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[2021.12] CFA SOCIETY JAPAN NEWSLETTER December 2021, No.56

ESG債について、日本が海外から学ベることは?

トランジションボンドなどのESG債投資で今注目すべきこと

導入  昨今、ESG(環境・社会・ガバナンス)債の市場規模は年々拡大している。2016年に「パリ協定」が採択され、平均気温の上昇を産業革命以前に比べ「1.5℃に抑える努力」をすることが世界共通の長期目標となった。[1]パリ協定に代表されるグローバルでの気候変動への対応とそのための資金的な支援が喫緊の課題となっており、日本においてもESG債の増加が予想される。グリーンボンド、ソーシャルボンドといった従来のESG債に加えて、トランジションボンドという新しい種類のESG債も注目されている。今回、トランジションボンドをはじめとするESG債の需要や好機について、BofA証券取締役副社長の林礼子氏にインタビューを実施した。林氏は、ICMA(国際資本市場協会)のボードメンバーであり、2021年5月に金融庁・経済産業省・環境省が策定した「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」のトランジション・ファイナンス環境整備検討会委員も務めている。[2]林氏には、トランジションボンドをはじめとするESG債の全体像や、市場拡大における課題と解決策についてご教示いただいた。

目次

ESG債の中でもトランジションボンド特有の魅力とは

まずは、トランジションボンドが今注目される理由、利点および課題を林氏から教わった。

  • トランジションボンドが今注目される理由
    CO2の排出量が多く、排出量の低減が困難な電力、鉄鋼、飛行機、船舶等を扱う事業会社(hard-to-abate企業)は、グリーンボンドの発行が行いにくいと言われてきた。しかし、そのような事業会社がCO2排出量の抑制に取り組むことが地球温暖化対策に有効となる。そのため、資本市場から「移行」=「トランジション」のための資金調達が必要となる。そこで、Hard-to-abate企業がパリ協定を守るために資金調達する手段の一つがトランジションボンドだ。
  • 利点
    今後、脱炭素の流れが加速し、ESG債市場自体が成熟することが予測される。その際、脱炭素にいち早く取り組んでいる企業のみではなく、それをサポートする投資家も、市場参加者からのレピュテーション向上が見込める。
  • 課題
    投資家にも発行体にも魅力的なトランジションボンドだが、他のESG債と同じく日本の市場規模は海外対比では劣後する。日本におけるESG債市場の拡大に向けての課題と解決策については後述する。

海外でESG債が人気の理由

2016年のパリ協定発行後、日本に比べ海外の金融市場ではESG債の拡大が急速に進んだ。その理由と拡大の規模・スピードを林氏に伺った。

  • 欧米におけるESG債市場と政府の方針
    ヨーロッパでは国やEUをはじめとするSSA(ソブリン債、国際機関債や政府系機関債)の発行が多く、市場をけん引している。また、アメリカにおいてもバイデン大統領が就任し、クリーンエネルギー関連の投資額の増加を計画している。
  • 欧米ではESG債の種類が豊富
    資金使途が環境関連に限定されたグリーンボンドの発行が増える中、社会的課題を解決するためのソーシャルボンドの発行も目立ち始めた。そして、事業会社が環境保全と社会的課題の両方に取り組めるように、グリーンボンドとソーシャルボンド両方の側面を兼ね備えたサステナビリティボンドが注目された。さらに、hard-to-abate企業の移行に資するトランジションボンドが発行されるに至った。
  • データでみるESG債の拡大
    2014年にICMAがグリーンボンド原則を策定した後、グローバルなESG債の市場規模は、380億ドル(2014年)から5160億ドル(2020年)へと拡大している。新型コロナウイルスの感染拡大にも関わらず、2740億ドル(2019年)、5160億ドル(2020年)とESG債の起債はほぼ倍になっており、2021年10月時点で7350億ドルの発行となり、2021年は1兆ドル規模の市場への拡大が予想されている。グリーン、ソーシャル、サステナビリティボンドの発行で9000億ドル、サステナビリティ・リンク・ボンドで1000億ドルの内訳になる見込みだ。(Dealogic及びBofA証券調べ)

日本のESG債市場が拡大している兆し

「日本はそもそも間接金融の規模が大きく、社債の市場規模は相対的に小さいため、ESG債の発行額も限定的であった」と林氏は語る。しかし、日本でも投資家のESG投資ニーズの高まりや、環境省等のサポートもあって、日本のESG債市場が海外と同様に急速に拡大し、さらには、トランジションボンドも注目されている。政府系機関がESG債発行をけん引し、それに事業会社が追随していった。今後ESG債、特にトランジションボンドの拡大が予測される兆しを林氏が5点述べた。

