614

CFA協会ブログ

No.614

2023年3月17日               

SVBの破綻 :FASBは「Hide-'Til-Maturity」会計を撤廃せよ
The SVB Collapse: FASB Should Eliminate “Hide-‘Til-Maturity” Accounting

サンディ・ピーターズ(Sandy Peters, CPA, CFA

 

「財務報告の目的は、会社の成果を伝えることである。会社が存続することを保証するためではない。」

 

2009年のNew York Timesの記事 "Confronting High Risks and Banks" で、私は記者のフロイド・ノリス(Floyd Norris)にそう言いました。

シリコンバレー銀行(SVB)の破綻は、2009年の世界金融危機(GFC)後の金融商品の会計処理をめぐる騒動、特に一部金融商品を公正価値(売却可能有価証券、AFS)ではなく償却原価(満期保有目的債券、HTM)で財務諸表上に計上すべきかという論点、いわゆる 「混合測定モデル」 の議論を思い出させます。

 

GFC後の金融商品に関する議論

米国財務会計基準審議会(FASB)の2010年の金融商品に関する提案は、多くの金融商品(貸付金を含む)の会計処理を公正価値で行うべきであると示唆しました。我々は、金融商品の公正価値モデルを支持し、「混合測定モデル」に反対する旨のコメントをこの2010年の提案に対し発表しました。以下抜粋は、なぜ「混合測定モデル」を支持する人がいるのか、なぜCFA 協会が公正価値モデルを支持したのかをまとめたものです。また、この書簡の付録として、公正価値モデルがより良い測定方法である理由を詳細説明しました。


当時のFASB議長であったボブ・ヘルツ(Bob Herz)は、金融商品の経済性と財務諸表に反映させるべき方法を理解し、公正価値アプローチを正しく提唱しました。彼は、一部の金融商品を取得原価で反映させる混合測定モデルを用いることで公正価値を隠すことは、銀行の財務安定性と価値評価に対する市場リスク影響を隠すだけであるという認識でした。

政治的な圧力により、FASB2010年の当初提案から後退し、ヘルツ議長は残念ながら辞任しました。その後、FASBは、「経営者の意図」と「ビジネスモデル・戦略」に基づいて有価証券を満期保有目的債券に分類することを可能とする「混合測定モデル」を維持しました。

つまり、満期保有目的の金融商品の財務諸表上の簿価は償却原価、つまり過去のある時点で経営者がその資産に対して支払った金額と額面からのディスカウント・プレミアムの償却額との合計で反映されます。公正価値は、財務諸表の表面と注記にのみ開示されます。つまり、未実現損失は、「目に見えるところに隠されている 」のです。

しかし、経営者の意図やビジネスモデルが金融商品の価値を変えることはありません。満期保有目的債券への分類は、投資家や預金者の目につきにくくするだけなのです。

 

SVBのバランスシートと満期保有目的債券のポートフォリオ

これは、SVBの実績値です。20221231時点で、SVB913億ドル(バランスシートの43.1%)の満期保有目的の金融商品を償却原価で計上していました。その公正価値は762億ドル、つまり帳簿価額より151億ドル低い状態でした。一方、帳簿上の株主資本は163億ドルにすぎず、この損失が税効果を生まないと仮定した場合、株主資本を12億ドルまで減少させることになります。また、仮に税効果があったとしても(SVBが税効果をすべて回収できるとすれば)、帳簿上の純資産は119億ドル減少します(下記バランスシート参照)

興味深いことに、SVBは、償却原価で総資産の35.1%にあたる743億ドルのローン(累積予想信用損失モデルに基づく未払信用損失の6億ドル控除後)を保有していました。SVB財務諸表の注記22で説明されているように、これらのローンの公正価値は746億ドルと公正価値を上回っていましたが、別のところで説明されているように、これはローンのほとんどが変動金利であるためです。


全体として、20221231日時点のSVBの総資産2,118億ドルのうち、預金負債1,730億ドル(SVBの契約上の支払義務をまとめた一覧表によると、すべて今後1年以内に返済期限が到来)に対し、公正価値ですぐに支払えるのは約400億ドル(現金および売却可能証券)だけです。


満期保有目的債券の売却は、ポートフォリオを「汚す」ことになり、公正価値会計が発動されます。言い換えれば、155億ドルの未実現損失が財務諸表に計上されることになるのです。この会計処理があるため、経営陣は、預金返済に必要な売却を行うことを事実上思いとどまることになります。現金・売却可能有価証券・満期保有目的債券を合わせた公正価値は1,150億ドルで、20221231日時点の銀行の預金負債の67%に相当します。

この未実現損失の拡大は2022年の1年を通じた金利上昇に伴って生じたものですが、先週、あるいはその数日前の2月下旬に20221231日の財務諸表が公表された際に初めて分かったのです。22930時点で、満期保有目的債券の未実現損失は159億ドルで、実は20221231日時点よりも多くなっていました。つまり、手がかりはあったのです。ただ、あまり明らかではありませんでした。

 

市場が高ボラティリティの局面において、公正価値ベースのバランスシートではなく、純金利マージン(NIM)を重視することについて

投資家や預金者にとってより困難なのは、償却原価法では、GFC に至るまでにも見られたように、銀行とその投資家や預金者は、純金利マージン(NIM)に焦点を当てていることです。NIMの問題は、NIMも非常に静的であり、資産の公正価値の場合と同様、財務諸表の読者が現在や将来ではなく過去に焦点を当てていることです。NIMが良好に見える一方で、バランスシート上の資産の市場価値が暴落することもあります。

