米国は個人消費主導型の経済です。しかし、過去半世紀にわたり、米国の消費者は社会的および経済的圧力に直面し、弱体化してきました。
ここ数年、米国連邦準備制度理事会の金融緩和と財政刺激策が消費を促進してきましたが、パンデミック後のインフレ再燃を背景にこのような政策は一巡し、個人消費は長期トレンドに沿った減速を再開しました。これはおそらく景気後退につながるでしょう。
代替案は何でしょうか?米国版の「日本化(Japanification)」すなわち、Fedや連邦政府、あるいはその組み合わせにより米消費者を浮揚させ続けることが考えられます。
まず、米国経済はどの程度消費者主導なのでしょうか。個人消費支出(Personal Consumption Expenditures; PCE)がGDP全体の3分の2を占めるのに対して、総輸出は10%程度にすぎません。米国経済は内向きであり、対外収入にはあまり依存していません。そのため、消費者が果たす役割は過去50年間により中心的なものとなっています。
米国のGDPに占めるPCEの割合は1968年の59%から2022年には68%に伸びている一方、同期間にわたって純輸出は1968年の0.1%から2022年の-3.3%へと減少し赤字に転じています。この貿易赤字は消費に連動しており、純輸出金額も消費者主導であることを示しています。
出所:米国勢調査局、BEA、BLS、FRED、BISよりデータを抜粋(訳注:以降の図表も同様)
しかし、米国の消費者は着実に強まる逆風に直面しています。PCEがGDPに占める比率は増加していますが、名目でも実質でもPCE成長率は過去半世紀の間に鈍化しています。名目PCE成長率は1968年の9.9%から2019年の3.5%に、実質PCE成長率は1968年の5.7%から2022年には2.7%に低下しています。これは、米国消費者の経済的影響力が低下していることを示しています。
ネットPCE(左軸) vs 米国純輸出(右軸)、単位は10億米ドル
2000年以降、ハト派的金融政策と政府の景気刺激策がPCE成長を押し上げてきました。COVID-19のパンデミックの中、これらの政策が行き過ぎた結果、名目PCE成長率は急上昇しインフレ率は跳ね上がることとなりました。しかし、金利上昇に直面する中、こうした政策は維持でできません。
名目PCE成長率(YoY) vs 実質PCE成長率(YoY)
PCE成長率は、特に1968年以降、家計負債の拡大を伴っており、米国の消費者はますます負債に依存しています。名目PCEに占める家計債務の割合は、1976年の73%から2008年の大不況のピーク時には141.5%まで上昇しました。2022年時点では109%です。PCEに対する負債の割合は増加しており、つまり、米国消費者の負債依存度は上昇し、支出の余力は低下しています。
家計負債伸び率(YoY) vs 名目PCE伸び率(YoY)
PCEはGDPに占める比率としては増加しましたが、その伸び率自体は鈍化しています。これはGDPの他の構成要素、例えば純輸出や資本支出(CapEx)の成長ペースがそれ以上に低下していることを意味します。さらに、PCEがGDPのより多くの部分を占めるようになる一方で、米国の賃金はそれに追いついていません。
PCE/GDP(左軸) vs 従業員報酬伸び率(YoY)(右軸)
消費主導型経済では、不平等が拡大するにつれて、より多くの割合の人口にとって利用できる資源が減少し、結果として消費全体が減少します。米国勢調査局の推計によると、米国の不平等は過去50年以上にわたって上昇し続けており、同国のジニ係数は1970年の0.394から2022年には0.488に上昇しています。米国世帯の上位10%の所得は世帯所得中央値の213%から290%へと急上昇しました。富がより少数の集団に集中する一方で、大多数の人々の購買力は低下しているのです。
米国の人口増加率は、1960年以降かなり一貫した減速トレンドにあります。これは人口の高齢化が進み、消費を牽引する若年層の割合が低下することを意味しています。名目PCE成長率も、実質PCE成長率も、過去50年間は人口増加率の鈍化に追随しています。
名目PCE成長率(YoY)(左軸) vs人口成長率%(YoY)(右軸)
これらの要素を総合すると4つの重要な変化がありました。
実質PCE成長率は、COVID-19下の上昇のあとパンデミック前の水準まで後退しました。確かに、ヘルスケア、オンラインサービス、旅行、自動車販売などのセクターはトレンドに逆らっていますが、あくまでこれらは例外です。
GFC(リーマンショック)の後、そしてパンデミックの際にも、連邦政府は苦しむ消費者を支え、経済を回し続けるために、背負う負債を増やしました。すなわち、経済成長を推進する債務負担は消費者から公共部門へとシフトし、PCE成長率は家計債務よりも総負債に連動するようになりました。
名目PCE伸び率(YoY) vs 総負債伸び率(YoY)
しかし、この政府支出の増加フェイズは、金利上昇に直面し終焉を迎えました。現在、政府、家計、企業といった全ての非金融部門において、債務の伸び率はPCE伸び率と同様に減速しています。一方で、消費者ローンの延滞率は増加し、COVID以前の水準に戻っています。コロナ禍の中での政府の景気刺激策の増加は一巡し、消費者は再び流れに逆らって泳いでいます。
消費の伸びが鈍化する時、需要サイドのインフレも同様に鈍化します。供給サイドの要因が最近のインフレ率の急上昇を牽引し2022年にはピークに達しましたが、こうした要因が解消し消費者需要が弱まるにつれてインフレも終息しつつあります。
インフレ率(YoY) vs 実質PCE成長率(YoY)
実質PCE(YoY、オレンジ・左軸) vs インフレ率(YoY、青・右軸)
より大きなレベルでは、CPIと実質PCEの関係性は1980年以降大きく変化してきました。1980年以前の30年間は、CPIとPCE伸び率は反対方向に動く傾向にあり、消費者需要は価格変動に反応しているように見えました。しかし、それ以降はCPIと実質PCEは連動するようになりました。CPIが個人消費を左右するというよりも、個人消費に動かされるようになりました。インフレ率が低下したとしても、消費者の支出は増えなくなったのです。
実質PCE成長率(YoY) vs NFP(非農業部門雇用者数)伸び率(YoY)
消費者主導の経済では、個人消費が雇用創出を牽引します。パンデミック中の変動を経て、雇用創出は名目・実質PCE成長率とともに低下しました。
実質PCE成長率(YoY) vs NFP(非農業部門雇用者数)伸び率(YoY)
さて、これら全ての変化は、米国の消費者そして米国経済の将来について何を示唆しているのでしょうか?これには3つの意味があると考えられます:
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消費者の影響力は減衰し続けます。なぜか?逆風が和らぐ見込みがないからです。そして消費者が低迷すれば、GDP成長率も低迷し、景気後退を引き起こす可能性があります。
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過去15年の歴史は、PCE成長率の上昇には、消費者に対する追加的かつ持続的な財政的あるいは金融的支援が必要であることを示しています。これが筆者らの米国の「日本化」シナリオ、すなわち財政当局・金融当局が経済を維持するために必要な債務を引き受けるというシナリオを構成しています。
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この消費者衰退のトレンドは、過去数十年にわたっており、その間には無数の技術的進展、デジタル時代の到来、アウトソーシング現象などもありました。このような変化にもかかわらず消費の基本的な成長方向は変わっていません。それぞれの新たな技術革新は支出をある部門から別の部門に移行させただけで、総支出の伸びを増加させた訳ではないのです。なぜでしょうか、消費者の資金制約があったためです。
これらの制約、そして財政・金融政策立案者がどう対応するのかが、当面の米国経済の先行きを決めることとなるのです。
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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