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CFA協会ブログ

No.626

2023年6月16日               

大きな変化: ハワード・マークス(CFA)、イージー・マネーの終焉を語る
A Sea Change: Howard Marks, CFA, on the End of Easy Money

マーク・フォーチュン

 

「金融市場は、中央銀行の金融緩和政策の長い期間の終わりを告げる大きな変化を経験しており、超低金利がすぐに戻るという希望はほとんどありません。」と、伝説の投資家ハワード・マークス氏(CFA)は、先月開催された『アセット及びリスク・アロケーション・カンファレンス』で、CFA 協会の会長兼CEOであるマーガレット・フランクリン氏(CFA)とのリモート対談の中で語りました。マークス氏は、これは金融市場における新しい時代の始まりを意味し、多くの投資家が投資へのアプローチの仕方を見直し、異なるリスクとリターンの仮定を用い、多くの実務家がそのキャリアで初めて目にする、より困難な状況に適応することを強いられると信じています。

「金利が再び上昇するとは言っていません。ただ、もう下がることはないは思っています。」とマークス氏は言います。「私の主張の基本的な考え方のひとつは、今後5年から10年の間に、金利が常に下がるわけでも、常に超低金利になるわけでもない、というものです。もしそれが本当なら、私たちはこれまでとは異なる環境にあり、それは大きな変化だと思います。」

1700億ドル以上の運用資産(AUM)を持つ投資会社、オークツリー・キャピタル・マネジメントの共同会長兼共同創業者であるマークス氏は、世界で最も著名なバリュー投資家の一人として名声を得ています。

マークス氏は、54年のキャリアの中で3度目となるこの大きな変化は、必ずしも「金融大混乱」を意味するものではないと見ています。「しかし、資金調達、デフォルト回避、収益獲得はそれほど簡単ではなく、借入もそれほど安くはないでしょう。」

マークス氏によると、市場は、貸し手にとっては悪く、借り手にとっては素晴らしい時期から、今は貸し手にとっては良く、借り手にとってはあまり良くない時期へと変化しているとのことです。「だから、今はクレジットに投資するには絶好の時期です。長い間そうであったよりも良い。もっと良くなる可能性はあるかという質問にはイエスと回答します。金利はもっと上がるかもしれません。その場合、債券投資家は後でさらに高い金利で投資するチャンスを得ることができるでしょう。しかし、今は良い時期です。今日、債券やクレジットから株式のようなリターンを得ることができるというのが、私ができる最も強力な主張です。」

 

これまでのマーケットの大きな変化

マークス氏が経験した最初の大きな変化は、1970年代に投資不適格債券がプライマリー市場に登場したことです。「マイケル・ミルケンらは、企業が投資不適格債券を発行することを可能にし、投資家は、その債券がデフォルトのリスクを補うに十分な利子を提供するならば、慎重に投資することができるようにしました。」と彼は説明しました。ここでの大きな変化は、それまで責任ある債券投資は安全性の高い投資適格債のみを購入することだったところ、投資マネージャーは、潜在的なリターンが付随する信用リスクを十分に補うと判断すれば、信用力の低い債券を購入できるようになったということです。

「リスク・リターンの考え方は非常に重要です。」とマークス氏は言います。マークスは、1978年にハイイールド債券投資に参入した当時、ムーディーズはシングルB格の債券を「望ましい投資対象としての特性を有していない。」と定義していたと説明しました。マークス氏によると、そのような環境では、良い投資と悪い投資しかなく、受託者はシングルB格債券のような「悪い投資」に適切に投資することはできませんでした。

良い投資、悪い投資という概念は時代錯誤です。「最近では、『リスクがあるのか。リターンの見込みは。そして、そのリターンはリスクを補うに足るものか。』です。」とマークス氏は言います。

マークス氏によると、2つ目の大きな変化はマクロ経済がもたらしたものです。1973年と1974年のOPECによる石油禁輸措置がその始まりです。石油1バレルの価格が1年で2倍以上になったことで、他の多くの商品の価格も高騰し、急激なインフレに火がつきました。消費者物価指数(CPI)の前年比は、1972年の3.2%から1974年には11.0%に跳ね上がり、1980年には13.5%に達しました。1979年にポール・ボルカーがアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の議長に就任し、1980年にはフェデラル・ファンド金利を20%に引き上げ、1983年末にはインフレ率は3.2%まで後退し、インフレ圧力を消滅させることができました。

