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CFA協会ブログ

         

No.674

2024年7月5日               

難問×3:金融業界にとってのスコープ3

(Conundrum Cubed: Scope 3 for Financials)

By モビ・シェムフェ博士(Mobi Shemfe, PhD)、ヤーッコ・クーロシュ(Jaakko Kooroshy

 

スコープ3排出量の開示は複雑であり、スコープ3のカテゴリー15(投資)は、投融資先(すなわち金融取引)の排出量も含めて開示することを意図した曖昧な分野です。大半の企業でカテゴリー15の排出は、全体的な排出特性の注記としてしばしば表示されます。実のところ、カテゴリー15が概念的でデータ取得にも問題があることを考えると、カテゴリー15がスコープ3の中で最後尾の15番目に位置しているのは偶然ではありません。

 

しかし、金融機関にとって、金融取引こそが本業なのであり、カテゴリー15排出量は、金融機関の排出開示全体の重要な部分なのです。

 

金融機関は他の業種とは異なり、一般的にスコープ12の排出量は少なく、その大半はオフィスと電力使用から発生します。スコープ3排出量カテゴリーの大半において金融機関の排出は限定的で、これら排出はほとんどの場合、財とサービスの購入や出張に伴い発生しています。

 

その一方で、金融機関のスコープ3のカテゴリー15排出量の大きさは群を抜いています。平均して金融機関全体の排出量の99%以上が、カテゴリー15排出量なのです。

 

ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッション

金融機関のカテゴリー15排出量には、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションがあります。ファイナンスド・エミッションは、ダイレクト・レンディングと投資活動というオンバランス取引に伴う排出量です。これらは、銀行の融資先企業や、アセット・マネージャーが持分を保有する企業の排出です。一方、ファシリテイティッド・エミッションは、資本市場サービスや取引の実行に伴い発生するオフバランスの排出です。ファシリテイティッド・エミッションの例としては、投資銀行が証券や株式の発行を支援したり、シンジケートを通じて貸し出しをしたりする企業が含まれます。

 

ファイナンスト・エミッションとファシリテイティッド・エミッションは、金融機関の気候変動リスク・エクスポージャーを理解する上で重要です。例えば、航空会社や、石油・ガス事業に特化した保険会社に大規模な貸し付けを行っている銀行では、こうしたエクスポージャーが甚大になります。よって、当然さまざまなステークホルダーがさらなる開示を求めています。開示を求める団体には、金融向け炭素会計パートナーシップ(PCAF)、国連責任投資原則(PRI)、 グラスゴー金融同盟(GFANZ)、 科学的根拠に基づく目標(SBTi)、CDPおよびトランジション・パスウェイ・イニシアチブ(TPI)が挙げられます。

 

複数の地域でスコープ3に基づく開示が義務化されつつあり、金融業界でもますます緊急性が高まっています。例えば欧州連合(EU)の企業サステナビリティ報告指令は、規制市場に上場するすべての大企業にスコープ3排出量の報告を求めており、他の地域でも似たような報告要請が増えています。通常開示規制は、どのスコープ3カテゴリーを開示に含めるべきか指定していませんが、一般的に重要なカテゴリーを含めることを要求しており、金融機関がファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションの開示に異を唱えることは難しくなっています。

 

このことは、無視できない問題をもたらします。図表1を見ると、業種全体で、金融機関によるスコープ3の報告割合が最も高いことがわかります。しかし、ファイナンスド・エミッションを開示している金融機関は3分の1にすぎず、その多くはポートフォリオの一部のみをカバーしています。これまでのところ、ファシリテイティッド・エミッションを開示しようとしているのは一握りの金融機関にとどまります。グローバル・バンク26行の気候変動に関する開示を調査したTPIの最近の報告では、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションを十分に開示していた銀行は一つもありませんでした。

 

3つの大きな問題

金融機関は企業報告の割合を改善するために、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションの開示において、3つの課題を克服しなければなりません。

 

1つ目の問題は、その他のスコープ3カテゴリーとは異なり、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションの報告に対する規則は、多くの点においてまだ産声を上げたばかりで不完全だということです。ファイナンスド・エミッションの会計規則については、2020年にPCAFが完成させ、温室効果ガス(GHG)会計の世界的な基準策定団体であるGHGプロトコルが署名したばかりです。これらは、銀行、資産運用会社、アセットオーナー、保険会社のための会計規則を成文化したものです。その後2023年に、大手投資銀行や証券サービスを対象としたファシリテイティッド・エミッションの規則が策定されました。現在、再保険ポートフォリオを対象とした規則がGHGプロトコルの承認待ちである一方、特に我々のような取引所やデータプロバイダーなどのその他金融機関向けの規則はまだ策定されていません。

 

図表1

2つ目に、顧客の排出データの取得にも大きな課題が残っています。原理上、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションの計算は極めてシンプルです。その計算には2つの主要なインプット、すなわち顧客の事業が生成したスコープ123の排出量と、報告金融機関がエクスポージャーを保有する、あるいは責任を負う顧客の排出量の割合を決める排出寄与が必要です。

 

実際問題、金融機関は多岐にわたる顧客基盤の大部分について、たしかな排出データを入手できない場合が大半です。大手上場企業のデータは入手できますが、一般的に金融機関の顧客の大きな割合を占める非上場企業や中小企業については、ほとんど手に入りません。

 

図表2 PCAFのファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッション基準の要点

3つ目に、排出寄与も複雑です。ファイナンスド・エミッションでは、排出寄与は、顧客の企業価値に対する投資または融資残高の割合として計算されます。しかし、株価が変動すると状況がわかりにくくなり、結果としてファイナンスド・エミッションが変動し、顧客企業の実際の排出状況と連動していない数値になりかねません。

 

ファシリテイティッド・エミッションについても同様の問題がありますが、こちらの方が事態は深刻です。金融機関による金融取引の支援方法は、証券の発行からシンジケートローンの引受まで多岐にわたるため、適切な排出寄与の決定は、多くの場合概念的に困難なのです。HSBCのチーフ・サステナビリティ・オフィサーは最近次のように述べています。「こうした金融取引は、ときに銀行のブック上に何時間、何日、あるいは何週間も計上されます。同様に、企業弁護士や4大会計事務所も案件に携わり、取引を進めています。しかし、実際これは我々の金融取引ではありません」

 

次のステップは?

こうした複雑さや報告に伴う大きな負担を考えると、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションは当面の間、報告企業、投資家、規制当局にとって一様に頭痛の種となり続ける可能性があります。

 

一方、代替となるデータや推定値が、開示ギャップを埋めるのに重要な役割を果たすかもしれません。事態を進展させる具体的な方法は、顧客ブックのセクターおよび地域別内訳の開示を進めるよう金融機関に促すことかもしれません。これは、ほとんど開示されることはないものの、すぐに手に入るデータです。これにより投資家と規制当局は、不完全であっても、金融機関のトランジションリスク特性をより良く把握できるでしょう。それと同時に、ファイナンスド・エミッションとファシリテイティッド・エミッションの報告制度は成熟し続けるのです。

(翻訳者:中山桂、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/06/28/scope-3-emissions-spotlight-on-financial-institutions/

 

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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