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CFA協会ブログ

No. 586

2022年8月4日               

年金、暗号資産、信頼:デジタル資産と退職基金

Pensions, Crypto, and Trust: Digital Assets and Retirement Funds

ライアン・マンソン(Ryan Munson)

 老後資金の蓄えは個人投資家が最も注視している目標です。2022年CFA協会投資家信頼度調査(CFA Institute Investor Trust Study)に対する回答でも47%の人が、老後資金の蓄えが最も重要な投資目標であると述べています。
 ところが、従来型の老後資金の準備方法――伝統的な株式と債券のポートフォリオ――は以前ほど有効ではありません。分散効果の減少、実質リターンの低下、インフレ率の上昇はすべて、確定給付型年金基金と確定拠出型 (DC) 年金基金の双方にとって大きな課題です。各ファンドはなかなか目標リターンを達成できないため、投資家はよりリスクをとって高いリターンを得られる可能性のある新商品を要望しています。ファンドマネージャーは受託者責任や善管注意義務を考慮し、そうした要望を検討しなくてはいけません。
 こうした課題を念頭に置いた上で、良くも悪くも――少なくとも規制当局が強い関心を向けるまでは――年金基金の多くは暗号資産への資産配分を検討しています。
 では、将来の金融サービス業界における信頼という点で、それは何を意味するのでしょうか。
 賃金の上昇鈍化、人口の高齢化、投資収益率の低下はすべて、年金基金の将来の持続可能性に対する重大な脅威としてマーサー・CFA協会グローバル年金指数によって認識されています。アセットオーナーは自分たちへの逆風を理解しています。今後数年間、年間リターンが目標を達成する可能性が高いと考えている割合はごく僅かです。

 

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 これは、給付金の削減が検討の対象外ではないということを意味します。企業や州政府がスポンサーである確定給付型年金制度では、その60%が今後10年以内に給付金の下方修正が必要となる可能性が高い、もしくは、大変高いと回答しています。
 退職金制度への参加者が頼りにしているのは基金からの給付です。年金基金が期待されている給付支払を減額するかもしれないならば、それは信頼の赤字を先延ばしにすることであり、制度全体への信頼を損なう可能性があります。
 リターンが不足する可能性に対応し債務に対する積立不足をカバーするため、年金基金はデジタル資産とそれを支えるインフラストラクチャーにまで手を広げています。前述の信頼度調査によると、州および政府の年金制度のスポンサーのうち94%が暗号通貨に投資しているとしており、この割合は、企業確定給付型制度では62%、DC制度では48%となっています。
 暗号資産市場は、特に近年、激しい値動きを記録しました。大きな価格変動は日常的で、急上昇し高値を付けるとその後に極端な価格下落を招き、その逆もまた生じました。
 いくつかの研究によれば、暗号通貨が史上最高値に近づいたときに分散ポートフォリオの一部としてデジタル資産に少額の配分を行うと、リターンが増加、シャープレシオが改善し、ポートフォリオの価格下落の最大値が低下するという可能性が指摘されています。もちろん、直近、暗号資産が低迷する中で、そうした結論はもはや通用しないのかもしれません。
 デジタル資産への直接投資のリスクを考慮し、カリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)ケベック州投資信託銀行(CDPQ)などの基金は暗号資産への直接投資の日々のボラティリティを回避しながらも、暗号資産に隣接する資産に資金を割り当てることで、暗号通貨人気のモメンタムを捉え、ブロックチェーン技術の可能性を探っています。
 DC制度もこの分野に足を踏み入れています。フィデリティ・インベストメントツ(Fidelity Investments)の退職金制度参加者は、今後、ポートフォリオの20%を暗号通貨に投資できるようになります。
 では、暗号資産への需要はどのような状況でしょうか。これは若い世代の投資家に偏重しており、25歳から34歳までの59%が暗号通貨を現在所有していると答えています。デジタル・ネイティブ世代が制度参加者の中でそのシェアを拡大 し、より多くの資産を保有すると、制度スポンサーにはデジタル商品への投資機会を提供するプレッシャーが増すばかりです。

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 しかし、暗号通貨や関連派生商品への投資機会の拡大については懐疑的な見方が広がっています。フィデリティが 401(k) 対象資産に暗号通貨を含めたことに対し、米国労働省はこれを矛盾を孕む問題であるとして、次のような見方を示しています。

  「401(k) プランなどの退職制度で保有される資産は、生活費、医療費などをカバーする老後の経済的安定に不可欠であり、慎重に保護する必要がある。そのため、制度のスポンサーや投資運用会社を含む制度受託者は、従業員退職所得保障法の下で退職貯蓄を保護する強い法的義務を負っている。」


 一方、ウォーレン・バフェット氏は暗号通貨を投機的資産と表現し、「暗号通貨は良からぬ結末を迎えるだろう」と予測しています。
 年金基金は、より高いリターン (そして、より高いボラティリティ) を追求するか、低いパフォーマンスを甘受するかという困難な選択に直面しています。予想される資金流出規模に匹敵するほどの資金流入はなく、制度参加者には新たなオルタナティブ投資商品に対するアペタイトが高まっています。では、業界はこうした課題にどのように対応し顧客の信頼を維持することができるでしょうか。
 年金制度のスポンサーは新たな商品をすぐに採用したいと考えています。実際、信頼度調査でも88%が同様の回答をしています。しかし、そうした商品が規制されておらず、長期的なパフォーマンスがわからない場合、スポンサーは制度参加者からの信頼や老後資金を危険にさらすことなく、新たな商品をポートフォリオに安全に組み込むことができるのか、それを評価する必要があります。
 年金制度の受託者は投資資産の成長に長期的な視点を持ち、新たな資産クラスへの配分を慎重に検討し責任ある運用を行わなければなりません。また、そうした新たな資産クラス、特に暗号資産に関するリスクを制度参加者に伝え、それが参加者の投資目標に適ったものであることを確認しなければなりません。
 金融サービスに対する投資家の信頼を継続的に高めていくためには、デューデリジェンスをしっかりと行い退職金制度を支援していく必要があります。年金基金とその参加者は投資対象の商品を理解し、投資する商品に信頼を置かなければなりません。そうした基準がなければ、損なわれた信頼はさらに悪化するだけでしょう。

 

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執筆者

Ryan Munson

(翻訳者:瀧澤 創、CFA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2022/08/04/pensions-crypto-and-trust-digital-assets-and-retirement-funds/

 

注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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