マークス氏は、ボルカーがインフレを抑制することに成功したことで、FRBは連邦預金金利を一桁台後半まで引き下げ、1980年代を通してそれを維持し、1990年代には一桁台半ばまで引き下げたと述べました。「ボルカーの行動は、40年間続いた低金利環境の到来を告げました。私のキャリアの中で、これが2回目の大きな変化だと考えています。」

 

現在の大きな変化の要因

投資家の悲観論と金融市場の楽観論が拮抗している現在の状況には、いくつかの出来事が寄与しているとマークス氏は指摘します。低金利環境では適正価格と思われた株価が、ここ数カ月で、金利上昇に見合った低いPERに低下しています。同様に、金利の大幅な上昇は、債券価格を下落させる効果をもたらしていると述べました。株価と債券価格の下落の中で、「取り残される恐れ(Fear of Missing Out)」が枯渇し、それに代わって損失への恐怖が高まっています。

昨年の金融引き締めは景気減速を目的としたものであったため、投資家はFRBがソフトランディングを達成することが困難であり、したがって景気後退の可能性が強いことに注目しました。景気後退が収益に及ぼす影響が予想されたため、投資家の気運が低下したのです。このため、202219月のS&P500の下落率は、前世紀最大の通年下落率に匹敵するとマークス氏は指摘しました。(その後、市場はかなり回復しています。)

リスクとリターンの見通し

フランクリンは、リスクとリターン、金利、そして現在の市場がもたらすより細かなリスクと機会について、マークス氏に期待することを尋ねました。

マークス氏の特徴のひとつは、リスク特性に細心の注意を払いながら、大きなリターンを求める深いリサーチと分析です。「その2つの要素(リサーチと分析)についても、何か見解を示していただけますか。」 とフランクリンは尋ねました。

2000年にITバブルが崩壊し、2001年、2002年と株式市場は下落を続けました。」とマークス氏は述べました。「1939年以来の3年連続の下落でした。人々は株式市場に興味を失い、その後10年間は何もしませんでした。そして、FRBが景気浮揚のために金利を引き下げたため、投資家は債券にも関心を示さなくなりました。人々は『株式や債券から必要なリターンを得ることはできない。どうすればいいのだろう。』と。そして、その答えが『オルタナティブ』だったのです。」

投資家は、2000年から2002年の時期をうまく乗り越えてきたヘッジファンドに資金を振り向けました。「しかし、1億ドルだったヘッジファンドがいきなり20億ドル以上になってしまい、そんなに素晴らしいパフォーマンスをあげることはもはやできなくなりました。」とマークス氏は述べました。「ヘッジファンドは2000年代半ばまで大流行しました。でも、もうヘッジファンドの話はあまり聞きませんね。」

投資家は次にプライベート・エクイティに目をつけ、この資産クラスに大量の資本を注ぎ込みました。プライベート・エクイティは、資産価格の上昇と、金利の低下がもたらす資本コストの低下から、何年も恩恵を受けました。プライベート・エクイティのマネージャーは、こうした幅広いトレンドに乗り、良いリターンを得ることができたのです。しかし、大きな変化により、こうしたトレンドが基本的に終わったとすれば、プライベート・エクイティ・マネージャーは、高いリターン(いわゆるアルファ)を得たいのであれば、バーゲン価格の資産を購入し、価値を付加する必要があります。このようなスキルは誰もが持っているわけではありませんが、プライベート・エクイティで高いリターンを得るためには、マネージャーが金利の低下を当てにしない限り、不可欠なものです。

低金利環境で恩恵を受ける最新の資産クラスは、プライベート・クレジットです。世界金融危機(GFC)とそれに伴う規制によって銀行の貸し出しが減少すると、そのギャップを埋めるためにノンバンクの貸し手が参入しました。非公開融資は主要な資産クラスとなり、現在の約15,000億ドルにまで成長しました。

「プライベート・クレジット、あるいはその資産クラスの一部にバブルが発生していると見ていますか。」と、フランクリンはマークス氏に問いかけました。

マークス氏は、プライベート・クレジットに新しい企業や資金が殺到していることを認めていました。「バブルでしょうか。」と彼は尋ねました。「バブルとは、私の考えでは、不合理な行動や心理を表す言葉です。では、その行動は不合理でしょうか。心理が過剰に楽観的でしょうか。彼らがどれだけのリスクを取っているのかわかりません。彼らが賢明な与信判断をしているのか、賢明でない与信判断をしているのか、私にはわからないので、それについて答えを出すことはできません。しかし、ウォーレン・バフェットは、潮が引いたときに初めて、誰が裸で泳いでいたかを知ることができると言っています。いつかそのうちに分かるでしょう。」

