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CFA協会ブログ

         

No.663

2024年4月12日               

インドのスタートアップ企業最前線を探る

Exploring the Indian Startup Frontier

スティーブン・フォーカデル、サミア・S・ソマル, CFA

 

賢明な投資家なら、インドと、2024年時点では世界第3位の規模になっているほど活況を呈するスタートアップ企業エコシステムに注視しているはずです。ナレンドラ・モディ首相が20161月にスタートアップ・インディア・イニシアチブ を開始して以来、インドのスタートアップ企業への資金提供は15倍に増加しました。このエコシステムにはさらなる成長が約束されており、2025年には評価額が4500億ドルを超えると予測されています。

 

これらのスタートアップ企業は、広範な新興セクターをカバーしており、インドが完全な先進国へと変貌を遂げるためには欠くことのできない貢献役といえます。政府や企業の強力な支援とビジネス環境改善が相まって、インドは大きなリターンと大きな影響をもたらしうる充実した投資機会を生み出しました。

 

すでに世界で最も人口が多く、最大の民主主義国家であるインドは、米国外で最も広範なスタートアップ企業エコシステムになろうとしており、そのエコシステムの成長率は年率12%から15%を維持するものと予想されています。重要産業からリスクや課題に至るまでこのエコシステムについて学ぶのは、投資家にとって有益なことでしょう。この記事では、投資家が考慮すべき最も重要な情報をいくつか取り上げます。

 

新興セクターと前向きな変化

インドへの投資は、かつてないほど選択肢が広がっています。インドの産業・国内貿易振興省(DPIIT)には10万を超えるスタートアップ企業が登録されています。その業種は多岐に渡っていますが、中でも優れた市場となる可能性を秘めているのはテクノロジーと再生可能エネルギーの2つです。

 

テクノロジーセクターにも様々な分野がありますが、中でもフィンテックとディープテックが最も目立つ分野です。ヒンズー・ビジネス・ラインのレポートによると、インドは2023年時点で世界第3位となる9,000社を超すフィンテック企業数を誇り、これまでのスタートアップ企業による資金調達の14%がフィンテックで占められています。Elevation CapitalのパートナーであるMridul Aroroa氏は、同レポートの中で、インドの「急速に成長するデジタル人口、世界クラスのデジタル公共インフラ、積極的な規制当局」を支えに、フィンテックセクターの企業価値総額は2030年までに4000億ドルに拡大するだろうと述べています。抜け目のない投資家はすでにインドのフィンテック・スタートアップに多額の投資を行っており、2023年前半にはベンガルール市拠点のフィンテックだけでも94900万ドルの資金を獲得しました。

 

ディープテックは急成長しているセクターで、AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングなど、世界的にホットな市場を網羅しています。ベンチャーキャピタルの資金調達額は過去10年間で倍増し、1億ドル以上の投資が普通となってきています。2013年以降、インドのディープテック・スタートアップは年率53%で増加して3,000社に達しており、この重要な分野でインドはすでに先行しているので、投資家は安心して投資できます。フィンテックと同様、ディープテックは2020年代に指数関数的な成長を遂げようとしています。Nasscom(インド全国ソフトウェア・サービス企業協会)のディープテック・カウンシルの議長であるRamkumar Narayanan氏は、2030年までに10,000以上のディープテック・スタートアップがインドに存在することになると予測しています。AIとブロックチェーンの時代において、確実な利益を上げようとする投資家の需要に対するインドの準備は万端です。

 

もうひとつの主要分野である再生可能エネルギーは、インドにとって非常に重要です。同国は電力消費量世界第3で、再生可能エネルギーの導入済発電容量では第4位です。2030年までに再生可能エネルギーで500ギガワット2070年までに炭素排出量ネットゼロという野心的な目標の達成を目指すインドが、クリーンエネルギーや再生可能エネルギーのスタートアップ企業を支援しているのは驚くことではありません。2018年に非営利団体タタ・トラストとインド政府の合弁事業として発足したクリーンエネルギー・インターナショナル・インキュベーター・センター(CEIIC)は、 国際エネルギー機関によると「25*のスタートアップ企業をインキュベート」しており、「深く持続的な社会的・環境的インパクトをもたらす可能性のある」スタートアップ企業を支援しています。スタートアップ企業エコシステムの助けを借りてグリーンな未来を実現することにインドがコミットしていることを念頭に、投資家もこの分野に支援を提供してはどうでしょうか。

*訳者注:2020年時点。2023年終了時点で42

 

これらの分野はその他と合わせ投資家にとって豊かな市場であり、独立100周年にあたる2047年までにインドを完全な先進国にするというモディ首相のビジョン「Viksit Bharat(ヒンディー語でDeveloped India)」の重要なピースとなっています。同首相のウェブサイトには、インドのスタートアップ・エコシステムの育成は「イノベーション、起業家精神、グローバル・コネクティビティを促進する環境に貢献し、それによってインドがスタートアップの盛んなハブとしての地位を確立し、完全な発展への道への重要な一歩となる」と記されています。インドのスタートアップ企業に投資することで、投資家は抜け目なく利益を上げるだけでなく、この国の将来にとっても価値あるプレーヤーとなるのです。

 

ビジネスのための強固な基盤

モディ首相のウェブサイトは、インドのスタートアップ経済が花開いた重要な要因についても強調しています。それは、ビジネス環境の改善とスタートアップ企業への支援強化です。同ウェブサイトには、「2016年以来、政府は50以上の規制改革を実施して資本調達を容易にし、スタートアップ・エコシステムにおけるコンプライアンス負担を軽減している」と記載されています。こうした改革には、知的財産権保護の強化、調達プロセスの合理化、所得税の3年間免除などが含まれています。世界銀行グループの「2020 Doing Business」調査によると、インドはこれらの改革によって、ビジネスのしやすい環境ランキングで(前回の63位から) 14位に躍進しました。同調査では、インドが3年連続でトップ10にランクインしており、インドのスタートアップ・エコシステムへの献身を浮き彫りにする快挙といえます。

