584

CFA協会ブログ

No. 584

2022年7月22日

アンジェラ・ダックワース『やり抜く力』
Angela Duckworth: The Power of Grit

                                                                                                                                                                                                                       

ロジャー・ミッチェル(Roger Mitchell)

 

成功に大事なのは才能と努力のどちらでしょうか?

ほとんどの人は才能だと言うでしょう。しかし心理学者でベストセラー作家のアンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)氏によると、大半の人は完全に間違えています。

これが、同氏のベストセラー『やり抜く力:人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』が説く重要な教訓の1つです。CFA協会のアルファ・サミット・グローバル(Alpha Summit GLOBAL)ロザンナ・ロックウッド(Rosanna Lockwood)との対談で、キャラクター・ラボ(Character Lab)の創業者兼CEOで、ペンシルバニア大学ウォートン校ビヘイビア・チェンジ・フォー・グッド・イニシアチブ(Behavior Change for Good Initiative)の共同ディレクターでもあるダックワース氏は、成功の本質について自身の研究で明らかになった内容と、才能とやり抜く力(グリット)が成功にどう寄与するかについて説明しました。

ダックワース氏は幼少時から、人間は才能を重視しすぎるきらいがあることを理解するようになりました。これは彼女の両親が、成功と功績を過度に重要視したことが大きな要素です。

「私の家ではいつも、家族で一番成功したのはだれか、従兄弟の中で一番成功したのはだれか、歴史上で最も優れた物理学者や画家はだれか、といったことが話題に上っていました」

特に父親は才能があれば、最終的に成功を収めると考えていました。

しかしダックワース氏は違う考え方をするようになりました。「成長して心理学者になり、生まれつきの才能ではない、ありとあらゆる分野を研究するようになりました。そしてアスリートであれ、音楽家や投資家であれ、高い成果を上げた人に共通していたのは、やり抜く力だということを突き止めたのです」

やり抜く力という基本概念は、極めてシンプルであり、ダックワース氏の言葉を借りれば「長期的な目標に向けた情熱と忍耐力」です。しかしこのやり抜く力というのが一筋縄ではいかないのです。「このやり抜く力の質は影響を受けやすく、才能の大きさとまったく関係がない」と同氏は言います。

そのため、私たちは、何を成し遂げられるかという可能性や限界を決めるのは才能だという考えを打ち破るだけでなく、自分の才能を最大限生かすという考え方も改めなければならないのです。

俗にいう10,000時間の法則を考えてみましょう。ドイツ人の音楽家に関するたった一つの調査に基づくこの概念が、単に10,000時間を費やせばエキスパートになれるという誤解を生み出しました。しかし、これはあまりにも物事を単純化しすぎています。実際の調査では、「エキスパート」と「上手な人」を分かつのは、明確で妥協しない練習であり、長期にわたる努力の質が、少なくとも費やした時間と同じくらい重要だということが明らかになりました。

ダックワース氏は、この調査結果を「やり抜く力」という視点から分析し、エキスパートの域に達するための原則を3つに分けました。

  1. パフォーマンス全体のうち具体的に1点に絞って、その点を改善するために入念に努力する
  2. 同時並行で他のことを行わず、この取り組みに100%の力を注ぐ。中途半端な取り組みや頭を使わない丸暗記の「練習」では十分な成果は上がらない
  3. 常に改善方法についてフィードバックを求め、うまくできるまで1~3のステップをひたむきに繰り返す

これはまさしく忍耐力に聞こえるかもしれません。でも、やり抜く力には「情熱」というもう1つの重要な要素があります。「幸福とやり抜く力と成功はすべて関係しています。好きではないのに、このような難しい意図的な練習に何百時間も費やしても、世界トップクラスになれるはずはありません」

つまり、10,000時間の法則に何も魔法はありませんが、質の高い練習に費やす膨大な時間には何か魔法があるのです。

忍耐力+情熱=成功?

それでも、まだ他の要素も必要です。たしかに忍耐力は報われるけれども、ほとんどの人は今もなお才能を、絶対に変わらない確固たる素質だと捉えています。ダックワース氏はその研究の中で、こうしたマインドセットが私たちにどのように影響するか、そして、やり抜く力を身につけるうえで最も難しいのは、想像以上に自分の能力が影響されやすいことを理解することだろうと指摘しています。

「やり抜く力、好奇心、謙虚さ——つまりマインドセット、習慣、性格など、どれもまったく変わらないものはない」とダックワース氏は言います。

同氏の研究では、「成功」は常に計測や測定が可能な基準を通じて、客観的に達成できるものとして定義されています。しかし、可能性という変わりやすい性質はより主観的で、信念に左右されます。可能性を測る唯一の方法は、何か困難なことを長期にわたって追い求め、やり抜く情熱を持っているかどうかです。しかしこの間、こうした非常に集中した努力が成功に結び付くかどうかはわかりません。生まれつきの能力よりも自分の能力の限界に対する思い込みが、自分を押さえつけてしまう可能性があるからです。

しかし、もう1つ主観的な要素「幸福」があります。

フロー状態でのゴールの追求

「幸福と成功は関連しているに違いありませんが、2つは同義ではありません。幸福は自分の人生についての感じ方であり、主観的なものであり、客観的ではありません。やり抜く力は成功の客観的な大きさと関係があるだけでなく、主観的な幸福感や日々の前向きな感情、人生に対する全体的な満足感とも関係があります」

