652

CFA協会ブログ

No. 652

2024126

 

気候変動リスクと米国商業用不動産の未来

Climate Risk and the Future of US Commercial Real Estate

アダムW.サンドバック(Adam W. Sandback, CFA, FRM, CPA, CMA

アンドリュー・エイル(Andrew Eil

 

初めに

喫緊に気候変動対策が求められる中、商業用不動産(CRE)向けローン市場におけるリスク管理の高度化が迫られています。投資家と貸し手は戦略を練り直し、信用分析の一環として物件レベルで詳細なリスク評価を行わなければなりません。バランスシート上にCREローンのエクスポージャーを多く保有するコミュニティバンクや地方銀行は、特に気候変動関連の金融リスクの影響を受けやすく、まだ織り込まれていない気候変動リスクを管理して、ローンポートフォリオのバランスを取り回復力を維持しなければなりません。ポートフォリオの健全性と全体的な安定を保つために、これら金融機関は常にリスクモニタリングに目を光らせなければならないのです。

 

アダムW.サンドバック、CFA, FRM, CPA, CMA とアンドリュー・エイルは、以下の対話で、米国で最もリスクの高い地域のCREローンに、気候がどのように影響する可能性があるか探りました。

 

気候変動リスクとコミュニティバンク/地方銀行のCREローンポートフォリオ:どのような影響があるか?

アダムW.サンドバック、CFA, FRM, CPA, CMA(以下サンドバック)海面上昇、熱波、水問題、頻発する甚大な自然災害、その他原因不明の気候変動リスクを受けて、カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州の不動産価格は下落基調にあります。保険会社は主な地理的市場での自然災害保険業務から撤退しています。米連邦準備理事会(FRB)は2023510のレポートで、在宅勤務への移行や、民間のコミュニティバンクや地方銀行が保有する膨大なCRE向け負債に加えて、金利の高止まりがシステミックリスクを高めているとの懸念を表明しました。

 

アンドリュー・エイル(以下エイル):最近の不動産動向を見ると、気候に対する不安から購入意欲が削がれている兆候はありません。フロリダ州のCRE市場は堅調で、住宅価値は5年間で80%以上、20233月までの10年間で170%超上昇しました。 テキサス州の都市カリフォルニア州でも住宅市場は相変わらず底堅く推移しています。過去を振り返ると、気候変動リスクがCRE価格に影響した例はほとんどありませんが、未曽有の異常気象が頻発しており、もうじきこの新たなリスクにより前例が崩れるかもしれません。例えば、ヒューストン、マイアミ、バージニア州ノーフォークの一部の気候変動の影響を受けやすい地域では、市場価格が軟調に推移しており、海面上昇をリスクとして織り込み始めています。

 

サンドバック2008年の世界金融危機以降の金融改革により、大手銀行と中小銀行のリスクモデルの格差が拡大しました。中小銀行は、大きな集中ポートフォリオを抱えるため、CREローンに対する気候変動リスクの影響を大きく受けます。そうした中小銀行では、緩い規制、行員の専門知識不足、複雑な行内モデルに対する不十分なテクノロジーが足かせとなっています。最近起きた地方銀行危機でこの問題が露呈しました。

民間のコミュニティバンクや地方銀行は、自行で管理可能な気候変動リスクモデルをどのように導入し、自行の人員や資源でも管理できる方法で資本損失を軽減するために、どのようにしてデータ管理やシステム統制を改善させるべきでしょうか?

 

エイル大手銀行と同様、コミュニティバンクや地方銀行は気候変動リスク管理を加味しなければなりません。というのも、大手銀行よりも大きいとは言わないまでも、これらの銀行はポートフォリオが地域的にも資産クラスの面でも集中しているため、大手行と同様のリスクに直面しているからです。気候変動関連財務開示タスクフォース(TCFD国際財務報告基準(IFRS)のS2「気候変動関連開示など、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標に関する新たな標準的開示指針から始めると良いでしょう

 

これには、リスク・アペタイト・ステートメントへの気候変動の取り込み、戦略やリスク管理方針と気候実態との連携、気候要素を説明するためのリスクモデルの修正が含まれます。市場が成熟し オープンソースのデータやツール普及するにつれて、気候変動リスクに関するデータ、分析、専門技術の価格が急速に下がり利用できるようになっているため、銀行は豊富な専門チームがいなくても、気候変動リスクを評価し、関連する金融リスクのコストを効果的にモニタリングできます。