 

改革に加えて、インド政府は政府イニチアチブを通じたスタートアップ企業への支援も提供しています。スタートアップ・インディアについて前述しましたが、DPIITが認定したスタートアップ向け融資に信用保証を提供する信用保証スキームのような、他のイニシアチブも存在します。

 

インドのスタートアップ企業は、企業とのコネクションや、インドのアクセラレーターおよびインキュベーターのネットワークからも支援を受けています。著名な企業がスタートアップに肩入れしており、フェイスブックはスタートアップ・インディアと提携して、厳選したスタートアップ企業5社にそれぞれ5万ドルの助成金を支給しています。マイクロソフトもこの競争に参加しており、自らのベンチャー・アクセラレーター・プログラムを通じて 16の新興企業を支援しています。このような企業パートナーシップは、スタートアップ企業にとって必要不可欠なコネクション、参入できる市場の拡大、技術革新の機会、新鮮な人材へのアクセスといった相互利益をもたらします。

 

また、インドにはスタートアップ企業のインキュベーターやアクセラレーターの幅広いネットワークがあり、それらのポートフォリオのスタートアップ企業は合わせて5,420社にのぼります。インキュベーターは、初期段階においてスタートアップ企業にしっかりとした手ほどきを行い、エンジェル投資家やベンチャーキャピタル・ファンドのネットワークと結びつけます。アクセラレーターは、スタートアップ企業持分の6%から10%と引き換えに、通常1年以内を期間として厳しい指導者としての役割を担い、教育と人脈づくりを通じて急速な成長を促進します。

このような幅広い支援が、インドのスタートアップ企業の離陸をより容易なものとし、投資家も安心して支援できるようにしているのです。

 

考慮すべきリスク

スタートアップ企業は潜在的に不安定なビジネスであり、インドのような強固なエコシステムの下であっても、放置すれば倒産につながる問題の影響を受けやすいものもあります。これらの問題の多くは世界中のスタートアップ企業が押しなべて直面するものであり、市場調査の不備、長期計画の欠如、ビジョンのズレから生じる対立など含まれます。不幸なことではありますが、平均的な投資家にとってこれらは珍しいことではありません。投資家が資金を投じる先を検討する際に注意すべきリスクには、インドのスタートアップ企業特有のものもあります。

 

インフラは、一部のスタートアップ企業を阻む障害の一つです。インドは、主にTier-IITier-IIIの都市に集中するインフラ格差に悩まされ続けています。このような格差は、スタートアップ企業が競争の激しい都市部の市場を離れて立場を確立することや、インキュベーターおよびアクセラレーターを受け入れるスペースを開発することを困難にしています。

 

Tier-1都市の状況はそれより良好ですが、それでも過密と不十分な輸送能力という問題に直面しています。また、優秀な若いインド人がインドでスタートアップ企業経営の事業計画を舵取りすることよりも、米国で財を成すことを選ぶ「頭脳流出」のリスクもあります。良いニュースは、政府がインフラ強化に積極的に投資しており、今年度の予算で1340億ドルをインフラ強化に充てていることです。これは雇用の創出と経済成長の促進を意図したものです。スタートアップ企業にとってインフラは依然として一つの懸念ですが、改善が確かに近づいていることは投資家にとって安心できる材料です。

 

インドの豊かな人口構成は、スタートアップ企業にとってもう1つの課題となっています。人口が多いとはいえ、インドのインターネット・ユーザーの大半はベーシックなスマートフォンにしか利用できないため、多くのスタートアップ企業にとって消費者へのアプローチは限られています。ほとんどのスタートアップ企業の主要顧客層となるインドの中間層の購買力は、他の先進国に比べて低く、ただでさえ価格に敏感な顧客層を維持することを困難なものとしています。しかし、インドの若者人口は世界最大です。若い消費者は、上の世代よりも教育水準が高く、都会的であり、スタートアップ企業が優位に立つことを可能とするオープンマインドで実験的な消費者層となる可能性があります。

 

このような課題は、必ずしも投資家を阻むものではありません。すべての投資と同様、ちょっとしたデューデリジェンスと配慮が、スタートアップ企業が失敗した場合の深刻な損失から守ってくれるはずです。インドがスタートアップ企業の支援とインフラの整備を継続すれば、こうしたリスクも軽減されるでしょう。

 

インドの成長に投資する未来

インドのスタートアップ企業への投資は、投資家にとってインドの先進国入りを支援するまたとない機会となります。大企業はすでにこのことに気づいています。グーグルはインドのフィンテックの可能性に100億ドルを投資し、アマゾン・ウェブ・サービスは2030年までにインドにおけるクラウドインフラに123億ドルを投資する計画です。インドは、シリコンバレーと同じくらい肥沃なスタートアップの土壌を耕しているところです。Viksit Bharatの実現に近づくにつれ、この急成長するエコシステムのおかげもあって、中国と同レベルのグローバル・パワーになる可能性があります。課題は残るものの、政府はそれに対応する用意があることを示しています。

 

継続的な投資がインドの発展につながる道筋です。今日行われた投資は、来世紀にまで波及する可能性があります。今こそ、インドに投資する絶好の機会なのです。

 

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(翻訳者:清水英佑、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/04/03/exploring-the-indian-startup-frontier/

 

当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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