つまり私たちを幸せにするのは、まだ見ぬ可能性を追い求めて、何年も犠牲を払った末にようやく手にすることができる徹底的な忍耐なのでしょうか?直感に反するかもしれませんが、これこそまさしくダックワース氏の研究のポイントなのです。

ダックワース氏は次のように説明しています。

「本当にやり抜く力のある人は、自分の目標を定め、葛藤など全く抱いていないため、あふれんばかりの情熱で、フロー状態の中でゴールを追求します。興味のある価値の高いものを追い求めているという自負を持ち、それに時間を費やしている感じるとき、素晴らしいハーモニーが生まれるのです。これこそ私が、やり抜く力の高い人々に見いだしたことなのです。」

幸福を手に入れるという点については、物質的な富よりも目的意識の方が重要でしょう。ダックワース氏によれば、人を突き動かすのはお金ではなく、他人に重要だと思われるかどうかです。自分は重要であり人の役に立っているという意識であり、他人に認めてもらうことです。

さらに、やり抜く力を持つ人は幸福度が高いだけでなく、他の点でも往々にして優れています。「やり抜く力と、優しさや感謝、共感、好奇心との間には正の相関があります。これらはプラスに影響し合いますが、まったく同じではありません。したがって、倫理感や他者を尊重することの重要性も念頭に入れておく必要があるのです」

個人の業績を越えて

ダックワース氏によれば、やり抜く力は一人ではなく環境の中で育まれるものであり、文化はそのプロセスの重要な要素です。国や地域、家族レベルで共有される信念や価値、儀式といったものはすべて、やり抜く力の醸成に影響します。適切な環境がないのに、やり抜く力だけでは十分ではありません。

したがって、もっと謙虚にやり抜く力を高め、成功者になりたいなら、それが当たり前の場所を探す必要があります。

「常に流れに逆らって泳いでいるような環境ならば、成功しようと思っても、だれからも関心を持たれず評価されずひどく疲弊するでしょう。そしてついには、その流れに身を任せてしまうのです」

やり抜く力のこの側面は、リーダーにとって厄介です。組織の風土がやり抜く力を挫き、有害な行動を増長しかねないからです。著書の中でダックワース氏は、「才能」を何よりも優先する企業文化について詳しく説明しています。長期的な成功を重視する素質を持つ謙虚で忠実な社員ではなく、ナルシストが生き残りがちなのです。これがしばしば職場の機能不全や、ひどい場合は事業の失敗をもたらします。

ここでの教訓は、多くの組織が採用時に間違った素質の人材を探してしまうということです。この点について、ニューヨーク州ウェストポイントにある陸軍士官学校の夏期集中プログラムを調査した、ダックワース氏の研究は非常に興味深いものでした。士官学校のリーダーたちは、やり抜く力と関連のある素質よりも、試験のスコアや運動能力といった「才能」の要素を高く評価したのです。しかし、士官候補生が夏期プログラムで成功するかどうかは、才能と実質的に無関係である一方、やり抜く力には成功と関連性があることがわかったのです。

残念ながら、やり抜く力を測る標準的なテストはないため、雇用者は候補者の履歴や実績を慎重に検討しなければならないでしょう。「採用のような一か八かの場面において、現時点で私の最善のアドバイスは、レジメを見ること」とダックワース氏は言います。

ダックワース氏は、複数年にわたる責任を成し遂げ、進歩を示し、長期的な目的を追い求めて情熱と忍耐力を示した候補者がいないかどうか、採用担当者が目を光らせることを推奨しています。

もちろん、やり抜く力を重視する企業風土が、有害な行動の対抗手段になるわけではありません。「やり抜く力がとても高く、かつ、倫理観も高いこともあれば、やり抜く力が高くても、まったく倫理観に欠けることもあり得るのです」

だから倫理感を重視することが極めて大事なのです。どのようなチームを構築しようとも、高い目標に注力することが必要なのです。

「すべては最終的に、倫理的な目的に資するものでなければならないのです」とダックワース氏は言います。

まとめ

才能に対する人間の偏見は、もう1つの偏見である「年齢による差別」と関連しています。多くの人が高齢者には適応力や柔軟性、革新性、創造性がないと考えていますが、ダックワース氏の調査や個人的な経験から言えば、これはまったくの誤りです。

「いくつになっても、どこにいても、だれであっても、人間は変われるのです。より良くなることができるのです」

ダックワース氏は、行動経済学に関する先駆的な研究でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授が、80代になってもなお新たな関心を熱心に追い求めていることを引き合いにこう述べています。

「ダニエル・カーネマン教授は、若い時と同じくらい研究を愛しており、以前と同様に熱心に研究を行っています。それも自主的に」

もし年齢がカーネマン教授の歩みを止めていないなら、私たち人間の歩みをも止めないはずです。

「やり抜く力には有効期限はなく、年不相応ということもありません。やり抜く力を育むのは、自分の人生を生きる素晴らしい方法だと言えるでしょう」

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執筆者

Roger Mitchell         

(翻訳者:中山桂、CFA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/07/15/angela-duckworth-the-power-of-grit/

 

注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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