 

サンドバック:金利上昇と気候変動リスクが同時に顕在化し、特にこれらローンが資産の半分を占めているコミュニティバンクにとっては、商業用不動産(CRE)ローン市場の混乱の脅威があります。こうした状況は、延滞や安値での強制売却の増加の前触れです。しかし、2027年までに14,000億米ドルのCREローンが満期を迎えるにもかかわらず、気候変動関連リスクが織り込まれている証拠は依然として明らかではありません。この市場に気候変動リスクが目に見えて織り込まれないのはなぜでしょうか?

 

エイル1つには、住宅のアフォーダビリティ(入手可能性)、低い税金、雇用など目先の喫緊の課題を受けて、消費者がサンベルト地域や気候変動リスクを受けやすい場所に移住しているからです。もう1つは、一定の領域で気候要因が指標に現れている住宅用不動産とは違い、CREの方がより地域レベルの要因に影響を受け、個別の近隣地区の要因には影響されにくいからです。熱波、干ばつ、洪水、山火事、暴風雨などの異常気象が最近ではどこでも起きているため-ハリケーンや山火事が少ない季節にもかかわらず、2023年は損失額が10億ドル以上の自然災害が過去最高のペースで発生しており-こうしたトレンドがどこかの段階でCRE市場の動向に反映されると予想されます。実際、 2022年に Redfinが行った調査によれば、62%が気候や異常気象をどこに住むか決める際に検討すると回答しています。

 

サンドバック 規制と気候変動がもたらす複合的要因により、不動産価格やローン返済が徐々に悪化し、カリフォルニア州、フロリダ州、テキサス州のような気候変動の影響を受けやすい州では特にデフォルトリスクが高まる可能性があります。気候変動がCREに与える影響がさらに顕在化するならば、こうした規制の変更が数年後にこれらの地域でデフォルト率の上昇につながるでしょうか?

 

エイル:不動産価格は、市場の需要や消費者の見通しによって決まる傾向にありますが、気候変動関連の規制もまた不動産価格にますます影響するでしょう。不動産セクターに対する気候変動関連の政府方針は修繕要請という域を大きく超えています。例えば、ニュージャージー州ニューヨーク州で共に2023年夏に採用された住宅に対する洪水リスクエクスポージャーの強制開示や、最近カリフォルニア州で提案されたような、気候関連の危険性に確実に手頃な保険を掛けられるようにするための州レベルでの規制等に拡大されています。気候による危険に直面している地方政府はまた、気候耐性の高いインフラへの投資を優先し、コミュニティの安全性と価値に対する見方に今後影響を与えうる気候変動対応型の建築基準法の施行を急ぎ、市場センチメントの改善を図ろうとしています。気候変動関連リスクの開示や管理に加えて、不動産や保険セクターに対する政府の支援策は、リスクエクスポージャーを引き下げ、市場のパニックや深刻な価格下落を招く事象の回避に役立つとみられます。

 

サンドバック:頻発する異常気象を踏まえると、気候変動の影響を受けやすい州では建物の修繕が必要不可欠ですが、財政および規制上のハードルがそれを難しくしています。経済協力開発機構(OECD)の調査によるとリターンがコストを大きく上回る可能性が高いですが、膨大な初期費用と実施上の各種障害を前に、そのメリットがわかりづらくなっています。政府支援がなければ、厳格な規制に基づく法外な修繕費用が減損や取り壊しにつながり、担保評価額が低下して中小銀行が貸倒引当金を積み増さざるを得なくなる可能性があります。これが、幅広く古い建物の評価減につながるでしょうか?

