576

CFA協会ブログ

No. 576     

2022年5月27日

シナリオプランニングとネットゼロ

Scenario Planning and Net-Zero

フロリアン・フォースター(Florian Forster)、CFA) および

オリビア・ファトキン-ケイン(Olivia Fatkin-Kane)

 

「将来の予測は推測の産物にすぎません。すなわち、自ら考察していることが将来生じると言っているに過ぎないのです。シナリオはそれとは異なります。一般的には非常に遠い将来を展望するものであり、そして極めて不確実な状況下で一つの将来像を作り上げるようなものです。」— セブ・ヘンベスト(Seb Henbest)

ある程度の不確実性なしには将来を予測することは不可能です。私たちが数十年のスパンを見据えた投資決定を下す際、私たちの予測は最終的には外れてしまうことになるでしょう。しかし、2050年代の具体的な状況を把握することはできずとも、その未来がどのようなものかを合理的に見定めるための材料となる将来シナリオを想像することは可能です。投資運用会社が、あらゆるシナリオの中から特定シナリオの優先順位を引き上げると、その影響は非常に広範囲に及ぶ可能性があります。

これは特にネットゼロへのエネルギー・トランジションの議論に当てはまる話です。

トランジションに至るシナリオは複数存在し、それぞれ同程度の可能性を持っています。そしてそのすべてが異なるテクノロジーの組み合わせと多様な期間の組み合わせで成り立っています。そのため、ある程度予測可能な「経済的」シナリオに基づく単純なキャッシュフロー割引モデル(技術上・経済上の検討事項や導入見込みの政策に合理的に対応する関係者が前提)は、必ずしも有効な手立てにはなりません。エネルギーをテーマとする投資家は、多岐にわたる結果を考慮に入れなければなりません。結果は非常に様々な可能性がありますから。

リサーチプロバイダー、シンクタンク、セルサイドアナリスト、業界団体はすべて、投資家の耳目を集める競争を行っています。彼らの目標は、投資家との取引を獲得したり、投資家の意思決定に影響を及ぼしたりすることです。そのため、彼らが提示する基本的なシナリオには彼らの事情が影響していることが多いのです。

石油価格や再生可能エネルギーのモデリングを行ってきた関係者は、アベイラビリティーバイアスやアンカリングバイアスに陥りやすい可能性があります。唐突にネットゼロ・トランジションという大きなエクスポージャーにさらされてしまった巨大エネルギー事業者の多くが作ったシナリオは彼ら自身のアジェンダによって導かれるものが多いです。ガス輸送システム事業者(TSO)とその業界団体は、天然ガスを長期的に使用できる状況や水素への急速な移行が進む場合を想定するなど、彼らの利害関係者にとって明るい見通しを示しています。例えば、シェルの「エネルギー変革シナリオ(Energy Transformation Scenarios)」(Sky 1.5、Waves and Islands)は、多くの注目を集めました。シェルがSky 1.5で示したシナリオでは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などの諸団体が発表した予測よりも、石油とガスへの依存度が高いものとなっています。「ドイツの気候変動中立化におけるエネルギー構成において、水素はどのように組みこまれるか(How hydrogen will fit into the energy mix of a climate-neutral Germany)」についても、多くの議論がありました。しかし、水素が果たす役割の大きさの程度や、水素の供給源について、まだ合意された状況にはありません。

自らのシナリオを売り込む組織が数多く存在することを考えると、投資家は慎重なアプローチが必要です。3段階の評価プロセスがお勧めです。

  1. いくつかのフィルターを通して、明らかに矛盾するシナリオライターを排除する。
  2. 対象とするシナリオライターが作成したシナリオをレビューし、自身の投資哲学に最も適したシナリオを決定する。
  3. 投資対象の運用パフォーマンスを考慮するとともに、妥当に見えるシナリオが、前提とする基本シナリオ(「経済的」なシナリオであることが多い)からどの程度乖離しているかを検討する。この検討により、環境、社会、ガバナンスといったESGファクターとそれがもたらすリスクについて、入念に評価することができ、予想されるシナリオから将来どの程度乖離するかを評価するのに役立てることができる。

