マーク・J・ヒギンズ (Mark J.Higgins)、CFA,CFP
「何も信じない者は、何かに陥れられるのである。」――初代米国財務長官アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の第1幕第2場で、占い師はシーザーに「3月15日に注意せよ」と警告しました。しかしシーザーはこの忠告に耳を貸さず、紀元前44 年3月15日に暗殺されました。シェイクスピアがこの言葉を書いてから400年以上が経った今でも、人々は「3月15日」を差し迫った破滅と結び付けます。バンガード(Vanguard)のアウトソースド・チーフ・インベストメント・オフィサー(OCIO)の元顧客はこうした伝統に従うのが賢明でしょう。
もはや受託者はジャック・ボーグルの精神に守られていない
3月15日、マーシュ・マクレナン(Marsh McLennan)社の一部門であるマーサー(Mercer)は、バンガードのOCIO事業の買収を完了しました。マーサーに移管されるバンガードの顧客のほとんどは、寄付基金、財団、非営利団体を含む大規模な機関投資家です。マーサーの伝統的な投資コンサルティングとOCIOサービスがアクティブ運用やオルタナティブ投資を好む傾向があることを考えると、私にはこの買収が奇妙に見えました。
私が懸念するのは、手数料の高いアクティブファンドや高コストのオルタナティブ投資ではなく、低コストのインデックスファンドを好むバンガードのOCIO事業は、マーサー傘下では生き残れないのではないかということです。
マーサーの米国CIOオラオル・アガンガ(Olaolu Aganga)氏は、6月4日のペンション&インベストメンツ(Pensions & Investments(P&I))社によるインタビューで、バンガードのOCIO顧客はオルタナティブ投資などマーサーのプラットフォーム上のパッシブおよびアクティブ戦略のすべてを利用可能であると述べています。そのインタビューでは、不動産、プライベート・クレジット、インフラストラクチャー、プライベート・エクイティ、セカンダリーのファンド・オブ・ファンドという形態から協調投資やベンチャー・キャピタルまで、マーサーは幅広く奥行のあるサービスを提供していることも強調しています。
私がこれを問題視するのは、ほとんどのアクティブ運用会社は、低価格のインデックスファンドを継続して上回るパフォーマンスを上げられないというエビデンス――投資家の多くはそのことを受け入れていませんが――が多数存在するからです。機関投資家のポートフォリオにオルタナティブ投資は付加価値を与えないという同様のエビデンスもあります。特に懸念されるのは、ヘッジファンドは多くの機関投資家に有益ではないという明白なエビデンスがあるにもかかわらず、アガンガ氏は、バンガードOCIOの顧客には新たな機会が開かれたとして、ヘッジファンド投資を持ち出していることです。
私の経験では、OCIOや投資コンサルタントは、受託会社に「新たな機会」を提示するとき、当たり前のようにメリットを誇張、リスクを過小評価し、大したスキルがなくてもうまくいくかのように話しを組み立て、段階的にのしかかるコストをほとんど無視します。そうした経験を踏まえると、懸念は増すばかりです。
バンガード・インデックス・ファンドの簡単な歴史
1976年、バンガード・グループの創設者であるジャック・ボーグル(Jack Bogle)氏はバンガード500インデックスファンドを立ち上げました。当時の他の投資信託とは異なり、このファンドの目的はS&P500指数のパフォーマンスを複製することだけでした。これが十分に確立された数学的原則と、アクティブ運用が比較対象のインデックスを上回るパフォーマンスを上げる可能性は低いというエビデンスと相容れるものだったとは言え、それまでにないアプローチだったのです。
実際、この数年前に、ユージン・ファーマ(Eugene Fama)氏は効率的市場仮説 (EMH) に関する画期的な論文を発表しています。ファーマ氏は、証券価格には公開されているすべての情報が織り込まれているため、投資家はミスプライスされている証券を見つけ出し利益を得ることはできないという説得力のあるケースを提示しました。このことは、ほとんどすべての投資家にとって、低コストのファンドへの投資が最も賢明なアプローチであることを意味します。
インデックスファンドを大規模に商品化したのはバンガードが最初です。1976年にわずか1,100万ドルでスタートしたこのファンドは急速に成長しました。時間の経過とともに、そのパフォーマンスはEMHの正当性を明らかにしました。アクティブ運用されているファンドのほとんどは、バンガード500インデックスファンドに匹敵するパフォーマンスを得られなかったのです。バンガードは債券、国際株式、不動産投資信託(REIT)を含む他の証券市場にも、インデックス投資の哲学をすぐに持ち込みました。そして予想通りの結果となったのです。
