575

CFA協会ブログ

No. 575

2022年5月20日

利上げサイクルをヘッジする

Hedging the Interest Rate Hiking Cycle

ムアド・アルフサイニ(Muadh Alhusaini)、CFA, FRM, CAIA

 

 

インフレはどこに向かっているのでしょうか?

米国のインフレ率は3月に8.5%に達し、今や40年ぶりの高水準となっています。COVID-19に関連したサプライチェーン問題とロシア・ウクライナ戦争が相俟って、最新レポートではエネルギー価格が32%という驚異的な上昇を記録しています。また、食料品価格も8.8%上昇し、1981年以来最大の上昇率です。

消費者はどこも窮地に立たされており、多くのアナリストが米国の景気後退を予測しています。

十分な根拠があって、米国連邦準備制度理事会(FRB)が心配しているということです。

インフレ抑制のため、FRBは昨年3月のFOMC会合で利上げサイクルを開始し、フェデラル・ファンド・レート(federal funds rate)を25ベーシス・ポイント(bps)引き上げました。そして、5月5日開催の直近会合で、市場予想通り50ベーシス・ポイントの利上げを実施したところです。これは最初の利上げよりも積極的で、中央銀行がインフレ見通しの進展にどれだけ警鐘を鳴らしているかを示している、といえます。

しかし、次は何が来るのでしょうか?市場では様々な憶測、すなわち、さらなる利上げの強度はどうか、景気後退に陥ることなく今年中に6回もの利上げに耐えられるか、といった質問が飛び交っています。一方、インフレの暴走は、後手に回ったFRB政策のリスクを増大させています。タカ派にとって、積極的な利上げによる追撃はどうしても必要なものなのです。

CPIインフレ率と雇用者数の推移

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出典:US Bureau of Labor Statistics

 

FRBの決定は企業や投資家の見通しにも大きな影響を与えます。では、この不確実性に対し、どのようにリスクヘッジすればよいのでしょうか?

インフレと金利上昇下では、財務リスク管理は非常に重要です。予想される金利上昇から想定外の金利上昇に至るまで、金利変動から身を守らなければなりません。しかし、どのようにすればよいのでしょうか?また、短期金利の急上昇である点を踏まえると、流動負債のヘッジはもう手遅れなのでしょうか?どのように、財務リスク管理目標に優先順位をつければよいのでしょうか?

 

市場動向に一喜一憂しない

潜在的な利上げをめぐるFRBのニュアンスを読み取ろうとしていくことは、主要論点ではないはずです。それよりも、もっと身近なところ、つまり自社のリスク・プロファイルに目を向けるべきです。バランスシートのレバレッジが高ければ高いほど、利上げやショックは吸収しづらくなります。しかし、適切なリスク管理により市場リスクのヘッジを可能とする積極的かつ機敏な対策を行うことができます。

2012年1月以降、FRBは四半期ごとに金利予想を公表しています。いわゆるドット・チャートで、FRBがコントロールする主要短期金利について、今後3年間と長期的見通しを示しています。そして、このドットは予想金利の動きに対する各FRB 議員の匿名の投票を表しています。

これらはFRBの行動を導くものに過ぎないにも関わらず、リスク管理やヘッジの意思決定を知るためのものとして、誤ってこれらに依拠している企業があります。しかし、危機や想定外の出来事は頻繁に起こり、結果として、直近のドット・チャートが誤っていた、ということもしばしば起こります。例えば、2021年3月には、ほとんどのFRBメンバーが2022年・2023年には利上げは実施しないを予想していたのです!

しかし、わずか1年後の2022年3月のドット・チャートでは、FRBの見通しが大きく変化しました。2021年3月時点での2022年には利上げを実施しないという見通しから、2022年3月には2022年に6回の利上げが予想されるようになったのです。それ以来、FRBの基調はよりタカ派的になっています。つまり、FRBが公表する今後の利上げ見通しに拘るべきではないのです。そのようにならない可能性が非常に高いのだから。

 

借入金(デット・エクスポージャー)と金利感応度を把握する

全ての企業は、現在および将来必要な借入金を慎重に計画する必要があります。明確な借入計画があれば、財務リスクの管理はより簡単になるのです。

しかし、買収資金や既存借入のリファイナンス、意欲的な設備投資のための資金調達による支援等、いずれにせよ、ヘッジ戦略には最大限の注意が必要です。結局のところ、パンデミックが教えてくれたものがあるとすれば、未来というものは根本的に不確実性がある、ということです。

そこで、ヘッジの評価と実行可能性のプロセスの一部として、企業は、借入期間・返済計画・変動金利の指数について合理的な予測を立て、意図したヘッジ戦略を実行するために利用できる手段を評価しなければなりません。

 

ヘッジ手段は、オールド・スクール(伝統的だが魅力的な手法)を目指せ!

