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CFA協会ブログ

No. 573                                                                                                                                                      

2022426日   

ESG統合:米国保険会社からの教訓
ESG Integration: Lessons from US Insurers

ウッディ・ブラッドフォード(Woody Bradford)、CFA

ESG(環境、社会、ガバナンス)投資を有効なものにするには、ミッションの遂行と達成すべき利益との間のバランスをとることが必要です。それは、部分的には芸術でもあり、また科学でもある意思決定を行うことを意味します。

パンデミック下で示されたESG投資の力強いパフォーマンスは、数兆ドルに及ぶ資金流入を呼び込みました。これは、ESGの底流にある哲学とESGと銘打った商品ユニバースの普及を促しました。2030年までにESG資産は30兆ドルに及ぶと予測され、これまで考えられなかった規模になっています。すでに、統計上の記録は破られています。たとえば、銀行は、2021年にはじめて、グリーンエネルギー債の発行と貸付から、従来の化石燃料に関連するデットよりも大きな収益を上げたと報告されています。

しかし、こうしたESGへの脚光が強まるにつれ、ESGを巡る議論は、「ESGは儚き夢」だったのだろうかといった、その実在性を問うことに移行しています。「ESGはどこへ?」と疑問を投げかける懐疑論者もいます。しかし、ESGの現実を信じる人々が考えるのは、ESGのベンチマーク、商品、戦略は、より広範な投資目的とマーケット制約の文脈で考えなければならないということです。ESGの曖昧さは避けられないものであり、それが単なるグリーンウォッシングになるわけではないとしています。

こうした議論も重要ですが、多くの人にとってESGはこの世に既に解き放たれたものなのです。今日の課題は、投資ポートフォリオのスチュワードシップと変革の手段として、ESG本来の精神と推進力をいかに活用し生き返らせるかです。では、実際にどのようなアプローチがうまく行くのでしょうか。

世界でもっとも寡黙で、洗練された投資家である保険会社がESGに関しどのような言動をしているか、単なるノイズではなく知恵を求める人のためにも、それを調べてみる価値があります。

保険会社は、投資決定に対して戦略的で長期的なアプローチを採用します。これは、最高クラスのESG投資プログラムを特徴付ける視点でもあります。保険会社は、数十年、あるいは、数世紀にもわたって、ESGの構成要素全体にわたる分析とその引受を行ってきました。彼らは、企業のリーダーシップの継続性やその個々の役員を評価するように、自然災害や社会的、政治的変化に対するエクスポージャーをも評価します。既にヨーロッパやアジアの保険会社は、こうした考慮事項を保険数理上のリスク分析から、バランスシートに反映させ、大きく前進しています。 2022年春からは、米国の保険会社がこれに次々と追随します。

新しいツール、新しい考え方

今年の初め、コニング (Conning) は、米国保険会社の意思決定者約300人を対象に調査を行い、ESG投資の原則にどのように取り組んでいるかを公表しました。大多数の回答者がこうした原則に取り組んでいますが、41%はESGプログラムを前年に開始したばかりという回答でした。その結果、保険会社は、その影響を測定する新たなツールや関連のリスクと機会を把握するための、より長期の新たな視座を必要しています。保険会社は、戦略的資産配分、投資ガイドライン、リスク管理の実務にESGを取り入れたいと考えています――これは、従来からの投資目的とパフォーマンスの評価支援に利用していた原則、方法と同じものです。

こうした注意深い調整を要することが、コモディティ化されたESGソリューションは問題であり、オーダーメイドのアプローチを取ることが重要である理由の1つに挙げられます。保険会社のポートフォリオに組み入れられることの多い資産クラスを検討してみてください。ESG要素、特に、利回りの追求と十分な流動性確保の必要性とともに下振れリスクを定量化し、これを組み合わせることが、依然として重要な課題です。その結果、調査回答者の多くが、実装コストと将来の基準、イニシアチブへの準備を重要な懸念事項として挙げています。実際のところ、回答者は、こうした事項が全体的なパフォーマンスに対するESGの潜在的な影響よりも重要度が高いとしています。

こうした動的なアプローチが大きな意味を持つのは、ESG統合がマルチアセットの状況下で行われるときです。新たなESG連動債やその他の債券商品が提供するチャンスには興味深いものがありますが、その目的と仕組みを詳しく調べる必要があります。たとえば、エネルギー分野では、投資家は特定のESG要素に関する信念と哲学に基づいた嗜好に傾いてしまうかもしれません。そうすることで、経済発展や気候変動など異なる優先順位のバランスをとれるかもしれませんが、特定のESG要素が互いに競合する可能性もあります。意図した通りの適切なバランスを達成するには、単純なスクリーニングではなく各人の志向に沿った資産選択が必要なのです。

動機

大部分の投資要因と同様に、ESG原則も動的なものであり、変化する状況に対応する必要があります。私たちの調査では、保険会社がESGに取り組む背景にある主要な動機には、企業の評判――規制遵守ではなく――があることがわかりました。ESGの組合せ商品とレポートに関する新しいルールが施行される中で、これは驚きかもしれません。しかし、米国の金融・保険規制は、ESG投資のより広範な側面である社会・ガバナンスの面ではなく、気候変動に関連する金融リスクに焦点を当てる傾向があります。こうした点は多くの場合、規制の対象外です。この区別は、なぜ規制が最大の関心事ではないのかを説明するのに役立つかもしれません。

米国の保険会社は長い間、マーケット主導のアプローチを採用してきました。彼らのESGに対する考え方は、そのチャンスと取り組みに焦点を当てています。中小企業は影響力のある役割を担う可能性があると考えるかもしれませんが、大手がこれについていくのは大変かもしれません。コニング社の調査では、このダイナミックな動きが示されています。データ標準化や気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)など業界で合意された目標の重要性が高まっているため、ESG原則に取り組む新たなインセンティブが生まれているのです。

保険会社のみならず一般企業にも重要なのは、自社の担当チームや主要なターゲットとなるオーディエンスの生の経験であり、また、そうしたステークホルダーの経験とESGへの投資方法との関連です。 2021年に社会的インパクト投資が一層注目を集めたのは偶然ではありません。ESGプログラムを本物にするため、保険会社は新たな優先事項を投資プログラムに取り入れる共感力とレスポンスの良さが必要であることを認識しています。新しいツールとソリューションを開発する際には、プログラムを柔軟に運用し、そうした事項を迅速に組み込まなければなりません。

もう新しくない

昨年はESGにとって極めて重要な年であり、2022年に入ってもESGアセットへの資金流入が続いています。あらゆる分野の投資家が保険会社の視点と経験から学ぶことができます。記録的な成長とESG株の選好、グリーンウォッシングへの問題提起が起こる中で、最高のESG投資家は、長期的で、戦略的な視点に立っていることを覚えておくべきでしょう。そうした投資家は、自らの取り組みに入念であり、その意思決定において機敏であり、見通しとその実践においてオープンであり、建設において透明性に勝ります。

変化は難しく、ESG原則を投資プロセスに有効に統合するには、継続的な努力と粘り強さが必要です。新たなモデルとデータ、一層の優れた製品とパートナー、そしてそうです、健全な懐疑論が多少あります。この旅が進化し困難に耐える中で、こうしたものはすべて、進歩を維持する上で重要な役割を果たします。

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執筆者

Woody Bradford, CFA

(翻訳者:瀧澤 創、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/04/26/esg-integration-lessons-from-us-insurers/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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