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CFA協会ブログ

No. 569                                                               

202248日           

中国の企業年金:「長期の資金、短期の投資」 
China’s Enterprise Annuities: “Long-Term Money, Short-Term Investment”

ボー・スンBo Sun

本記事は、中国CFA協会でのボー・スン氏による最近の講演から引用したものであり、チャン・ケ(Zhang Ke)、CFA、チャン・シャオ(Zhang Xiao)、CFA、リ・ナ(Li Na)、CFAにより翻訳・翻案されたものです。

 

中国の社会保障制度の改革は、システム統合、相乗効果、そして効率化の新たな段階に入りました。

そのことを念頭に置いて、我々は国境を超えた経験か ら何を学ぶことができるのでしょうか。世界の他の国々の年金制度を研究することにより、トップレベルのデザインとガバナンスについて、どのような教訓を引き出すことができるのでしょうか。また、この新しい発展段階における要件への理解を深めて、中国の知恵と解決策を14億以上の人々の年金制度に寄与させるにはどうすればよいのでしょうか。

現状と影響

 中国の企業年金は、法律に則した公的年金への加入に基づき、企業とその従業員によって設定された職域年金の一形態です。

企業年金は、導入以来、急速に成長してきました。2021年第3四半期末までに、2,800万人が加入し、資産額は2.53兆元に達しました。中国には、また、政府機関の職員のために設定された職域年金があり、これは米国の403(b)457の制度を想起させるものです。

企業年金の運用は、「長期の資金、短期の投資」という考え方に苦悩しています。この問題の根本原因は、資産保有と投資判断力のミスマッチに端を発しています。実際の運用では、企業年金の資産配分は、退職間近の従業員のリスク選好にのみ基づくことがありえます。その結果、短期的なパフォーマンスと投資業務が重視され、長寿リスクには対処できない低い株式への資産配分となり、それに見合う長期的なリターンになります。

この問題を解決するためには、短期的、中期的、長期的な解決策を区別し、最終的には個々の投資家の個々の選択に委ねられるようにせざるをえません。

年金は、従業員が退職後にアクセスする長期資金であり、退職後の資金を維持することを目的としています。従業員は、長期的な資金であることを活用して、時間の経過と共に増加する合理的なリターンを得るべきです。しかし、企業年金は、通常は年次で評価されて、「プラスの年間リターン」を資産配分と投資適格性の暗黙の要件としています。

この制約の下では、投資運用会社には、投資目標として長期的なリターンを追求するインセンティブがありません。代わりに、短期的なランキングとリターンを求める傾向になり、保守的な戦略的資産配分を重視し、マイナスのリターンを回避する近視眼的な投資観点を持つことになります。

中国の企業年金の株式への資産配分は、長期間10%から15%の間に留まっており、全国社会保障基金(NSSF)の株式配分は約30%です。カナダ年金制度(CPP)、カリフォルニア州教職員退職年金基金(CalSTRS)、オンタリオ州教職員年金基金(OTPP)などの他の主流の年金では、50%以上の株式配分を維持しています。

このリスク回避傾向により、企業年金の長期リターンは、株式配分比率の高い類似の基金よりも低いことを意味します。2010年から2019年にかけて、企業年金の年率リターンは、NSSFよりも1.7%低く、典型的な外国の年金基金よりもリターン格差が大きくなっています。

長期の投資リターンが不十分なため、長寿リスクに対処するのは難しくなっています。長期的には、年金の収益率はGDPと実質賃金の成長に連動させるべきであり、両者の間に適切な重み付けをするべきです。

この40年間の中国経済の改革と開放の中で、実質賃金とGDPは、それぞれ年率7.8%7%成長しました。したがって、企業年金は長期的に7%のリターンを達成しているべきでした。

中国の資本市場で年率78%の長期リターンを達成するための合理的な資産配分とはどのようなものでしょうか。株式資産の代表各としてCSI 300ネット・トータル・リターン・インデックスと、債券資産の代表各としてCSIアグリゲート・ボンド・インデックスを使用して、CSI 300インデックスが開始した2005年から2020年まで計算すると、少なくとも30%の株式配分があれば、そのリターンは達成できていました。

つまり、年金は少なくとも30%の株式配分を持つべきであることを示唆しています。一方で、それはより高いネット・ボラティリティを持つこと意味します。次の図が示すように、年間の収益率は、これまでの企業年金の資産配分に基づくと5.68%であり、マイナスのリターンは2011年のみで発生しました。しかし、株式への資産配分を30%に増やすと、年率リターンは6%、マイナス・リターンは4年間になります。したがって、ポートフォリオのパフォーマンスの改善には、ボラティリティの大幅な増加を伴います。

 

