606

CFA協会ブログ

No.606

2023年1月20日               

機械学習とFOMCステートメント:センチメントとは何か?
Machine Learning and FOMC Statements: What’s the Sentiment?

Tomokuni Higano, CFA, Shuxin Yang, CFA, and Akio Sashida, CFA

 

20223月、米国連邦準備制度理事会(Fed)はフェデラル・ファンド・レート(FFレート)の引き上げを開始しました。それ以来、ほぼすべてのアセットクラスのパフォーマンスが低迷する一方で債券と株式の相関は高まり、ヘッジ手段としての債券の伝統的役割はその効果を失いました。

 

少なくとも一時的にはアセット分散の価値が消失している状況なので、連邦公開市場委員会(FOMC)のアウトルックを客観的かつ計量的に理解するという目標の達成が、かつてないほど重要になってきました。

 

そこで機械学習(ML)と自然言語処理(NLP)の出番です。私たちは、FOMCステートメントにLoughran-McDonaldのセンチメント辞書sentiment word lists)とBERTおよびXLNetという自然言語処理のための機械学習テクニックを適用して、ステートメントがFFレートの変更を見込むものかどうかを見たうえで、私たちの分析結果と株式市場のパフォーマンスの間に何らかの相関が見られたかどうかを検証しました。

 

 

Loughran-McDonaldのセンチメント辞書

 

センチメントスコアを計算する前に、私たちはまず、FOMCステートメントにおいて特定の語句が用いられる頻度/重要度を可視化したワードクラウドを作成しました。

 

Fed20173月にFFレートを引き上げ、20197月には引き下げていますが、対応する2つのステートメントのワードクラウドはよく似ています。FOMCステートメントにはFOMCアウトルックとは関連の乏しい、センチメントを示さない語句が全般的に含まれているからです。このように、ワードクラウドではシグナルとノイズを分別することができませんでした。しかし、計量的分析によっていくぶん明瞭にすることは可能です。

 

Loughran-McDonaldのセンチメント辞書は、企業活動の年次報告書(Form 10-K)や業績発表の記録等、様々な文書に含まれる語句を分析し以下のカテゴリーに分類しています:ネガティブワード、ポジティブワード、不確実性ワード、訴訟関連ワード、強意叙法ワード、弱意叙法ワード、制約的ワード。私たちはこのテクニックをFOMCステートメントに応用して、語句がポジティブ/タカ派的であるかまたはネガティブ/ハト派的であるかを個別に判定することを試みました。なお、日付、ページ番号、投票メンバーといった重要ではない語句や、金融政策の実施に関する説明を除外しました。そのうえで、私たちは次の算式を用いてセンチメントスコアを計算しました。

 

センチメントスコア=(ポジティブワード-ネガティブワード)/(ポジティブワード+ネガティブワード)

上のグラフが示しているように、FOMCステートメントは20213月にポジティブ/タカ派的な方向を示し20217月にピークアウトしました。それに続く12か月間の軟化の後、20227月にはセンチメントが再び急激に高まっています。こうした動きは、部分的にはCOVID-19パンデミックからの経済再生によるものかもしれませんが、昨年の物価上昇に直面してFOMCのタカ派色が強まったこと等も反映しています。

 

しかし、センチメントスコアのグラフの変動の大きさは、語句のみを評価して文は評価しないという、Loughran-McDonald分析固有の欠点も示しています。例えば、「失業率が低下した」という文章中の2つの語句(失業率、低下する)は、いずれもネガティブ/ハト派的な語句としてリストに登録されていますが、このステートメントを文として捉えれば労働市場が改善しつつあることを示しており、ポジティブ/タカ派的な内容であると解釈されて然るべきです。

 

この問題に対処するために、私たちはBERTXLNetのモデルトレーニングを行い、ステートメントを一文ずつ分析しました。

 

 

BERTXLNet

 

BERTBidirectional Encoder Representations from Transformers)は良好な微調整のために単一方向ではなく双方向のエンコーダ(符号化器)を用いる言語表現モデルです。実際に私たちは、BERTの双方向エンコーダが単一方向エンコーダを用いるOpenAI GPTのパフォーマンスを上回るものと認識しています。

 

一方、XLNetは一般化された自己回帰事前学習法であり、BERTと同様に双方向エンコーダを用いますが、BERTのようなマスク言語モデル(MLM)は用いません。MLMBERTに文を入力し、入力文と同じ文が出力されるようにBERT内部のウエイトを最適化しますが、BERT に文を入力する前にはMLMにおいていくつかのトークンをマスク化する必要があります。このプロセスを回避するXLNetは、BERTの改良版とも言えるものです。