 

資産負債管理(ALM)と金融商品のキャッシュフロー特性

さらに、財務諸表内外の開示は、銀行の資産負債管理(ALM)について投資家に十分な洞察を与えるものとはなっていません。SVBの場合、投資家や預金者は、預金集中度、融資との関連性、(契約上の支払義務をまとめた一覧表に基づき、全てが即時に支払われるという開示以外で)その集中度を考えるとどれくらいのスピードで流出するかについての詳細な分析がなかったのです。保険会社は、引き出し(訳注:保険金支払)がもっとゆっくり起こる分、幸運です。保険契約者がお金を取り戻すには、死亡するか、障害者になるか、多額の解約料を支払わなければならないのです。一方、銀行の顧客は、ログインして資金を移動させるだけでよいのです。

2012年頃、FASBは金融商品のキャッシュフロー特性を開示することも検討しました。これに対し、SECは、「財務分析は財務諸表で行うべきでない」と反発しました。問題は、SECが投資家に対してALMに関するより良い開示を提供するための行動を起こさなかったことです。今こそ、これを正すチャンスかもしれません。

銀行の取り付け騒ぎは予測できない、あるいはできる?

SVBの取り付け騒ぎは予測できなかったという意見もありますが、未実現損失は投資家や預金者が理解できるようになっていました。ただ、少し調べる必要があったのです。だからこそ、2010年のFASBの書簡の付録で述べたように、「高度に関連性のある情報」は、単に開示するのではなく、財務諸表における金融商品の測定の開示に属するべきものです。


洗練された投資家は、銀行のバランスシートの価値を公正価値ベースに調整し、金融環境にストレスのある局面では、バランスシートとキャッシュフローにもっと注意を払うべきなのです。

上記の2009年の引用で述べたように、満期保有目的債券はこのような現実の認識を遅らせ、投資家が本当の経済性を見極めることができないせいで、その企業を本当に財務的な価値があるものとしてしっかりと存続させるのではなく、その企業の財務報告に基づく価値を見極めるのに役立つに過ぎません。したがって、満期保有目的債券というのは、満期まで、すなわち、立ち行かなくなってSVBのような銀行で取り付け騒ぎが起きるまで、実態を隠してしまうのです。

そして、金利がピークに達したのと時を同じくして、経営陣が投資家や預金者に売却可能有価証券のほとんどを売却したことを伝えた先週水曜日のSVBの「四半期報告」が実質的にSVBからの預金引出競争を早めたのです。SVBは満期保有目的債券も売却すべきだったかもしれません。

 

FRBは金利を引き上げ、満期保有目的債券の損失はすべて隠蔽された

米国連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利をゼロ近辺から先週時点では5%近くまで引き上げてきたことで、短期金利は昨年から着実に上昇しています。多くの金融機関は、このような満期保有目的債券の大規模な含み損を財務諸表の注記上での記載に留めています。最新のSEC提出書類の時点における、満期保有目的債券の含み損が自己資本に占める割合が大きい預金取扱金融機関(SIC6000)は、投資家に対して疑問を投げかける形となっています。


出典:Courtesy of Jack Ciesielski via Calcbench

FRB自身の行動によって、銀行規制当局にこのような損失の出現と銀行のビジネスモデルへの影響について注意喚起することができたはずです。しかし、残念ながら、マーケットが事前に認識にするのに必要とされるほどには、財務諸表に記載された情報が明確にはなっていなかったのです。金利が上昇すると固定金利の金融商品の価値は常に低下するため、この事態は予測できたはずです。実際、SVBの財務諸表でさえ、9月時点で既に多額の含み損を抱えていました。先週水曜日のSVBの「四半期報告」がSVBの顧客に初めて警告を与え、顧客はSVBからの預金引出、又はログインし預金を移動するためにパソコンに向かったのです。

 

FASBは、満期保有目的債券と「混合測定モデル」を廃止するために行動する必要がある

我々は、FASBが満期保有目的債券の分類を廃止し、すべての金融商品を公正価値で適切に財務諸表へ反映させる必要があると考えています。さらに、FASBSECは、銀行のビジネスモデルや金融商品(資産と負債の両方)のキャッシュフロー特性について、より透明性を高めるために協力すべきだと考えています。預金者が200ページの財務諸表からパズルを組み立てるには、あまりにも複雑です。SVBが売却可能資産をすべて現金に換えたと発表した時に、預金者は「四半期報告」の意味するところを理解しました。このニュースは預金者の間に広がり、結果的に420億ドルの預金引き出しに繋がったのです。

2023年の第1四半期が終わろうとしている今、SECによる注意喚起は良いアイデアかもしれません。

今日の良いニュース(あるいは悪いニュース) は、2年物国債が先週水曜日の5%から今朝の4%まで100bps下がったことです。つまり、これまで述べてきたような金融商品の含み損は小さくなっているのです。

 

サンディ・ピーターズ、CPACFA のより詳しい洞察は、"The Audit Gender Gap: Has It Narrowed?" をご覧ください。

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翻訳者篠原 央士、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/marketintegrity/2023/03/13/the-svb-collapse-fasb-should-eliminate-hide-til-maturity-accounting/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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