650

CFA協会ブログ

No.650

2024年1月12日               

書評:米国金融史への投資

Book Review: Investing in U.S. Financial History



マーティン・フリッドソン(Martin Fridson)、CFA

 

米国の金融史への投資:未来を予測するために過去を理解する2024.マーク J. ヒギンズ、CFACFPグリーンリーフ・ブック・グループ・プレス

 

 18世紀以降の米国の金融史全体を年代順に記録することは、非常に大掛かりなことですが、不可欠な仕事です。これから書評する著書の前に、そのような取り組みを最近にしているのが、ジェリー・W・マーカム氏の複数巻の米国金融史シリーズでした。世紀に渡る他の歴史書は、それよりずっと早くに登場しているために、過去数十年の経験と学識を活かしてはいません。例えば、ポール・ストゥデンスキー氏とハーマン・エドワード・クロース氏の米国金融史およびマーガレット・グッド・マイヤーズ氏の米国金融史がそうです。

 この難しい課題に取り組むに際し、マーク・J・ヒギンズ氏CFACFPは、アレクサンダー・ハミルトンの時代(訳注:18世紀後半)にまで遡る重要な出来事を探求するだけでなく、そこから学ぶことが、新たな危機が発生した時に、意思決定者が対処するのに役立つことを実証しようと努めています。例えば、1907年の恐慌の記憶が生々しかったために、当時の政府高官やウォール街の経営者たちは、1914年の第一次世界大戦の勃発に続く恐慌の最初の兆候に迅速かつ積極的に対応するよう、予め備えていたと主張しています。その時の適切な対応はニューヨーク証券取引所の閉鎖であったことが判明しましたが、これはその7年前にJ・ピアポント・モルガンが特に避けた措置でした。歴史上の判例にはある程度の解釈が必要ですが、ヒギンズ氏は、「1929年の大恐慌の教訓を過去90年間にわたり適用することで、米国の財務・金融当局は大惨事の繰り返しを避けてきた」と著しています。

 著書では、金融史に関するいくつかの一般的な誤解について、正確な事実を示しています。例えば、19291029日の株式市場の暴落は大恐慌の引き金にはならなかったと正しています。全米経済研究所によると、経済の縮小は19299月に始まっていました。あの株式市場の暴落は、景気後退の深刻さと期間に対する影響では、金融政策や財政政策の誤りよりも重要ではありませんでした。

 十分な知識を持つ実務家でさえ、ヒギンズ氏の骨の折れる研究から新しい洞察を得られます。例えば、今日のクローズドエンド型ファンドは、19297月から19326月の間に平均して98%という驚異的な価値の損失を被った商品の復活であることは、多くの人にとってニュースとなることでしょう。

 話は変わりますが、ほんの数年前、バロンズ誌の見出しは1987年の市場暴落の犯人は謎のまま」でしたが、ヒギンズ氏は、19871019日にダウ平均株価が22.61%も急落した具体的な原因を6つ挙げています。また、2008年の破綻前に不動産の専門家によって広められた、これまでもなかったように不動産価格が全国的に下落するはずはおそらくないという見解の誤りを暴いています。ヒギンズ氏は、1820年代と1840年代の経済不況に伴う先例を引き合いに出しています。

 585ページの壮大な著書は、氏の経歴によりさらに印象深いものです。ヒギンズ氏は学術的な歴史家ではなく、機関投資家のコンサルタントです。彼の実務家向けの著書には、証券アナリストという職業の起源に関するセクションと、CFA憲章への賛辞が含まれています。このようなことからも、ヒギンズ氏の見解は投資家や資産運用者にとって特に有用なものです。この著書を記す過程で金融史を貪欲に学んで蓄積した知見を本業で活用してきました。氏の説明によると、クライアントは、より低い手数料とパフォーマンスの向上という形で恩恵を受けています。

 著書名である「米国金融史への投資」は、過去を研究することは楽しい知的作業以上のものであるというヒギンズ氏の考えを具体化するものです。それでも、この著書には、第二次世界大戦に至るまでの25ページ以上の議論や、戦争そのものに関する14ページ以上の議論など、それ自体が歴史に惹かれる示唆が含まれています。それは確かに、関連する金融の教訓を引き出すには必要以上の戦略や戦いについての詳細なのです。

 債券の専門家は、その複雑さゆえに、2000年代初頭のストラクチャード・モーゲージ商品は、「格付アナリストの能力をはるかに超えていた、あるいは、多くの場合、いかなる人間の能力も超えていた」というヒギンズ氏の主張に疑問を呈することでしょう。有名なところでは、ゴールドマン・サックス社は、空売りしたい大口顧客に代わって、特にデフォルトに陥りやすい住宅ローンプールを問題なく特定することができました。住宅ローン担保証券(MBS)の信用格付は、あまりに甘いことが判明しましたが、それは、格付機関の利益相反、つまり、企業の資産クラスでよりうまくコントロールされていた発行体支払い型の報酬モデルによるものでした。企業の場合、当時のMBS市場とは異なり、投資家はふたつの大手機関による格付を要求していました。これにより、発行体は、手数料の見込みをぶら下げて格付機関同士を競わせることができませんでした。もうひとつの違いは、格付機関の収益に占める割合が単独で十分に大きい発行体企業が存在しなかったため、発行体の借入コストを下げるのを助長するべく評判を犠牲にする必要がなかったことした。対照的に、MBSでは、少数の投資銀行が、ディールの組成と格付手数料の支払いを支配していました。

 一部の読者は、ムーアの法則に関するヒギンズ氏の議論に付随するグラフを見て頭をかかえるかもしれません。インテル社の共同創業者であるゴードン・ムーア氏は、1965年に、チップあたりのトランジスタの数、つまりチップの能力が約2年ごとに倍増すると予測しました。その予測の正確さを示すためのグラフでは1965年、1967年、1969年、1970年に減少したCPUあたりのトランジスタの数を示しています。将来の改定版では、このグラフは「フェアチャイルド・セミコンダクター社とインテル社のデータを使用して、1960年から1971年に製造されたシリコンチップ上のトランジスタの平均数を示している」という説明を追加することで、起こりうる混乱を解消できる可能性があります。旧モデルで密度の低い半導体は、技術者がチップあたりのトランジスタ数で過去最高を達成しても、すぐに生産が止まることはありません。両社が製造する新旧のチップの組み合わせは年によって異なるため、最先端のチップの密度が上昇または安定しているとしても、チップあたりの平均密度は特定の年に低下する可能性があります。

 このような些細な批判は、投資の専門家が熱心に『米国金融史への投資』を学ぶ利点を得ることを妨げるものではありません。今では、ジョン・テンプルトンの格言「投資で最も危険な言葉は『今回は違う』である」が決まり文句になっているのは事実です。しかし、そうなっているのは、この言葉に多くの知恵が含まれているからです。確かに、未曾有の事態の可能性に備える必要はありますが、賢明な投資家は、それを基本シナリオにするための高いハードルを設定しています。ヒギンズ氏の大著は、経済と市場の方向性を予測するための非常に貴重な示唆を提供しているのです。

 

執筆者

マーティン・フリッドソン(Martin Fridson)、CFA

(翻訳者:今井 義行、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/01/05/book-review-investing-in-u-s-financial-history/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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