 

これらの2つのモデルをトレーニングするために、私たちはFOMCステートメントをトレーニングデータセット、テストデータセット、およびサンプル外データセットに分割しました。私たちは、20172月から202012月までのステートメントからトレーニングデータセットとテストデータセットを抽出し、20216月から20227月までのステートメントからサンプル外データセットを抽出しました。そして、私たちは、マニュアルおよびオートマチックという2つの異なるラベリングテクニックを採用しました。オートマチックラベリングでは、FFレートの引き上げ、引き下げ、据え置きに基づいて、すべての文に1、0、noneの値のラベルを付しました。マニュアルラベリングでは、それぞれの文がタカ派的、ハト派的、中立的のいずれであるかによって、1、0、noneのラベルを付しました。

 

そして私たちは、センチメントスコアを算出するために次の算式を実行しました。

 

センチメントスコア=(ポジティブセンテンス-ネガティブセンテンス)/(ポジティブセンテンス+ネガティブセンテンス)

 

 

上の2つのグラフを見ると、マニュアルラベリングの方がFOMCのスタンスの最近のシフトをより良く捉えていることがわかります。FOMCが最終的にFFレートを引き下げる(または引き上げる)決定を行ったとしても、ひとつひとつのステートメントはタカ派な(またはハト派的な)文章を含んでいます。その意味では、一文ずつのラベリングはこれらの機械学習モデルをトレーニングする良い方法であると言えます。

 

機械学習と人工知能のモデルはブラックボックスになりがちなため、私たちがモデルの分析結果をどのように解釈するかは極めて重要です。LIMELocal Interpretable Model-Agnostic Explanations)の適用はひとつのアプローチです。LIMEは、単純なモデルを用いてより複雑なモデルを説明するものです。下の2つの図は、XLNet(マニュアルラベリング)がFOMCステートメントの文章をどのように解釈するかを示しています。XLNetは強含みの労働市場と経済活動の穏やかな拡大に基づいて最初の文をポジティブ/タカ派的であると見なしており、消費者物価が低下してインフレ率が2%を下回って推移したことから2つ目の文をネガティブ/ハト派的であると見なしています。経済活動と物価上昇圧力の両方に関して、モデルの判断は適切であるように思われます。

 

 

結論

 

ステートメントから文を抽出してセンチメントを評価することで、私たちはFOMCの政策的展望をより良く把握することができ、また将来的には、中央銀行のコミュニケーションをより解釈しやすく理解しやすいものにする可能性を秘めているといえます。

 

しかし、FOMCステートメントのセンチメントの変化と米国株式市場のリターンの間に関連はあったのでしょうか?下のグラフは、ダウジョーンズ工業株平均指数(DJIA)とナスダック総合指数(IXIC)の累積リターンを、FOMCセンチメントスコアと共に示したものです。縦軸で示される株式リターンのレジーム変化を探し出すために、私たちは相関、トラッキングエラー、超過リターン、および超過ボラティリティを検証しました。

その結果は期待したとおりで、株式市場のレジーム変化とFOMCセンチメントスコアの突然のシフトがほぼ同時に起こっていることから、私たちのセンチメントスコアがレジーム変化を探し出したことを示しています。私たちの分析によれば、ナスダック指数の方がFOMCセンチメントスコアに対してより感応的である可能性があります。

 

全体的に見れば、この実証結果は機械学習テクニックが将来の投資マネジメントのために有する途方もなく大きな可能性を示唆しています。もちろん、最終分析において人による判断とどのように組み合わせられるかが、これらのテクニックの究極的な価値を決定することになるでしょう。

 

佐藤吉正、CFA、ジェームス・サリバン、CFA、ポール・マカフリーの各氏に対して私たちの謝辞を述べたいと思います。佐藤氏はモデレーターとして人工知能勉強会の結成と調整にあたられ、思慮深い洞察をもって私たちのレポートの見直しと修正を行っていただきました。サリバン氏にはPDFフォーマットのFOMCステートメントをテキストおよび関連情報に変換するPythonコードを書いていただきました。マカフリー氏には、この研究レポートを完成させるために多大なサポートをいただきました。

 

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執筆者

Tomokuni Higano, CFA, Shuxin Yang, CFA and Akio Sashida, CFA

(翻訳者:荒木 謙一、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/01/18/machine-learning-and-fomc-statements-whats-the-sentiment/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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