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CFA協会ブログ

         

By ジャネット・J. マンジャノ(Janet J. Mangano

 

初めに

 

「未来を豊かにする:投資成功の秘訣(Enrich Your FutureThe Keys to Successful Investing)」の序文に先立ちAQRキャピタルのマネージング・パートナー兼創業パートナー、クリフ・アスネスが寄せた前書きが、実にひねりが効いています。アスネスは、数々の優れた投資戦略を提案し、読者を罠にはめようとします。例えば、市場タイミングを計り銘柄を選別することで株式市場を打ち負かそうとか、マネージャーをとっかえひっかえして長期的に付加価値を上げようとか、慎重かつ低リスクの戦略として巨額の保有銘柄を保持しようなどと読者に勧めてきます。

 

驚くなかれ!ラリー・スウェドローが本書で推奨しているのは、これらのアプローチと正反対です。むしろ、スウェドローはバッキンガム・ストラテジック・ウェルスの経済・金融調査部長として数十年にわたりその逆を実践し、数々の書籍や論文で述べてきました。前書きでアスネスが持ちだした戦術は、長期的な経済的健全性を大きく損なう可能性があると警鐘を鳴らします。

 

この魅力的な本は、記憶に残ると同時にとてもウィットに富んでいます。読者は本書を読み進めていくにつれて、バスケットボール、アメリカンフットボール、ゴルフといった数々のスポーツのプレイや賭博での成功と、投資における成功との類似点に思わずクスリと笑ってしまうでしょう。本書では、忘れられない投資の教訓を(1)市場の仕組み:証券価格はどのように決まるのか、そしてなぜアウトパフォームが難しいのか、(2)戦略的ポートフォリオ決定、(3)行動ファイナンス:敵に遭遇したと思ったら、それは自分たちだった、(4)人生と投資における勝者のゲーム、の4つに分けて説明しています。

 

各章では2つのテーマが繰り返し登場します。1つ目は、目的とリスク許容度に焦点を当てた投資計画を持つことの必要性であり、2つ目はパッシブ投資を使ってその計画を実行することです。どちらも非常にシンプルです。こうした計画があれば、投資家は必要な場合にのみリバランスをすればよいか、目的やリスク許容度が変化したときだけアロケーションを変更すれば良いのです。

 

スウェドローは、スポーツ賭博の勝率を効率的市場への投資となぞらえて、存分に読者を楽しませてくれます。スポーツの世界では、効率的な市場と同じように、各チームと所属選手全員についてあらゆる情報が反映された集団知識というものが存在しています。

 

スポーツ賭博で「超過収益」を達成するのは、全米大学体育協会(NCAA)に所属する64位のバスケットボールチームが、ベスト8以上に勝ち進むようなサプライズがない限り極めて困難です。株価収益率(PER)と株価純資産倍率(PBR)は、ポイントスプレッド(スポーツ賭博においてどれだけの点差で勝つか負けるかを予想する賭け方)のような役割を果たします。スウェドローは、市場は効率的であるがゆえに、継続的に市場を打ち負かすことはほぼ不可能であり、個別銘柄について知られていることはすべて、利益の急増や過度な予想といったサプライズが起こるまで、価格に織り込まれていると説明します。

 

各章の最後に、その章のトピックや投資家が取り組むべき項目を簡潔にまとめ「教訓」として読者に示しています。これらの「教訓」を知っていれば、読者はスマートな投資と、投資家のために市場に働いてもらうという著者の言葉に疑いを持つことはないでしょう。例えば、「競争はあまりに激しく、一人の投資家やファンドマネージャーが一貫してアウトパフォームすることはできないし、せいぜいパーが良いところだ。欲張ってバーディーやイーグルを狙ってはならない」という言葉には実に説得力があります。

 

16章「すべての水晶玉は曇っている」では、可能性が高いことを確実なもののように扱うべからずという教訓が書かれています。私のお気に入りは第34章「弱気市場」です。この章では、資産配分計画を含む投資計画を立て、それに署名し、それを守ることを勧めています。弱気相場が発生したときにパニックにならないように、弱気相場をはじめから念頭に入れておくことが大事なのです。リスクの前提が変わった場合にのみ、計画を変更すべきなのです。このシンプルだが非常に重い「教訓」は、個人投資家にも機関投資家にも当てはまり、本書のエッセンスがぎゅっと詰まっている章と言えるでしょう。

 

バリュー志向の保守的でリスク回避志向の投資家ならば、第30章「経済的に不合理な投資家の配当株選好」を読んでぞっとするかもしれません。読者は、リスク評価がアセット・アロケーションの重要な要素の一つであることを肝に銘じておくべきでしょう。

 

債券と、適正価格で明確な配当方針の配当株のオーバーウェイトという、資産保全目的の運用を好む投資家は多いかもしれません。しかし、著者は配当株の回避を強く主張しています。

 

本書では、マートン・ミラーフランコ・モディリアーニが、配当政策は株式リターンと無関係であることを立証した1961年の論文「配当政策、成長、株式の評価」を引用しています。また、20119月にバークシャー・ハサウェイが自社株買いを発表した際にウォーレン・バフェット同じ点についてコメントしたことにも言及しています。さらに、米国株の60%、外国株の40%は配当を支払っていないので、配当株をポートフォリオに組み入れなければならない投資家の分散効果は非常に小さいと述べています。

 

著者はまた、投資家は配当を受け取るよりも株を売るべきだと書いていますが、これは「ペイアウト」をどう考えるかの問題です。機関投資家や個人投資家の一部にとっては売却の方が良いかもしれませんが、その他の投資家には売却戦略は望ましくないかもしれません。私は、S&P500種株価指数が19.4%下落した2022年や、38.5%暴落した2008年のように、市場の下落によってポートフォリオの分配金が大きく目減りした年を思い出してしまうのです。

 

本書は、適切なアセット・アロケーションのパッシブ・ポートフォリオから投資収益の獲得に成功することだけを念頭においた本ではありません。第40章「大きな岩」では、現代ポートフォリオ理論、効率的市場仮説、パッシブ投資の適用が、個人の生活やプロフェッショナルとしての人生にどう影響をするかについても言及しています。小さなことで冷や冷やしたり、市場のノイズに心をかき乱されるのはナンセンスです。人生ではもっと大事な家族、信仰、大義に集中することが大事なのです。

 

付録でアセットクラス別にパッシブファンドを紹介していますが、このリストにはiシェアーズやSPDRといったありきたりなファンドだけでなく多くの銘柄が網羅されています。また、各章では詳しい注釈も付けられています。ただ残念ながらこの包括的な本には索引がありません。前述のアスネスやモディリアーニのみならず、ピーター・バーンスタインアスワス・ダモダチャールズ・エリスユージン・ファーマアンドリュー・ロージェレミー・シーゲルナシーム・ニコラス・タレブといった著名な学者や実務家の研究、さらにはモンテカルロ・シミュレーションのようなトピックについて、具体的な引用先があるとさらに良かったでしょう。

 

本書はわかりやすい形で教訓を伝えてくれます。投資アドバイザー、ファミリーオフィス、機関投資家向けの本ですが、投資のプロが自分の顧客に読むことを勧め、それを理解し実践を推奨するのにも向いています。本書は、投資ポートフォリオを構築する際に、明らかに最善の行動を取り、自己満足や流行を避けるよう警鐘を鳴らす上でも役立つでしょう。

 

(翻訳者:中山桂、CFA

 

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https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/04/18/book-review-enrich-your-future/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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