他にも注意すべきことがあります。社会的要因により、排出量増加のシナリオが生じる可能性があります。エネルギーコストの上昇は、暖房、輸送、および食料に関する支出に影響を及ぼす可能性があります。低中所得層のコスト負担が増大することにより、そのような「グリーンフレーション」は、幅広い政治的および社会的不安につながる可能性があります。政策立案者は、化石燃料の消費を助成するよう圧力をかけられるかもしれません。こうした動きはすでにラテンアメリカ、アフリカ、東南アジアで発生しており、化石燃料からの最終的な脱却を遅らせる反対勢力になり得ます。

もちろん、私たちを従来の燃料源から脱却させる追い風はさらに強力なものかもしれません。甚大な影響を及ぼす事象が生じるとサプライチェーンに負荷が掛かり、燃料価格が不安定になるとエネルギー自給化を目指した再生可能エネルギー活用を求める声が高まります。気候変動関連のリスクは多くの人々にとって最重要課題です。そして、気候関連の危機がますます深刻化するにつれて、サステナビリティに対する人々の支持が、公共政策、すなわち世界を2050年のネットゼロシナリオに向けて推進する政策につながっていくはずです。

政策立案に加えて、変革をもたらす技術革新も活用することができます。実際、小型モジュール式原子炉は予想より早期に展開できるかもしれません。また、電気分解を用いた水素生成コストは見込みよりも早く1kgあたり2ドルを下回ることができるかもしれません。

自分でシナリオを選ぶ

投資家の中には、自身の「経済的」なシナリオに応じてアセットアロケーションを図り、技術的または政策的な大きな変化は生じないと想定する人もいるかもしれません。しかし、彼らは投資が座礁資産となる可能性も考慮し、状況に応じた準備をすべきでしょう。すなわち、損害を被るか、座礁資産となる前に十分な価値を引き出すかです。

あるいは、投資分野によっては、それ自体がトランジションしていく可能性があります。カーボン資産は、水素ベースの燃料シナリオにおいて未来がある、もしくは炭素回収貯留(CCS)に事業を転換できる場合に、トランジションができる可能性があります。どちらのシナリオでも、2050年までのネットゼロ達成に貢献できるでしょう。しかし本当に実現できるかどうかは分かりません。このような資産のトランジションが実現する際の最終的なコストと有効性については、特に低コストのテクノロジーによって置き換えられる可能性があり、不確実性が高すぎるのです。

したがって、最も賢明なアプローチは、「後悔を残さない」資産に集中することかもしれません。これらの資産は、エネルギー転換において実現性の高いあらゆるシナリオで有効と見られています。すなわち、より多くの再生可能エネルギーで用いられる資産、より短期間および長期間の貯蔵で用いられる資産、より強力な輸送ネットワーク、ヒートポンプ、および地域熱供給システムはすべて、カーボンフリーの将来では中心的存在となるはずです。

このような重要な意思決定に直面した場合、自身が有する経済的な基本シナリオ以外のシナリオを検討する必要があります。我々はすべての関係者が合理的であると仮定することはできません。すなわちネットゼロへの移行は円滑には進まないだろうということです。異常気象、技術の進歩、政治的混乱、パンデミック、またはその他の事象に直面すると突発的な変化が生じてしまい、進行が停滞する局面も生まれることでしょう。

将来の計画を立てることは重要です。そのため、私たちはどの未来を選ぶかについて、賢く、注意深く、慎重に考える必要があります。

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執筆者

Florian Forster, CFA and Olivia Fatkin-Kane

(翻訳者:河野 俊明、CFA、CAIA、CPA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/05/23/scenario-planning-and-net-zero/

 

 

注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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