企業年金および株式30%のシミュレーション・ポートフォリオのパフォーマンス


このモデルの根源

 年金、特に職域年金の第2の柱は、2つのモデルに分類されます。確定拠出型(DC)モデル(例えば、米国の401(k)制度)では、雇用主と従業員の双方が拠出を行い、退職時に従業員の口座残高は、それらの拠出金額と投資リターンに基づきます。このモデルでは、退職口座と投資の意思決定権は個人に委ねられており、個人は様々な金融商品の中から自由に選択することができます。

確定給付型(DB)モデルでは、CalSTRSや様々な国家公務員年金、一部の企業年金基金と同様に、年金制度は企業のバランスシートに含まれており、企業は投資に完全に責任があります。企業は、退職後、従業員に給与に対する所定の割合の金額を支払います。したがって、資産の所有権と投資の意思決定権は企業にあります。

DCモデルとDBモデルは、資産所有と投資の意思決定の点で一致しており、どちらも投資家を長期投資に導くものです。

しかし、DCモデルでは、各個人が自分の口座を管理します。退職が近い人は、より低い株式配分で安定した保守的な投資戦略を選択する傾向になりますが、若い従業員は、より高い株式配分を選択する可能性があります。このようにして、リスクの階層化がなされています。

例えば、401(k)では、30歳未満の加入者の77%が、2020年に資産の80%以上を株式に投資していました。全体では、資産の60%が株式市場に投資されていました。

DB制度では、短期的なボラティリティは、従業員の年金給付には影響しません。雇用主は、長期的な売上と年金の支出のバランスの観点から資産と負債を検討し、長期的なビジョンで投資業務を行います。

たとえば、CalSTRSは、分散した資産配分を好みます。2020年には、58%が株式に配分されていました。過去10会計年度の年率投資リターンは9.3%に達しました。

中国の企業年金運用モデルでは、個人が資産所有者ですが、意思決定権は企業に委ねられています。言い換えれば、企業年金は、資産所有に関してはDCモデルであり、投資の面ではDBモデルです。これら2つのモデルのミスマッチは、長期運用資金を短期に運用する難問に繋がります。

年金ポートフォリオには、様々な年齢の従業員が集うため、年金制度の加入者は様々なリスク選好を持ち、退職間近の人は投資リターンを最も懸念し、パフォーマンスの変動に敏感になります。

こうした年金運用のモデルでは、企業は、投資の意思決定においてポートフォリオ全体に対して、退職間近の人のリスク許容度を使用する傾向があります。こうした傾向が、ポートフォリオの資産配分のブレーキとなり、プラスの年間リターンを追求するための低い株式への配分に繋がります。この仕組みが投資運用会社にも伝播し、当然に、短期的な投資目標や戦略となり、プラスの年間リターンを上げるために資産の投げ売りをすることさえあります。

解決策

 短期的には、退職間近の人は安定性を選ぶべきです。例えば、退職の3年前に標準的な配分から株式への配分が極わずかか全く無い特殊なポートフォリオに切り替えることができれば、プラスの年間リターンや安定した値上がりを確保することができるでしょう。

標準的な年金ポートフォリオを持つ人は、退職金の支払いが短期間のうちには差迫らないため、より高い株式のエクスポージャーを選択することができます。このアプローチは、既に中国の一部の企業では実施されています。

中期的には、様々なリスク・ポートフォリオを設定できます。中国本土の年金ターゲット・リスク・ファンド(TRF)はその一例です。保守型、安定型、バランス型、積極型、またはアクティブ・ポートフォリオが、様々なリスク特性に応じて構築できます。従業員は、リスク選好に基づいてそれらの中から選択することができます。こうすることにより、リスクの階層化がなされて、年金資産を部分的に用いて長期的な投資でリターンを得る可能性があります。実際、一部の現地の企業では、既にこのモデルを採用しています。

長期的に理想的な解決策は、香港のMPFと米国の401(k)のように従業員による投資の選択肢を拡大することです。こうすることにより、個々人が自身の状況に基づいた退職金融商品を選択することができます。

商品の観点からは、外国の年金口座で一般的なターゲット・デート・ファンド(TDF)やターゲット・リスク・ファンドが、中国で導入されています。20189月に最初の年金ターゲット・ファンドが設定されて以来、現在100以上の商品があり、約600億元が運用されており、準備作業は順調に進んでいます。

それにもかかわらず、従業員にとって選択肢が欠如していることは、対処しなければならない実務的な課題です。個人が自分で投資判断を下せるようにするには、中国の投資顧問業界の発展と投資家教育の改善が必要です。

 

執筆者

ボー・スン(Bo Sun

(翻訳者:今井 義行、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/03/29/chinas-enterprise-annuities-long-term-money-short-term-investment/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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