デイビッド・ブランチェット、PhD、CFA、CFP
以下はファイナンシャル・アナリスト・ジャーナルの「最適な老後収入戦略を再定義する」に基づいています。
大部分のファイナンシャル・プランニング・ツールは、老後の支出がどちらかと言えば予想が可能なものであり、投資ポートフォリオのパフォーマンスと関係なく、インフレに応じて毎年増加することを想定しています。実際には、退職者は、特にポートフォリオの価値が減少傾向の時に自らのポートフォリオの耐用期間を延長するために支出見直しを受け入れ、ポートフォリオの取り崩し額を調整する能力があります
老後支出の柔軟性をめぐる認識に関する我々の最新の調査では、家計は支出を調整することが可能であり、そうした調整は成功率や他の一般的なファイナンシャル・プランニング成果指標が示唆するほど恐るべきものとはならない可能性が高いということが裏付けられました。このことが示唆するものは、ファイナンシャル・アドバイザーが顧客に助言するために用いるツールや成果指標に、支出の柔軟性を組み込んだ方が良いということです。
柔軟性と不可欠な支出
投資家は自らの財務上の目標について往々にして柔軟です。例えば、家計の老後の債務は、確定給付型(DB)年金の債務とは異なるものです。DBプランが主として法的に義務付けられた「ハード」な債務を負っているのに対し、典型的な退職者は自らの支出の大部分を管理しており、ある意味「ソフト」な債務とみなすことができます。このことは債務連動型投資(LDI)のような異なる制度的構造を家計に適用しようとする際に重要です。
ファイナンシャル・プランニング・ツールの多くは、今日でも依然としてウイリアム・P・ベンゲン氏の当初研究で概説された静的モデルの前提に依存しています。よく言われる「4%ルール」は、支出が退職後期間を通じてインフレのみに連動して変化し、ポートフォリオのパフォーマンスや他の要因によっては変化しないとの想定のもとで導かれています。こうした静的なモデルの利用が続いているのは、主としてその計算上の利便性の結果であるかもしれませんが、老後債務の本質、あるいは退職者が状況変化に応じてどの程度まで支出を調整する余地があるのかに対する理解が欠けていることも、その理由として考えられます。
50歳から70歳までの確定拠出型(DC)年金加入者1500人に対する最近の調査で、投資家の支出柔軟性に対する認識を我々が精査したところ、退職後の様々な支出について、回答者らは従来のモデルが示唆する以上に削減できる力量があることが分かりました。これらのデータは、一般的な人口構成でのターゲット・オーディアンスになるよう年齢・人種グループごとにバランスよくサンプリングされています。
老後の支出項目別削減容認度
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支出項目
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0% 削減を容認せず
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1%から24%削減
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25%から50%削減
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50%以上削減
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食費(内食)
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29%
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42%
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21%
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7%
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食費(外食)
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12%
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41%
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25%
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20%
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住居
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31%
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29%
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22%
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12%
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自動車(交通)
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13%
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46%
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26%
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13%
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休暇/娯楽
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14%
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36%
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25%
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20%
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水道・光熱費
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31%
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45%
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16%
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8%
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医療費
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43%
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30%
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17%
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8%
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被服
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6%
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44%
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25%
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22%
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保険
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32%
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40%
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19%
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8%
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寄付
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18%
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31%
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12%
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19%
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出所:PGIM DCソリューションズ、 2021/10/5
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従来の静的な支出モデルでは、すべての退職者が列挙された支出項目のいずれに対しても削減を容認しないとされていました。しかしながら実際には、回答者らは支出をどちらかと言えばかなりの程度調整することができ、また項目や世帯によって顕著なばらつきがあることも示されました。例えば、回答者の43%は医療費削減を容認しない一方、被服についてそう回答したのは6%だけでした。対照的に、娯楽費よりも医療費の削減を容認するという世帯もありました。
支出削減の潜在的コストは、従来のモデルが示唆するほど深刻なものではないのかもしれません。例えば、モデルでは老後支出目標の全体を不可欠なものとして取り扱うことが一般的です。つまり、成功確率を結果指標としているなら、わずかの不足も失敗とみなされます。しかし、支出の20%削減がライフスタイルにどのように影響するかという我々の設問に対し、大部分の回答者は、深刻な調整をすることなくこれを受容することができると述べました。
支出20%削減が老後ライフスタイルに及ぼす影響
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全くあるいはほとんど影響ない
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9%
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わずかな変化はあるが劇的ではない
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31%
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多少の変化があるが受け入れられる
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45%
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大きな変化で、かなりの犠牲を伴う
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13%
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衝撃的で、ライフスタイルを根本的に変える
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2%
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出所:PGIM DCソリューションズ、2021/10/5
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例えば、20%の支出削減が老後のライフスタイルに「大きな変化」あるいは「衝撃的」なものとなると回答したのは15%のみであり、40%は「ほとんど影響ない」あるいは、「わずか変化」しかないと述べています。退職者は支出の潜在的な削減に対し、従来のモデルが示唆する以上にはるかに楽観的であるようです。
最初の表で示されたように支出削減に明確な余地があることと、二番目の表で示されたように、支出の変化が少なくとも比較的小さい場合においては、退職者の満足あるいは効用に対する潜在的な影響が比較的小さいことには、老後の収入目標を計画するうえで重要な意味合いがあります。退職者それぞれの支出目標をもっときめ細かく把握することも重要ですが、支出のうちのどれだけが「不可欠」(すなわち「needs」)であり、また「柔軟」(すなわち「wants」)であるのかという感覚を持つことも、老後の支払いに充当する資産計画を立てる際に重要なのです。次のグラフは老後の収入目標総額のうち、何%が「needs」であるかについて、ある程度の背景情報を示すものです。
平均的な回答者は老後の支出のうち約65%が不可欠であるとしていますが、ばらつきが顕著です。すなわち標準偏差は15%もあります。
老後支出に充当する投資ポートフォリオの役割を考慮する際に支出の柔軟性は重要です。事実上、すべてのアメリカ人は、最低レベルの生涯収入が保証され、不可欠な支出を賄うことができる何らかの形の民間または公的年金給付を受けることになります。これに対し、ポートフォリオはより柔軟な支出のための資金となりうるものであり、そうした支出は、すべての債務が不可欠であると示唆する静的な支出モデルから想定される債務とはかなり異なるものなのです。
結論
我々の調査は全体として、老後の支出が大抵のファイナンシャル・プランニング・ツールが想定するよりもはるかに柔軟であることを実証しました。退職者には時の経過につれて支出を調整する能力と意欲の両方があります。そのため、支出の柔軟性を考慮に入れることは、必要な貯蓄水準(一般的にはより低くてもよい)や資産配分(一般的にはより積極的なポートフォリオが許容され、特定の資産クラスがより魅力的となる)といった老後に関連する様々な決定に関して重要な意味合いを持つのです。
デイビッド・ブランチェット氏の論説の詳細は、ファイナンシャル・アナリスト・ジャーナルの「最適な老後収入戦略を再定義する」をご確認ください。
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(翻訳者:清水 英佑、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/02/09/redefining-the-retirement-income-goal/