ヘッジ手段の選択には、金利エクスポージャーから生じる市場リスクを低減・軽減するために、高度な精査と慎重な考慮が必要です。ヘッジ対象の公正価値やキャッシュ・フローに生じる変動に対応するため、相殺ポジションを構築することでリスクを低減できます。これは、リスクを軽減するため、ある程度利益を見送ることを意味する場合があります。

負債をヘッジする目的では、常にプレーン・バニラ商品(伝統的で単純な商品)に拘ることをお勧めします。ここには、金利スワップや金利上限の固定化が含まれます。将来の債務についても、予測される債務を公正に保証することで、ヘッジすることができます。フォワード金利スワップ(将来のある時点でスタートする固定金利スワップの予約)、金利キャップ、その他の単純なヘッジ手段で実現できます。

ヘッジ手段が複雑になればなるほど、価格の透明性、公正価値の検討、ヘッジ会計の有効性、そして全体的を通じた有効性に関し、より多くの論点が生じます。したがって、できる限り単純な手法にしておくべきです。

 

市場タイミングを図るのは不可能

「市場タイミングを図ることは愚か者の遊びであるが、市場で活用できる時間は最大のナチュラル・アドバンテージとなる。」 ニック・マーレイ(Nick Murray

この彼の言葉は、リスク管理にも当てはまります。企業は、最適なヘッジのエントリー・ポイントを図ろうとするのは避けるべきです。むしろ、あらかじめ設定された目的、リスク許容度、ヘッジに係る変動要素、ガバナンスの枠組みに基づいて行動すべきなのです。

現在の金利環境について考えてみましょう。金利上昇の影響を受けやすい企業では、経営者は、金利上昇はすでに現在の市場水準に反映されている、又は織り込み済みだと判断するかもしれません。その場合、経営陣は、金利曲線が将来さらに高くなるとは考えず、ヘッジ商品の購入は不要と判断するかもしれません。

しかし、金利が低い環境でより柔軟性があり、上昇局面では保護されるようなヘッジ商品もあります。ヘッジ方針を策定することで、これら全ての要素をより詳細に管理し、主観的で個別判断に依存しないよう、経営陣に必要な指針を提供するのです。

 

なぜヘッジ会計が重要なのか?

市場金利の不利な動きから企業を守るためにヘッジ手段を活用する場合、会計上の影響も重要な検討要素です。

ヘッジ会計基準を適切に適用することで、企業の財務諸表に対するボラティリティを低減できます。ヘッジ会計は、ヘッジ手段の公正価値の再評価(時価評価 ― MTM(mark-to-market))を繰り返すことで生じる損益計算書のボラティリティの低減に役立ちます。ただし、そのためには、ヘッジ対象(借入金)と関連するヘッジ手段(金融派生商品)の重要な条件は一致していなければなりません。

ヘッジ会計は、当該取引をヘッジ会計にふさわしく適用させるべく、明確に規定された会計基準に従って会計処理されます。そうでなければ、ヘッジ手段の公正価値が損益計算書に直接的に影響を与えることになります。経済的価値よりも会計上の影響を優先する企業もあれば、その逆の企業もあります。このように、ヘッジ方針を策定する中で、優先順位の観点から最優先事項を何にするかという問題に対処しなければならないのです。

 

全体を通じた重要ポイント

このような不確実な時代には、今後の市場動向の方向性について無数の見方が存在します。タカ派はますます利上げ積極姿勢を強め、ハト派は消極姿勢を堅持します。

良い時も悪い時も、企業も投資家も適切な財務リスク管理計画の恩恵を享受できます。このような準備をしておくことで、各個人の認知バイアスの影響を軽減し、最も困難な市場環境でも持続性と耐久性を確保できます。

全てをリスクヘッジすることはできないし、すべきでないですが、健全な企画立案をすることで、企業全体のリスクマネジメントの文化を培うことができます。ただ、最終的には、取締役会と経営陣にその方針を決定する責任があるのも事実です。

ここでも、ニック・マーレイ(Nick Murray)は私達にある知恵をもたらしています:

「全ての財務的な成功は、計画に基づいて行動することから生まれる。一方、財務的な失敗の多くは、市場動向に逐一反応することによって生じるのだ。」

 

 

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執筆者

Muadh Alhusaini, CFA, FRM, CAIA

(翻訳者:篠原 央士、CFA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/05/10/hedging-the-interest-rate-hiking-cycle/

 

注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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