古くて新しいもの: アウトソースド・チーフ・インベストメント・オフィサー
「ファイナンス業務はイノベーションに役立たない。例外なく、繰り返しそう説明されるのは、既定の設計の上に見られる小さなバリエーションであり、それが目を引くのは前述したファイナンス上の記憶に残る簡潔さゆえである。ファイナンスの世界では、車輪の発明が称賛されるが、しばしば少し不安定なバージョンになっています。」――ファイナンス史研究者 ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)
2000年代初頭、新しい投資アドバイザリーのモデルが機関投資家の年金市場に旋風を巻き起こしました。 OCIOと呼ばれるこのモデルは、ジョン・ケネス・ガルブレイスの言葉を借りれば、「既定の設計上に見られる小さなバリエーション」でした。バリエーションとは、アクティブ運用とプライベート・エクイティ、ヘッジ・ファンド、ベンチャー・キャピタルなどオルタナティブ投資への配分に大きく依存する複雑なポートフォリオの作成です。こうしたアプローチが合理的と言えたのは、主にイェール大学基金の優れたパフォーマンスがあったからです。OCIOの主張は、イェール大学と同じアロケーションを複製すれば同様の結果が得られる可能性が高いというものでした。
「既定の設計」とは、裁量的投資運用という概念に過ぎません。OCIOが登場するまでは、機関投資家の年金基金の受託者は主に、投資コンサルティング会社が提供する非裁量的なアドバイスに依存していました。
裁量投資の再登場が目新しく見えたのは、1970年代、1980年代に裁量投資の廃止をコンサルティング会社に勧められたことを覚えている受託会社がほとんどなかったからに他なりません。当時、コンサルティング会社は独立したパフォーマンス報告書を提供していましたが、その報告書では、銀行の資産管理部門が提供する裁量的投資のアドバイザリーサービスが高い手数料を正当化するに十分な価値を提供できていないことが明らかになっていました。
そうした歴史があったにもかかわらず、イェール大学のようなOCIOが提供する優れた戦略ならば高額の手数料を正当化できるとして、受託会社はOCIOのコンセプトを支持しました。イェールの成功の本当の秘訣が、ただのアセットアロケーション戦略によるものではないことを理解している受託会社はほとんどなかったのです。優れたガバナンス、人的管理、メンターシップ、資産へのアクセスを組み合わせた独自の投資エコシステムが存在していたことがその秘訣でした。ところが、こうしたエコシステムの本質は、OCIOを売り込む際のプレゼンテーションでは複製されず都合よく省かれていたのです。
過去24年間、OCIOの運用資産額はほぼゼロから、2023年末には2兆ドル近くまで増加しました。いつものことですが、急速な成長は多くの新規市場参入者を惹きつけました。大規模な寄付基金の投資チームは基金を辞職し、インベスチュア(Investure)、グローバル・エンダウメント・マネジメント(Global Endowment Management)、モルガン・クリーク(Morgan Creek)などの新会社を立ち上げました。ベルス(Verus)、カラン(Callan)、NEPC などの投資コンサルティング会社は、独自のOCIOサービスを開始しました。その数十年前、コンサルティング会社は受託者に対し銀行資産管理部門の裁量投資を廃止するよう勧めていたのですから、皮肉なものです。
バンガード・グループも2000年代初頭に機関投資家向けの裁量投資の資産運用サービスを開始しましたが、OCIOサービスと正式に呼ばれるようになったのは2010年代後半になってからです。それまでのOCIOと同様、バンガードの運用資産額も今年の年初には547億ドルに急成長しました。
残念ながら、OCIO資産の驚異的な増加にパフォーマンスは伴いませんでした。図1は、OCIO が運用する確定給付型の指数と、株式60%と債券40%で構成される2つの指数の投資期間別のパフォーマンスを示しています。OCIO指数は、すべての投資期間で 2つの60/40指数のパフォーマンスを大幅に下回っています。

出所: 2024年3月31日Alpha Capital Management、NASDAQ OCIOインデックス
https://www.alphacapitalmgmt.com/ocioindex.html.