他に注目していることとして、ウクライナとロシア、ワシントンDCの機能不全、所得格差、重大な社会問題などがマークス氏の懸念材料ですが、それらが金融市場にどう影響するか、投資判断にどう織り込むかはわからないと述べます。「このテーマに関する私の答えは短いものです。知的なことは本当に何も言えないからです。」と彼は述べました。

金利とインフレの高い環境で成功するために、プライベート・クレジット・マネージャーは何をする必要があるのでしょうか。

「クレジットの投資家は、たとえ期待に反しても報酬を得られるような安全マージンを常に要求しなければなりません。それを見極めるのが重要なスキルです。」とマークスは言います。「株式には天才的な才能が必要で、債券は配管工事のようなものだ、というわけではありません。オークションが過熱しすぎて、融資が十分な安全マージンを確保できなくなったときに、その場合は手を引かなければならないことを知るために、スキルが必要なのです。」

「もし、信用状況がより厳しくなり、銀行の貸し出しが減るとしたら、非公開で直接の貸し出しにはどのような影響があるのでしょうか。機会が増えるのでしょうか。」とフランクリンは質問しました。

「そうですね、その通りだと思います。需要と供給の法則が取り消されたわけではなく、どの資産クラスでも、それに入りたがる人が多ければ多いほど、悪くなり、入りたがる人が少なければ少ないほど、良くなります。」と、マークス氏は語りました。「そして、誰もが融資に熱心なとき、結果として生じる融資は、不十分な安全性と不十分な利回りを提供する可能性が高くなります。しかし、人々が退却し、融資する人が少なくなれば、利回りは上がり、貸し手はコベナンツなどの安全性を要求できます。つまり、これは非常にポジティブな展開です。私は、78年のハイイールド債、88年のディストレス債、98年の新興国株式など、他の人々がやりたがらないことをやってキャリアを積んできました。人気がなく、人々が買わないということは、需要がなく、価格も楽観的でないということです。つまり投資するのに最適な時期と言えます!

個人投資家

今日、投資家は流動性のあるハイイールド債やレバレッジド・ローンで一桁台後半のリターンを得ることができるとマークス氏は言います。また、個人投資家がアクセスしにくいプライベート・クレジット商品では、2桁のリターンを得ることが可能です。「つまり、一つの言い方として、『何のために株式が必要なのか』ということです。」 とマークスは言います。「そして、私が言っているようなリターンを追求するためにクレジット投資をするのであれば、そのリターンを得られる確率は高くなる。もちろん、債券なので、大きく上昇する可能性はありません。しかし、借り手を適切に選べば、大きな下落のリスクもありません。」

フランクリンはマークス氏に対し、これだけ多くの聴衆が見ているのだから、知恵を授ける機会がある、と語りました。「この方たちは、システムに誠意を注ぎ、素晴らしい仕事をしたいと思い、投資家や顧客のために成果を出したいと思っている人たちです。 」と。

「市場が好調なとき、投資家は心配性であることを忘れてしまう 。」とマークスは答えました。「10年以上にわたって市場が好調だったため、人々は『リスクはないだろう、心配することはない。FRBが永遠に繁栄をもたらすように見える。ダンスは長期間続くだろう。私は損をする心配はない。しかし、自分のポートフォリオ構成が少数派になっていることは心配しなければならない。』と言うようになりました」

 

そのような時こそ、リスクオンのアプローチを取るには不適切なタイミングだとマークス氏は言います。最近の市場の調整で、投資家は損をするのは簡単なことだと思い知らされました。「FOMO(取り残される恐れ)が最も重要な恐怖ではないことを、人々は思い知らされ、それはより健全な環境に向かっていることを示唆しています。すべてが簡単な環境は、危険な行動や悪い習慣を助長するため、健全な環境とは言えません。私は常々、世界で最も危険なものは『リスクはない』と信じることだと言っています。それが終わり、この数年間は、何もかもが簡単ではない、より正常な時代に向かっていると私は信じています。しかし、それはより健全な環境であり、人々は適切な量のリスク回避策を講じることになるからです。」とマークスは述べました。

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執筆者

Mark Fortune

(翻訳者:猪原 英治、CFACIPM

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/06/13/howard-marks-cfa-three-sea-changes/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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