ビクター・シン (Victor Xing)
グローバル化は多方面で懸念されています。コロナ感染が急拡大してから2年経ち、また地政学上の不安が高まるなか、数十年続いたディスインフレの逆風は反転しました。それに対して多くのグローバル企業が、広範囲で最適化を過度に追求したもののかなり脆弱となったグローバルバリューチェーンの混乱に対処してきました。
こうした組織では、方向性を見直してコスト最適化より入手できることを優先しています。この過程は三点で明らかになっています。
1. 地域化:サプライチェーンを主要市場へ近づける
2. 近場への集約:サプライチェーンを生産拠点近くへ移転させる
3. 本国への再集約:ここ数十年にわたり実施した費用削減のための海外移転を部分的に逆行させる
インフレはこうした優先順位を見直した結果生じた主たるものです。遠隔地のグローバルな製造拠点を地域のサプライチェーンへ再編すればロジスティクスから管理まで追加的な設備投資や資源支出が必要になります。そのような見直しをすれば費用がかかりますし、より安定的なサプライチェーンと引き換えに最終的には消費者の負担が増えることになります。
さらに、過去数十年におよぶグローバル化の進展とますます効率性を追求した資源配分は冷戦後の地政学的安定性にかかっていたのです。ソ連邦の解体と中国の世界貿易機関(WTO)加盟により、かつては分断されていたコモディティ市場と労働市場は価格面で収斂することになりました。この結果、先進国経済において、ディスインフレの圧力が産み出されたのでした。振り返れば、鉄のカーテンが大きな壁となって先進国経済から豊穣な果実の収穫とエネルギー資源を遠ざけていたのです。
しかしながら、地政学上の断層線に亀裂が走ることで新たな障害が生じ、国際貿易が混乱する事態が起きることもあります。過去30年の「平和の配当」がさらに劣化する可能性もあります。包囲や禁輸、衝突によりサプライチェーンの迂回が生じる可能性もあります。
インフレがもたらす「パラダイム・シフト」により金融政策が制約される
ロシア・ウクライナ紛争と長引くコロナ感染症関連の混乱を背景に、国際決済銀行(BIS)でゼネラル・マネジャーを務めるオーグスティン・カーステン氏は「この数十年インフレを抑制してきた構造的な要因がグローバル化の後退に伴い減退するかもしれない」と見ています。カーステン氏は次のように続けました。
「これから先を見据えた場合、この数十年猛烈に吹き荒れていた構造的なディスインフレ的風向きも弱くなるでしょう。特に、グローバル化後退の兆候も見られます。地政学的風景の変化だけでなく、コロナ感染症により企業は拡張しているグローバルバリューチェーン再考を余儀なくされ始めています。それにもかかわらず、旧ソヴィエト圏や中国、他の新興国から全世界に合計およそ16億人の労働者が実質的にグローバルな労働力に組み込まれましたが、今後長期間にわたりこの規模で労働力供給が繰り返されることはないかもしれません。グローバル化の後退が勢いを増せば、企業や労働者が最近の数十年で喪失した価格決定力をいくらか取り戻す助けになるかもしれません」。
カースティン氏の枠組みでは、インフレのパラダイム・シフトは金融政策のパラダイム・シフトでもあるのです。主要な中央銀行は大幅な運営上の自由を得て非伝統的な金融緩和-紙幣の増刷-を行いましたが、これはグローバルなディスインフレ効果に負っています。実質的にすべての下方ショックに対して量的緩和(QE)を適用するのではなく、中央銀行は将来に向けて支援策を検討して価格圧力の悪化を回避する必要があります。
利回り曲線は景気後退ではなく金融政策を予想する
状況の変化にもかかわらず、欧州中央銀行(ECB)、米連邦準備制度理事会(FRB)とも金利抑制方針を供給要因によりインフレが急上昇するまで維持しました。ユーロ圏の調和消費者物価指数(HICP)が前年同期比7.5%に達するなか、月次のECBによる債券買入額は2022年3月は総額520億ユーロに及びました。Fedが2月にQEを減速させるなか、個人消費支出(PCE)は前年同期比6.4%の伸びとなりました。長期債の利回りを抑えるQEの役割にもかかわらず、ECBによる買入額は4月には400億ユーロ、5月には300億ユーロ、6月には200億ユーロ、その後「いずれか」の時点で停止される予定です。

QEプログラムはグローバルの長期金利と欧米の長期金利の共振性をつなぎとめてきました。Fedの理事あるラエル・ブレイナードは、海外のQEが米長期金利を引き下げる効果があることを認めています。こうして、海外でQEが継続するなかでのFedの短期金利引上げ期待は米国5年債と30年債の逆イールドに作用しました。
ロングテール・アルファのCIOであり、『債券市場の信じられない変動(The Incredible Upside Down Fixed-Income Market)』の著者ヴィニア・バンサーリも政策がどれほど利回り曲線に影響するかを注視しています。中央銀行はQEを通じて利回り曲線のすべてのグリッドに影響を及ぼすことができるため、利回り曲線の形状は景気後退の可能性よりも政策見通しを反映することになるのです。バンサーリは次のように語りました。
「Fedが歪曲した最も重要な信号は利回り曲線の形状です。特に、利回り曲線の逆イールドは景気後退を比較的よく言い当てる指標として市場参加者にはよく知られています。歴史的にはそのとおりでした。今は、Fedがあまりにも大量の米国債を保有しているため、利回り曲線の形状を好きなように操作できてしまうのです」。
バンサーリの枠組みに付け加えると、逆イールドは、利上げによりインフレが低下し、混乱が緩和するため、景気を減速させ、その結果中央銀行を政策面の制約-2020年以前の「オールド・ノーマル」への収斂-から解放することで、長期債の利回りを抑えるQEの再開のハードルが低くなるという予想を織り込んでいるのです。
逆に、物不足が引き起こすリフレで分断化された世界に後押しされたインフレのレジーム変更はバランスシート拡大の巻き戻し、すなわち量的引締めが必然となります。Fedのバランスシートの縮小にかかわるガイダンス-月次950億ドル-は多くの債券ディーラーの予想を上回るものでした。

拡張的なサプライチェーンが主導するインフレ(と政策)
地政学上の不安定さがかつては効率的であった資源配分を混乱させるなか、過去30年におよぶ相対的な平和と繁栄が見直されています。過去数十年、主要大国間の主導権争いがなかったことは通常状態というより例外だったのでしょうか。雰囲気がさらに悪化した場合、今日のグローバルなバリューチェンにどのような影響が及ぶでしょうか。
この枠組みが示唆するのは、ディスインフレよりも供給主導でインフレが起きる可能です。さらに、暴動はインフレを加速するサプライチェーンの地域化や縮小という脱グローバル化を悪化させるのです。それでも、規模を縮小したサプライチェーンは混乱が止み、インフレが低下すれば、再拡大の恩恵を被る可能性もあります。
市場の用語で言えば、現状の先進国の債券利回りは市場の動きのばらつきの度合いが増すようであれば投資家にとって十分な見返りを得ることができません。カースティンのインフレ・パラダイム・シフトが金融政策のパラダイム・シフトへつながるという理論は、地政学上の見通しが悪化し、サプライチェーンの混乱に拍車がかかれば長期債にとっては重大なリスクとなることを示唆しています。
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執筆者
Victor Xing
(翻訳者:森田智弘、CFA)
英文オリジナル記事
Geopolitical Shock: Regime Change in Inflation and Monetary Policy | CFA Institute Enterprising Investor
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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