シンシア・ハリントン(Cynthia Harrington)、CFA
ザック・エリソン(Zack Ellison)、CFA、CAIA
イノベーションが価値創造を推進
イノベーションはいつの時代も経済の進歩と富の創造を推進してきました。革新的な企業に対して投資家は、これまで上場した後に株式市場を通じてその成長に投資することが可能でした。
ところが、ここ数十年で投資環境は劇的に変化しました。今では、株式公開(IPO)をせず、長期間、あるいは、永久的に未公開のままでいる企業が増えました。1980年から2000年にかけて、IPO市場では年間平均325件の取引がありましたが、2000年以降、その数は劇的に減少し、たった135件です。
ですから、革新的な新しい企業の成長に投資するには、非公開市場に目を向ける必要があるのです。
イノベーションと未公開市場
公開市場はどのように変化したのでしょうか。IPO全盛期の一例はアップル・コンピューター(Apple Computer)です。アップルは、創業からわずか数年後の1980年に株式公開し、当時の売上1億1,700万ドル、株式上場による調達額は1億ドルでした。そのわずか4年後、同社の売上は15億ドルに達し、投資家に10倍以上のリターンをもたらしました。
しかし、IPO市場が大きく縮小した現在、1980年代のアップルに見られたようなリターンを期待するのは時代錯誤というものです。アーリーステージ(成長企業の初期段階)に大きく成長した企業から得られるリターンのほとんどは、こうした企業にIPO前から投資する投資家の手元に入るからです。移行期のチャンスはそういうところにあります。
未公開市場の投資家は、従来からベンチャーエクイティを通じて、アーリーステージで潜在性の高い急成長企業を支援してきました。その障壁は低くなりつつありますが、アーリーステージの株式は多くの場合、最大手の投資家にすら案件が回ってこないインサイダーゲームとなっています。しかし、最近ではベンチャー債が魅力的な補完手段として浮上し、資産クラスとしての「イノベーション」銘柄に投資家がアクセスする新たな方法となっています。新興企業の中には、その成長過程で資本コストを下げ、自らの株式持分の希薄化を避けるため、資金調達の手段としてベンチャー債を利用するところも多くあります。アーリーステージ企業への株式投資の機会を逃した市場参加者は、代わりにベンチャー債への投資を通じて、その会社の将来に投資するチャンスを与えられるのです。
超富裕層は、グローバル金融危機以降、この投資機会を捉えてファミリーオフィスでの投資の重心をこうした投資分野に移していますし、機関投資家もそれに追随しています。数字は嘘をつきません。最近15年間で、未公開市場への直接投資は米国で175%、グローバルで210%増加しています。
2022年8月、ブラックストーン(Blackstone)は未公開の新興企業やテクノロジー企業への大規模な融資を推進するべく、ベンチャー債を含む未公開テクノロジー会社への融資に20億ドルを投資する計画を発表しました。その1年後、ブラックロックは欧州最大の未公開ベンチャーへの融資会社の1つであるクレオス・キャピタル(Kreos Capital)を買収しています。
ブラックロックの欧州・中東アフリカ地域におけるプライベート債部門の責任者ステファン・カロン(Stephan Caron)氏は「現在の市場環境では、新たなインカム収益源、低ボラティリティやポートフォリオ分散、上場銘柄と比較したときの低デフォルト率を重視すれば、未公開会社への融資は投資家にとって魅力的な資産クラスのひとつにとなっている」と述べています。
未公開市場への投資、特にベンチャーエクイティ投資とベンチャー債券投資には、今後の可能性として5つのパフォーマンス上の特徴が挙げられます。
1. ポートフォリオ分散化
IPO前の株式、債券に投資資金を配分しポートフォリオを分散化すれば、セクター、ステージ、ビジネスモデル、地域などの各要素にわたってリスク分散することが可能になります。また、パフォーマンスの劣る上場銘柄の悪影響を緩和し、広範な市場変動があったときも、その影響を遮断することができます。現実に、IPO前の企業のリターンは上場株式や債券のそれと相関が小さく、リスク調整後のリターンを改善することもあります。上場企業数が減少しているため、こうしたことは特に重要です。1980年に上場企業は約8,000社ありましたが現在はわずか約4,000社です。
2. 成長性とリターンの可能性
企業は多くの場合、ライフサイクルの初期段階、特にIPO前の段階でもっとも急激な成長軌道に乗ります。市場シェアが拡大し企業価値が最も高まる傾向があるのもこの時期なのです。
一方、ベンチャー債への投資は、株式投資から得られる3~5%の年間リターンに加え、10%台半ばから後半の債券収入をもたらします。さらに良い側面として、業界全体で過去20年間のローン損失率は年率0.50%未満という点も注目です。
米国のプライベートエクイティおよびベンチャーキャピタルインデックスのリターン*
インデックス
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6か月
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1年
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3年
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5年
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10年
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15年
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20年
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25年
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CA US プライベート
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–5.3%
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6.70%
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23%
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20.60%
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17.80%
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12.60%
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14.80%
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13.80%
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エクイティ
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Russell 2000
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–23.5%
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–25.6%
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3.90%
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5%
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10.20%
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7.10%
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8.60%
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7.90%
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mPME
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S&P 500
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–20%
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–10.9%
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10.50%
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11.20%
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13.50%
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8.90%
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9.40%
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8.30%
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mPME
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CA US
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–13%
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2.70%
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30.50%
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25.70%
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19.30%
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13.60%
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11.80%
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28.10%
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ベンチャーキャピタル
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NASDAQ
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–29.3%
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–23.5%
