ブラッド・スワンソン(Brad Swanson)、ツィーハン・チェン(Zihan Chen)
環境(Environmental)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)、すなわちESGの格付けは、それらの要因が企業の財務パフォーマンスにもたらすリスクと、企業がリスクを管理するためどの程度準備ができているかを反映したものであるべきです。様々な基準の中でも特に炭素排出量(E)、職場の衛生安全(S)、役員報酬体系(G)などを評価し格付けすることが考えられます。
ESG格付けは、ESGスコアが高い企業ほど、ESGリスクが低いかESGリスクの管理が上手い、あるいはそれらの組み合わせを兼ね備えるため、長期的にはより高い財務パフォーマンスを示すであろうという考え方を前提としています。だとすれば、その帰結として、市場が効率的だと仮定するなら、高いESG格付けは高いバリュエーションにつながるはずです。
では、より高いESGスコアは財務パフォーマンスの改善、あるいは高いバリュエーションと相関するのでしょうか。
単純な答えはありません。文献は多岐にわたっており、明確な共通認識はないのです。問題のひとつは、どのように評価を行うかです。アナリストは異なる業界の企業を比較すべきでしょうか。バランスシートの規模や時価総額はどのような意味を持つのでしょうか。適切な観察期間はどのくらいでしょうか。適切な業績評価の尺度は何でしょうか――総資産利益率(ROA)でしょうか、純利益、営業費用比率、フリーキャッシュフローあるいは売上成長でしょうか、それともそれらの組み合わせでしょうか。資本市場からの評価は市場価格で十分でしょうか、それともボラティリティや流動性に応じた調整が必要でしょうか。ESGスコアの上昇(あるいは低下)はタイムラグを考慮されるべきでしょうか。もしそうであれば、どれだけのタイムラグが適切でしょうか?
筆者らは、限定的ながらも明確な回答を出すために狭い仮説をたてました。すなわち、債券市場は高いESG格付けを信用リスクの低さと考えており、従ってESG格付けの高い企業の社債は低いリスク調整後リターンを示すはずだというものです。もしこの関係性が有意なのであれば、市場全体を適切に反映したサンプルセットは、任意の時点においてこのような関係を示すはずです。
筆者らはESG格付けを付与されており、2024年から2025年に満期を迎える上場債券を発行している米国大企業のユニバースを作成しました。その上で、S&P500の方法論で定義された11の各セクターから10の発行体を選び、現在の社債利回りから同時期に満期を迎える米国債の利回りを差し引いて、リスク調整後利回り(クレジット・スプレッド)を算出しました。これらの観察は全て2023年4月6日から7日の2日間に行い、ESGスコアはサステナリティクス(Sustainalytics)から入手しました。
我々の仮説によれば、社債のクレジット・スプレッドは、ESG格付けと負の相関関係を持つはずです。つまりESG格付けが高ければ債券価格も高くなり、リスク調整後リターンは低下するはずです。
しかし、そのような結果は得られませんでした。実際のところ有意な相関関係は見られなかったのです。下図が示すように結果は分散度が高く、決定係数(R2乗)はわずか0.0146にすぎません。そして、サステナリティクスは逆評価スケールを用いており低いスコアは高い格付けを示すので、最も当てはまりの良い直線(訳注:下図の点線)は我々の仮説とはかけ離れたものです。つまり、EGS格付けが高いほどクレジット・スプレッドも高くなっているのです。
ESGスコア 対 リスク調整後債権利回り
相関係数はセクターによって大きく異なります。公共事業セクターとその他4つのセクターは正の相関、つまりESGスコアが逆評価スケールを用いていることを踏まえると、我々の仮説を支持しています。一方で通信サービスとその他4つのセクターはESG格付けが高いと利回りも高いという、我々の仮説とは逆の見方を示しています。もちろん、セクターあたり10発行体のみなので、これらの結果は示唆を欠くものかもしれません。
セクター別の相関
セクター
|
R値
|
通信サービス
|
–0.66
|
金融
|
–0.29
|
ヘルスケア
|
–0.26
|
テクノロジー
|
–0.12
|
生活必需品
|
–0.03
|
エネルギー
|
0
|
資本財
|
0.01
|
素材
|
0.02
|
不動産
|
0.02
|
一般消費財
|
0.19
|
公共事業
|
0.45
|
平均
|
–0.06
|
なぜ、債券投資家は投資判断を行う際にESGスコアを無視しているのでしょうか。いくつかの要因がかかわっていると考えられます。まず、信用格付けの実務は確立されており、信用格付け機関の評価はESG格付け機関のそれよりもはるかに一貫したものです。そのため、債券投資家はESGスコアが信用リスク評価に付け加えるものはほとんどないと考えているのかもしれません。
また、仮に債券投資家が、ESGスコアが本当の情報を伝えていると信じていたとしても、そうした指標が測定するリスクを最も重要なものとは考えていないのかもしれません。債券の買い手は、何よりもまず、債務を全額期日通りに返済できるかという契約上の義務に関心があります。従って、従業員の多様性や取締役会の構成はESG格付けでは重視されるかもしれませんが、債券投資家にとっては特別重要なものではないのかもしれません。
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執筆者
Brad Swanson、 Zhian Chen
(翻訳者:勝野 泰典、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/08/30/do-better-esg-ratings-boost-bond-holders/
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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