623

CFA協会ブログ

No.623

2023年5月26日               

ディストレス投資:2つの事例の物語

Distress Investing: A Tale of Two Case Studies

セバスチャン・キャンダール(Sebastien Canderle)

 

多くの経済圏で今年から来年にかけての景気後退が予想される中、ディストレスシチュエーションは、将来の投資家にとって重要なディール供給源となるでしょう。

しかし、ここで問題となるのは、対象資産が永久に損なわれてしまうのか、それともターンアラウンドが可能なのかということです。2000年代初頭の債務バブルとそれに続く信用収縮において実際に起こった2つの事例が有益な指針を与えてくれるでしょう。

景気循環的なボラティリティあるいは市場変動

英国の投資会社キャンドーヴァー(Candover)は、2002年に衛生用品メーカーのオンテックス(Ontex)10億ユーロ、EBITDA8.1倍で買収しました。負債調達パッケージはシニアとメザニンローン合計で利益(EBITDA)6倍相当という極めて一般的な構成でした。

力強い経済成長にもかかわらず、主に石油価格の上昇により、オンテックスのEBITDAマージンは3年間で17%から12%まで低下しました。石油はオンテックスの紙おむつに含まれる吸水性ポリマーの主原料ですが、同社の製品はウォルマート、テスコ、その他寡占的立場から価格決定力を持つ企業が販売しているため、コスト上昇を価格に転嫁できなかったのです。消費者に直接販売できず、支配力のあるブランドも持たないプライベートブランドメーカーであるオンテックスは価格決定力のないプライステイカーでした。

しかし、これは初めての出来事ではありません。過去においても原油価格が高騰するたびにオンテックスの収益性は低迷していました。しかし、過剰レバレッジによりオンテックスが悪い投資案件となるようなことはありませんでした。むしろ、本来もっと機動的な融資条件が必要となる市場サイクルにあっても、オンテックスの負債調達パッケージは、返済スケジュールと厳しい利払いが定められた硬直的なストラクチャーとなっており、レバレッジは抑制されていました。

2010年にTPGキャピタルとゴールドマンサックスがキャンドーヴァーからオンテックスを買収した際、コベナンツライトあるいはコブライト(cov-lite)ローンが、一般的な調達手段となっており、借入側にこのような市場変動に対応する柔軟性が与えられていました。これこそがオンテックスが必要としたものでした。2016年前半から2018年後半にかけて原油価格が160%以上上昇する中、同社のEBITDAマージンは12.5%から10.2%まで低下しました。

構造的変化あるいは崩壊

しかし、市場の変化がより広範に及ぶ別の種類のディストレスシナリオもあります。

プライベートエクイティ投資会社のテラファーマ(Terra Firma)は、2007年に著名なレコード会社EMIミュージックを42億ポンドの評価でレバレッジドバイアウト(LBO)により買収しました。オンテックスの場合とは異なり、EMIの負債調達ストラクチャーには無制限のエクイティキュア(訳注:株式への追加投資による「治癒」)や幅広いEBITDA調整といった寛大な債務制限条項の緩和など、PEツールキットのあらゆるテクニックを備えていました。しかし、この案件は悲惨な結果となりました。

インターネット革命はレコード産業を揺るがし、EMIは何年もの間、対応に苦慮することとなりました。EMIの運命を好転させようと、テラファーマはEMIの音楽カタログから生まれる経常的キャッシュフローを見合いに債券市場で資金調達を行うことを計画しました。また、人員削減、一部業務のアウトソース、アーティストとの契約再交渉、不動産ポートフォリオの合理化、経費の縮小などにより、利益率を改善することを期待していました。さらに、コンサート、オンラインサービス、商品販売、アーティストマネジメントといった新しい収益源に目を向け、デジタル移行を実施するために新しい技術者を迎え入れようともしていました。

しかし、複数回のエクイティキュアにも関わらず、EMIの唯一の貸し手であるシティは、2011年にEMIを取得し、早急に売却を段階的に行いました。EMIは短期的な変動ではなく、永続的な崩壊を経験していることが明らかになったのです。オンライン海賊版の影響で、米国のCD出荷枚数は1999年から2007年の間に5分の2にまで落ち込みました。買収直前の四半期にはEMICD売上は20%低下していました。このような事業に直近1年のEBITDA18倍を超える金額を支払うのは、賢明ではなかったことが明らかになりました。

このような深刻な問題を経験している事業にレバレッジを積み上げることは得策ではありません。EMIのネットデット/EBITDA倍率はLBO期間中8倍を超えたままでした。その事業再生戦略では急増する負債に追いつくほど収益性が改善することはありませんでした。

リスクピラミッド

EMIの経験は、大規模なリストクチャリングにおいて、いかに重大な執行リスクがレバレッジと相いれないかを示しています。コストカット、資産売却、契約再交渉、リファイナンス、証券化その他従来型の戦略・経営ツールは、破壊的イノベーションには勝てないのです。