  1. 2020年度の国内債発行企業のうち、ESG債発行企業は全体の27%を占める66社となっており、比較的普及し始めている。(BofA証券調べ)
  2. 2021年3月にトヨタ自動車がサステナビリティ債を1300億円発行した。この額は国内ESG債として過去最大の資金調達であり、10月にはNTTファイナンスがグリーンボンドで3000億円の発行を行い、国内ESG債で過去最大となった。(BofA証券調べ)
  3. 2021年3月に川崎汽船がトランジションローンにより[4]、2021年7月に日本郵船がトランジションボンドにより[5]資金調達を行い、それぞれ本邦初のトランジション・ファイナンスとなっている。これらの船舶企業が起債できたのは、国土交通省が「国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ計画」を策定していた為である。[6]それに加えて、2社ともに、国際海事機関や国土交通省等の定めたGHG*排出原単位削減目標上回る戦略を示せていたため、いち早くトランジション・ファイナンスを用いて調達することが可能になった。調達例ができたことで、今後、トランジション・ファイナンスの増加が見込まれる。
    *GHGはGreen house gas(温室効果ガス)の略 
  4. 2021年5月には、金融庁・経済産業省・環境省が開催し、林氏も委員として参加したトランジション・ファイナンス環境整備検討会により「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」が策定された。それによって、トランジションボンドやトランジションローンによる調達が容易になった。
  5. 201年10月に経済産業省がトランジションボンドの普及を必要とする鉄鋼業界におけるロードマップを発表した。2021年11月現在、経済産業省は化学、電力、ガス、石油、セメント、製紙・パルプ等の業界についてのロードマップを作成中だ。ロードマップが完成し公開されることで、さらにトランジションボンドの起債の増加が見込まれる。[7]

日本のESG債市場の拡大に向けて誰に何ができるか

 依然、トランジションボンドをはじめとするESG債の発行において、日本は黎明期である。日本市場が抱える課題について、欧米から学べる教訓を、唯一アジア在住のICMAボードメンバーである林氏が共有してくださった。林氏は、世界のトランジションボンドおよびESG債におけるベストプラクティスを日本に伝える架け橋としてご活躍されている。

林氏がメンバーとして参加した、金融庁主催の「サステナブルファイナンス有識者会議」でも、日本におけるサステナブルファイナンスの推進に向けた諸施策について議論された。その内容も踏まえて下記のポイントが重要だと述べた。[8]

  1. 情報開示の促進

    トランジションボンドのみならずESG債市場の拡大のためには、投資家にとって投資判断に必要な情報が適時にわかりやすく提供されることが重要である。現状、グローバルにも様々な情報開示の枠組みが策定されている。例えば、先日のCOP26のタイミングに合わせてIFRS財団が、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立を発表した。[9]日本でもコーポレートガバナンスコード(CG)の改訂がなされ、2021年改訂版CGは、東京証券取引所におけるプライム市場の上場企業に対し、「国際的に確立された枠組みであるTCFD*またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」(補充原則3-1③)と述べている。[10]海外ではESGアクティビストも含めて投資家が、企業のESGの取り組みに対して関心の高まりとともに企業への働きかけも積極化している。これらを踏まえると、企業と投資家の建設的な対話に資する情報開示の促進は不可欠である。

    *TCFDとは、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を指す。気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するタスクフォースである。[11]

  2. ESG評価、データの充実、ESG債の信認確保

    投資家は投融資の判断に際して、自らの分析に加えて、外部機関によるESG評価やデータ分析も活用する傾向が見られる。その上で、サステナブルファイナンス有識者会議においても「インベストメント・チェーンにおいて重要な役割を果たすESG評価・データ提供機関の信頼性向上が不可欠である」とされた。[12]海外でもESGウォッシュ*への懸念や規制に関する議論もなされており、市場拡大のためには、一層のESG評価やデータの充実が望まれる。またESG債の信認をさらに高めるためのガイドラインの不断の整備も必要と考える。

    *ESGウォッシュとは、実態以上にESGに取り組んでいるように見せかけることを指す。

  3. 各ステークホールダーの協力

    今回のCOP 26でも、政府のみならず、民間の資金も導入の必要性が改めて認識された。トランジションボンドを含め、サステナブルファイナンスは発展途上であるがゆえに、関係省庁、市場関係者、金融機関、産業界、学界、NGO等が連携し、継続的に議論し、実践につなげるとともに、情報発信を行っていくことが重要であると考える。

筆者の一言:日本のESG債は今こそがチャンス

日本のESG債市場は、世界の債券市場と比較するとまだ規模は小さいが、これからの成長が見込まれる。発行体、投資家、行政機関が依然解決すべき問題は多いが、整備が整うにつれて、市場も成熟し、ESG債が有用な投資対象の一つとなる。「日本やアジアにおいて、ESG債、中でもトランジション・ファイナンスはエネルギー構造に鑑みて、不可欠である。次世代に持続可能な社会を引き継ぎ、かつ経済成長も実現していく上で、ESG債やESG投資の重要性について市場関係者がさらに認識を深めていくことを期待する」と林氏は語る。ESG債の理解を深めるのはいつが最適か。日本のESG債市場がリアルタイムで拡大していくチャンスは今起きている。

謝辞

貴重なお時間とインサイトをご共有いただいた林さんにこの場を借りて感謝いたします。



林氏ご略歴

こちらをご参照ください。

筆者紹介

藤田鷹彦 運用会社1年目。CFA®︎試験レベルI受験生。
Mail: [email protected]