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CFA協会ブログ

No. 579

                                                                                                                                                                                     2022年6月17日

核戦争:リスクを熟考しなければならない理由

Nuclear Conflict: Why We Must Consider the Risks

デイビッド・エプスタイン(David Epstein),CFA

 

 

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとして、核戦争のリスクが金融の世界の内外を問わず、ますます高まっています。それでも、多くのマーケットウォッチャーたちは、核兵器のことに話題が及ぶや、何をしても無駄だという誤った思い込みのためにお手上げ状態になっています。そのような達観は、多くの意味で正しくありません。

まず、「限定的な」核攻撃あるいはたった一発の攻撃でさえ、数百万人でなかったとしても数千人の命を奪う破滅的な出来事であることは間違いないですが、地球の破滅を招くものではないかもしれません。それでも、依然として、ひとびとは、自分たちの仕事のことや、貯金のこと、そして投資ポートフォリオのことがとても心配です。パンデミックが世界を襲ったとき、新型コロナウイルスがすさまじいくらいの犠牲者をもたらしている最中、それでも私たちの金融面での心配ごとが消失したわけではありません。私たちの金融面での安定感は非常に重要なことであり、まさに核戦争が起こっても変わることはないでしょう。

 核リスクに基づいた投資は、短期的には無駄足に終わるかもしれませんが、様々な市場環境にわたって必要なリスクコントロールを実施していくことは、決して骨折り損になることはありません。適切な分散を図り、取引相手の金融面でどれくらい持ちこたえることができるかをモニターすること、レバレッジの制限、負債のデュレーションを十分に長期化しつつ資産に対応させること、これらはすべて大切なことであり、どのようなリスク緩和戦略においても理にかなった対応です。

 一方で、とりわけ核リスクに対する取り組みを強化することには、より差し迫った根拠があります:すなわち、現在または将来の核保有国あるいは非国家組織による核攻撃が、地域に限定されるのか、あるいは世界を巻き込むのか、を問わず、そもそもそのような事態が発生する可能性を減じる必要があるのです。

 同じように、持続可能性への配慮も重要になってきます。結局、国連持続可能な開発目標(SDGs)は持続可能な投資にとっての北極星(指針)なのです。核リスク削減は、目標16「平和と公正をすべての人に」のなかで含意されています。まさしく、核戦争は、気候変動と同じように、私たちが理解しているあらゆるSDGsの目標の達成をも妨げる現在進行形の脅威なのです。持続可能性を重視しない投資家であったとしても、核戦争の回避は自分たちの長期的な自己利益につながることは理解できるでしょう。

  もちろん、国際関係は政府の責務でしょう。それは間違いないことですが、政府には新型コロナウイルスによるパンデミックを防ぐための先見性が欠けており、その対応にてこずったように、核戦争を予見することやその直後の結末に取り組むには、政府だけでは頼りになりません。

では、投資家は何をなすべきなのでしょうか? 

ウクライナでの戦争に関して言えば、とくにヨーロッパの多くの金融機関が、防衛企業に対するネガティブスクリーニングを見直しています。この変化は好ましいものです:どの産業で対しても、一律に除外したり投資引揚げたりするのは、雑すぎるやりかたであり、防衛も例外ではありません。この世界は、常に善人ばかりとは限りません。有効な防衛産業であれば防御と抑止どちらにも役に立ちます。

さらに、変化をもたらすという点では、エンゲージメントこそが投資引揚げよりは好ましい対応です。それは、防衛産業あるいは核兵器や関連運搬システムの製造に関わっている企業についても当てはまることであり、そうでないとしても核リスクに加担している企業も同様です。

それでは、エンゲージメントとはどのようなものでしょうか。例えば、防衛企業のロビー活動や取締役会メンバー間の利益相反の可能性についてはどんなことでも監視の目を強化することです。防衛産業だけが、唯一核リスクをもたらすものではないので、他産業においても、様々な問題について企業をふるいにかけることや問題点があれば対象企業に関わっていくことが肝要です。特に検討すべき事項は以下のとおりです:

  • 工業及び製造業:制裁体制を確実に遵守しているか? 核兵器のサプライチェーンの一部になりえるデュアルユース技術の輸出や転用の可能性を制限するか?
  • 海運会社および港湾事業者:これらの会社は制裁を実行し輸出管理を着実に実施しているか? 彼らは核爆発検知技術を配備しているか?
  • 公益事業会社:原子力とテロの脅威に関して、サーバーセキュリティ規制やベストプラクティスを遵守しているか? そのシステムはエアギャップされているか
  • 銀行:どのような核拡散防止のための金融対策を講じているか? 顧客の技術や製品のどれにデュアルユース部品を含んでいるか理解しているか?
  • テクノロジー大手:特定の3D印刷技術や核リスクを招く他の製品をどのように制限しているか? ディープフェイクや地域紛争に火をつけ争いの種を見つけ、白日の下にさらすために何をしているのか?
  • ソーシャル・メディア:政府高官や他の有力者の個人アカウント保護のためのセキュリティ・プロトコルは何か? 扇動的なプロポガンダの拡散をどう軽減しているか?

核の紛争に関わるかもしれない企業ビジネスの潜在的な影響度のみに限定して考慮すべきではありません。私たちは、どのような企業が積極的に核戦争のリスクを削減しようとしているのか見極める必要があります。どのメディア業界の企業が核戦争のリスクに着目したコンテンツを制作しているのか? 企業は、敵対する国家や人民の間に横たわるギャップの穴を埋めるために、どのように取り組んでいるのか? そのような要素も私たちの計算に含まれなければなりません。

具体的にどのようなリスクや業種をスクリーニングすべきかについては、議論の余地があるかもしれません。しかし、今日必要なのは、そのような議論なのです。今こそ、投資家、企業、会計基準委員会、ESG評価機関、NGOs、そして特に政府などが議論を始める時なのです。

今でなければ、一体いつはじめるのでしょう?

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執筆者

David EpsteinCFA

(翻訳者:大濱 匠一、CFA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/06/10/nuclear-conflict-why-we-must-consider-the-risks/

 

注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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