ですから市場の変動と崩壊を混同してはなりません。前者は一時的な循環的なものであり、その性質上何度も発生するものだとしても対処可能なものです。これに対して市場の破壊は、永続的で構造的なものであり、多くの企業にとって救いようのない脅威となります。市場の変動には、その変化にあった適応が必要とされ、企業戦略を漸次変化させることで対処できるものですが、市場の破壊は企業改革を必要とし、企業はオペレーションを再構築しなければなりません。このような基本的なシナリオにおいて負債を過度に用いることは望ましくありません。

以下のリスクピラミッドはこのジレンマを図示するものです。レバレッジは他の多くのリスクカテゴリーの上位に位置しています。市場、オペレーション、戦略といった側面で逆風にさらされている企業には、財務リスクつまり負債を抱える余地はほとんどありません。多くの不確実性がある中では、レバレッジの上昇は、どのような借り手企業も押しつぶしてしまう可能性があるのです。

リスクピラミッドの構造

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出典The Debt Trap by Sebastien Canderle

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過剰流動性

世界金融危機後そしてパンデミックの間に行われた前例のない金融刺激策は、今後数年間、ディストレス投資の豊富な機会を提供してくれるでしょう。過剰な資本は多くの場合誤った配分を生み、無駄で不見識な投資に繋がります。それはリターンが犠牲になるものです。

負債で膨らんだバイアウトや過剰資本のスタートアップが多数存在しますが、3兆ドルのドライパウダーを含む12兆ドルの資産という資本の蓄積のため、プライベート市場の調整には時間がかかるかもしれません。20003月のピークから200210月までナスダックは底を打たず、GFCの発生時には多くのドットコム企業はまだ不安定でした。今日のプライベート市場の混乱も同様に長い時間を伴うかもしれません。プライベートエクイティやベンチャーキャピタルはポートフォリオの実態を認識するよりも傷んだ資産にしがみつき手数料を稼ぐことを好むでしょう。しかし、最近の銀行崩壊によりスタートアップがダウンラウンドを先延ばしにするために必要とするブリッジファイナンスが枯渇する可能性もあります。

PEVCなどのフィナンシャルスポンサーは、レバレッジを多用しつつも、より緩いローン契約を交渉したり財務数値を調整したりすることで、リスクを低減することができるかもしれません。しかし、負債が多すぎると借り手はゾンビ状態に陥りディストレス投資家が介入することが難しくなります。世界金融危機の発生によりEMIが崩壊を余儀なくされてシティがディストレス投資をしたように、投資家は待つしかないのかもしれません。

市場の崩壊への対処

金融化は広範な問題を提起しています。過剰な債務の拡大は一時的な混乱なのでしょうか、それとも現代経済の根本的な不連続性なのでしょうか。

膨張したバランスシートの代償は多岐にわたります。企業は投資を削減し、信用格付けの悪化は株式のリターンを悪化させ、企業経営者は別の雇用機会を求め、労働者は非協力的となり、サプライヤーは支払い条件を厳しくし、顧客はより信用のおけるサービスプロバイダーに乗り換え、貸し手は借入コストを引き上げるか、あるいは信用へのアクセスを完全に遮断することもあります

過剰レバレッジの蔓延が広範な経済崩壊に結びつかないとしても、短期的な変動に弱い産業はいずれ永続的に損なわれる可能性があります。例えば今日のインフレ率の上昇は、以前のオンテックスにとっては些細な問題と考えることができました。石油価格は2020年の1バレル0ドル以下から2年後には120ドルまで上昇し、EBITDAマージンは2020年の11.2%から昨年5.5%まで低下しました。レバレッジは利益の6倍超と、EBITDAマージンが17%であった20年前のキャンドーヴァーによるLBO時代と同水準です。

しかし、COVID-19のパンデミックは人口動態の不安定性を引き起こしており、オンテックスのようにオムツや失禁用品を販売し、若年者、老人の両方を顧客とする企業にとっては、はるかに重大な影響を与える可能性があります。欧州米国では超過死亡率が急上昇しています。この傾向は短期間かもしれませんが、これは米国EUイングランド・ウェールズにおける平均寿命の停滞に続くものです。衛生環境と公衆衛生の向上がもたらした恩恵はこの瞬間には限界に達しているのでしょう。

パンデミックはまた別の人口動態変化を促しました。COVID-19は予想されたようなベビーブームではなく、ロックダウンによる「ベビーバスト」の原因となった可能性があります。COVID-19後の景気刺激策により出生率はパンデミック前の水準に回復しましたが、人口動態の課題は残っています。日本スペインイタリアのように経済的苦境にある国では、出生率の低下が常態化していました。しかし、出生率の低下や平均寿命のフラットニングがさらに進むと、それは石油価格高騰のような単なる一時的変動というよりも、衛生用品の長期的需要に影響するような深刻な市場の破壊が現れてくることでしょう。

その影響範囲は特定企業や特定セクターを超えるものであることは明らかです。そこに投資の難しさがあります。市場はダイナミックなものです。マクロ経済の混乱や社会・人口動態の変化は割安な資産への投資をディストレス資産に変えてしまう可能性があるのです。

 

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執筆者

Sebastien Canderle

(翻訳者勝野 泰典、CFA)

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/03/09/know-your-clients-why-how-do-they-invest-in-themselves/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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