 

エイル:気候変動リスクは不動産セクターに影響を与えるため、物件所有者は回復力の高い建設を重視する姿勢に転換しつつあり、評価減や規制リスクと修繕コストとを比較しています。Local Law 97条例を定めたニューヨークのように、こうした変化が建設費、維持費および規制対応費の上昇という形で物件所有者に重荷となっています。しかし私は、気候変動という環境下で、CRE価格を左右するのは規制よりも建物の性能や魅力ではないかと考えています。空気ろ過システム、優れた断熱構造、効率的で高性能なHVAC・水・エネルギーシステム、回復力の高い気候対応インフラを備えた建物の方がシンプルに望ましいでしょう。

 

サンドバック:、カリフォルニア州、フロリダ州、テキサス州の商業用不動産特にCREローン市場の大きな部分である複数世帯住宅では、財物保険価格の高騰が営業費の多くを占めています。自然災害に伴う請求や再保険費用が保険会社の負担となり、いくつかは支払い不能に直面する中で、気候変動リスクはますます保険料に上乗せされるようになっています。近年保険料が最大43%も急騰していますが、さらに上昇が予想され、住宅の取得能力や貸出条件に影響を与えています。保険会社はこうしたリスクにどのように対応するでしょうか?

 

エイル:損害保険会社は現在、カリフォルニア州の山火事フロリダ州の洪水など、特定市場の一定の自然災害のリスクを引き受けておらず、この流れは継続するでしょう。州および連邦規制当局は目下、保険会社による引受業務からの大々的な撤退を阻止しようと躍起になっています。なぜなら、こうした保険会社の撤退による深刻な影響で、物件所有者がCREローンを調達したり物件を売却したりできなくなる恐れがあるからです。保険会社は気候状況によって変わるリスクプライシングや、洪水リスク対策としての床嵩上げ、山火事対策としての軒の設置や住宅周辺への植樹等、気候関連リスクの識別とその緩和に役立つ高度な引受手法を取り入れる可能性があります。

 

サンドバック米証券取引委員会(SEC)による気候変動リスクの強制開示要請や、IFRSのような国際機関による2024年までの報告標準化要求にもかかわらず、CREローンポートフォリオに対する現行の報告実務はいまだ寄せ集めの状態です。CREに大きなエクスポージャーを持つ多くの民間コミュニティバンクにはこうした開示余力がないことを踏まえると、中小銀行に対する国際的統一基準に向けた収斂が近い将来起こると予想しますか?

 

エイル: FRBは最近、気候変動関連の金融リスク管理に対する気候リスク原則を発表し、銀行監督の厳格化への道を拓きました。規制対象となる銀行規模がどのくらいかはまだ決まっていませんが、FRBが試験的に実施した気候シナリオ分析では、米国の大手6行とその他多くの大中規模の銀行が気候リスクエクスポージャー調査に参加しました。はっきり言って、民間銀行への枠組みが実施されるには相当時間がかかるとみられ、規制負担への対応能力に劣る中小銀行からの反発が予想されます。しかし、自発的なアプローチは、中小金融機関が気候リスク管理に向けて大きく前進するのに役立つでしょう。

 

サンドバック:あなたは、コミュニティバンクや地方銀行が、CRE貸出業務に気候リスクを十分加味していないことを正確に取り上げてくださいましたね。実際、米連邦緊急事態管理庁(FEMA)によると、こうした銀行のローンの17%は洪水リスクの高い地域に対するものです。気候変動がCREローン市場価格に与える影響は、とりわけ災害を受けやすい地域で顕在化する可能性があり、中小銀行には大きなリスクになるでしょう。

 

今後の動向について

気候変動リスクとCREローン市場には多くの共通項があり、コミュニティバンクや中小銀行がリスク評価枠組みを早急に考え直す必要があることを浮き彫りにしています。気候変動が、特に自然災害を受けやすい地域のCRE価格に現在および将来与える影響は、過度なCREエクスポージャーを抱える銀行に対するリスクのみならず、CRE市場、ひいてはより大きな金融システムに対するシステミックリスクを表しています。

今後の課題としては、将来CREセクターが確実に弾力性を維持できるよう、パンデミック後の復興活動に気候変動リスクを取り入れることでしょう。特に資産規模が1,000億米ドル未満の銀行に対して、気候変動関連の脅威が市場価格に与えるより顕著な影響を、的確に予想し、それに備え、緩和しようとするならば、業界全体でリスク管理体制を高めることが必要不可欠なのです。

 

執筆者

Adam W. Sandback, CFA, FRM, CPA, CMA

Andrew Eil

(翻訳者:中山桂、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/01/17/climate-risk-and-the-future-of-us-commercial-real-estate/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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