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13.10%
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14.10%
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16.20%
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11.60%
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12%
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10.40%
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Composite mPME
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Russell 2000
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–23.5%
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–25.5%
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3.90%
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5%
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10%
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6.70%
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8.70%
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8%
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mPME
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S&P 500
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–20.0%
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–10.9%
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10.50%
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11.30%
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13.30%
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8.80%
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9.40%
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8.40%
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mPME
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NASDAQ
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–29.2%
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–23.4%
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12.20%
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13.50%
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15.40%
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11.20%
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11.60%
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9.30%
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Composite AACR
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Russell 2000
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–23.4%
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–25.2%
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4.20%
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5.20%
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9.40%
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6.30%
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8.20%
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7.40%
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AACR
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S&P 500
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–20%
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–10.6%
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10.60%
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11.30%
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13%
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8.50%
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9.10%
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8%
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AACR
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*2022年6月30日時点
出所:Cambridge Associates
3. 早期アクセス
スタートアップ投資は、高成長企業投資の入口に参入することを可能にし、より有利な投資条件によって先行者利益が得られます。アーリーステージでは、企業の評価額は低くなり、その後の上昇余地が大きくなります。アップル、アルファベット(Alphabet)、ネットフリックス(Netflix)、その他業界の破壊的企業はすべて、新興企業としてスタートしアーリーステージの投資家に驚異的なリターンをもたらしました。
この「驚異的」とはどういう意味でしょうか。アーリーステージのウーバー(Uber)の株式投資家が良い例です。ファースト・ラウンド・キャピタル(First Round Capital)の51万ドルの初期投資は、ウーバーの上場時に25億ドル以上に膨らみました。セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)によるエアビーアンドビー(Airbnb)への2億6,000万ドルの投資は、11年後に48億ドルになりました。 スペースX(SpaceX)のアーリーステージの投資家も、そのうち、同様のリターンを得られるかもしれません。ファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)は、スペースXの評価額が10億ドルを下回った2008年に2000万ドルを投資しました。直近の資金調達でスペースXの価値は1,370億ドルでした。
4. 新たなアイデア
ベンチャーエクイティやデットファンドに投資したり、新興企業に直接投資したりすることで、新たなトレンドやテクノロジーについて洞察が得られ、より広範な市場の見通しを確認し、それがどのように進化しているかをより深く理解することができます。
現状、新規上場件数が少なく、そのタイミングも遅れる中で、上場市場は投資機会の氷山の一角にすぎません。ビジネスイノベーションの大部分は、未公開市場の水面下で、目に見えない形で隠れています。そのため、取引の流れが見えていない投資家に比べると、未公開市場の投資家は情報量で優位です。未公開企業の情報開示の中身は、上場企業ほどには一般化されていないため、何を調べるべきかを知っている投資家がより豊富な情報を有しているからです。未公開市場の投資家は、未来を作る新たな企業を創業する人々から直接確実なデータを入手しているのです。
5. 未開拓の市場
未公開企業がターゲットにすることが多いのは、大規模で成熟した同業他社が見落としている、ニッチで十分なサービスが提供されていない市場やセグメントです。特殊な製品やサービスを備えた新興企業を特定して投資することで、未開拓の市場とその成長の可能性に投資することができます。
投資環境の変化は、ポートフォリオにおける未公開市場への投資の重要な役割を教えてくれます。ポートフォリオ分散化を進めるだけでなく、リスク調整後のリターンを向上させ、指数関数的にリターンを増加させることも可能になるのです。
現実をしっかり見ましょう。イノベーションが成功し、そこから生み出される莫大な利益は、もはや公開市場の特権ではありません。今日、経済発展と富の創造の先頭に立ちイノベーションに投資するには、未公開市場に目を向ける必要があります。それは、ベンチャーエクイティとベンチャー債に注目するということです。
このシリーズでは今後、ベンチャーエクイティとベンチャー債、そして、その投資方法についてさらに深く掘り下げていきます。
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執筆者
Cynthia Harrington, CFA, Zack Ellison, CFA, CAIA
(翻訳者:瀧澤 創、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2023/11/13/the-innovation-advantage-private-market-investing/
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。