。

 

ルール6. 空腹が満たされていれば暴動は起こさない。

「十分に食べられて、比較的安全だと思っている人々の間では、革命や蜂起はめったに起こりません。個人の自由の欠如は、暴動を引き起こすのに十分ではありません。しかし、食糧や水の不足、または広範囲に渡る不正は、暴動を引き起こします。」

 

ロシアとウクライナの穀物に依存している国々を、紛争前から中程度または高い食糧リスクにあった人口の割合とともに下の図に示します。ロシアとウクライナからの穀物輸入への依存や既存の食糧不安、またはこれら2つの組み合わせを考えると、カザフスタンとアゼルバイジャンは、エジプトとコンゴと並んで、最もリスクの高い国の部類に入ります。

 

しかし、潜在的な混乱の原因は、食料の価格上昇だけではありません。機械学習を使用して社会的混乱の予測因子を特定するクリス・レートルとサンダイル・ウラシャワヤによる近年の洞察に基づいて、5つの主要な安定性に関する指標に基づき各国をランク付けする、内乱リスク指標を私たちは構築しました。

 

1.     ロシアとウクライナからの穀物輸入の割合(国連商品貿易統計データベースより)

2.     中程度または高い食料不安を抱える人口の割合(世界銀行より)

3.     若年層の失業率(世界銀行とブルームバーグのデータより)

4.     100人あたりの携帯電話契約(世界銀行より)

5.     民主主義指数(エコノミスト・インテリジェンス・ユニットより)

 

なぜこの5つなのでしょうか?これには、以下のような根拠があります。

・若年層の失業率が高い国は、不安定化しやすい。

・携帯電話は、ソーシャルメディアを介して大規模な抗議運動を組織するために必要不可欠である。

・民主的な制度がないということは、直接行動以外に政治的リーダーを変える機会が無いと国民が考えることを意味する。

 

これらの5つの指標を組み合わせると、どの国において、国内の不安定化のリスクが最も高いのかについての洞察が得られます。下のグラフには、ロシアとウクライナから穀物を直接輸入している国のみが含まれているため、ウクライナでの戦争の影響に直接苦しむ国のみで構成されています。

 

 

経済と投資の観点から見ると、石油輸出国であるサウジアラビアとUAE、そしてイギリスとEUとの貿易関係が緊密なトルコは、最も厄介な状況です。これらの国々の不安定さは、エネルギーのサプライチェーンと世界の貿易を混乱させ、2022年に新たなインフレ率の急上昇を引き起こすような波及効果を持つ可能性があります。

 

確かに、サウジアラビアとUAEは、アラブの春に関連する社会的混乱をほぼ回避し、石油価格の上昇から利益を受けるはずです。しかしながら、特にサウジアラビアの若年層の失業率や、UAEがウクライナとロシアの穀物に依存していること、両国の民主主義指数のスコアの低さ等によって、両国が指標の上位にいることには注意が必要です。

 

トルコの状況は、すでに非常に高まっているインフレ率と、リラの切り下げによって今後12ヶ月以内に国がデフォルトする可能性が高いことを考慮すると、特に懸念されます。

 

投資家は、今後数週間から数か月後の、これらの国々の政治的な動きに注目する必要があります。これは、イギリスとヨーロッパに影響を与えうる潜在的なグローバルサプライチェーンの混乱についての、初期の警告サインとして機能する可能性があるのです。

 

執筆者

Joachim Klement, CFA

(翻訳者:安部 智宏、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/03/18/the-russia-ukraine-war-and-other-geopolitical-risks/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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