OCIOが単純で低コストの戦略に歩調を合わせられないのは悲劇的ですが、驚くべきことではありません。OCIO投資戦略はすべて、その前提に2つの根本的な欠陥のあるのです。1つ目の前提は、伝統的なアセット・クラスで効率的市場を容易にアウトパフォームできるというものです。2つ目は、イェール大学のオルタナティブ資産のパフォーマンスが容易に複製可能であるというものです。どちらも真実ではないのですが。
OCIOのほとんどで、そのパフォーマンスが低いことは、バンガードの実際のOCIOを非常に特別なものにしています。このことは、アクティブ運用やオルタナティブ投資という愚を犯したくない受託者には、滅多に巡り合えない安息の地となったのです。しかしながら、その安息の地は今消滅するかもしれません。
マーサーがHMSバンガードに懸念
「我々には、ほとんど市場をアウトパフォームするパッシブ戦略、あるいは、極めてアクティブな戦略のいずれかがあります…ほぼすべての機関投資家や個人投資家に最善なのは単純なアプローチである。」――デビッド・スウェンセン(David Swensen)、イェール大学投資部門元CIO (2012年)
ボーグル氏は、イギリスの有名な船舶であるHMS バンガードにちなんでバンガード・グループと名付けました。1798年、この船は歴史的なナイル海戦でイギリス海軍がフランス艦隊に勝利する上で重要な役割を果たしました。HMSバンガードはナポレオン戦争にも活躍しましたが、最終的には1812 年に捕虜船として再利用されました。1821年にHMSバンガードは耐用年数を過ぎ、スクラップ解体されました。
当初からマーサーのバンガードOCIO業務の買収には懸念がありましたが、必ずしも、この買収が問題だったわけではありません。マーサーが受託会社のそれまでの方針を踏まえ、アクティブ運用やオルタナティブ投資は行わないという明確かつ永続的なコミットメントを示せば、マーサーの規模が活かされ、顧客はコスト削減の恩恵を受けることができるでしょう。しかしながら、マーサーのアガンガ氏へのP&Iのインタビューでは、そうではないことが示唆されています。
私の懸念を理解するためには、付加価値を生み出す可能性が低いというエビデンスのある投資戦略をマーサーが――他のOCIOと同様に――顧客に推奨しているだけでなく、その規模が大きな負担なっていることも考えることが重要です。
1963年、バリュー投資哲学の創始者ベン・グレアム(Ben Graham)氏は金融アナリストに対し、規模が相応に大きく市場ポートフォリオに近似した投資を行うとき市場パフォーマンスを上回るのはほぼ不可能だと警告しています。2023年6月の時点で、マーサーは投資コンサルティングとOCIOビジネスで合わせて16兆2,000億ドルの資産をアドバイスまたは運用しています。
証券市場にどのような非効率性が存在していても、16兆2,000億ドルという規模は非効率を捉えるには大き過ぎます。マーサーが市場全体ではないかもしれませんが、運用資産の規模が大きいため、そうした市場の非効率を見つけ出し同社の顧客全体に利益をもたらすのは困難です。たしかに、少なくとも短期的には幸運に恵まれる顧客もいるでしょう。しかし、最終的には、市場の効率性という有無を言わさぬ摂理がそうした幸運を消し去るのです。
バンガードの元OCIO顧客が行った判断は、インデックスファンドへの比重を高めれば長期目標を達成する可能性が最大化できるということです。これを裏付けるのは、アクティブ運用やオルタナティブ投資を利用しても十分なリターンが得られる可能性が非常に低いという説得力あるエビデンスです。マーサーが新たな機会としてこうした投資を再び推奨するのなら、それは受託会社の判断を反故にし、ボーグルの哲学を放棄することになります。
公平を期すために申し上げておきますが、手数料が徐々に高くなっているにもかかわらず、リターンが見込めない投資戦略を受託者に推奨しているのはマーサーに限った話ではありません。とは言え、現状、バンガードの元OCIO顧客は慎重な投資戦略を採用しているため、マーサーの件は一層悲劇的であると思われます。
スウェンセンとバフェットからの知恵
2021年5月5日、イェール大学投資部門の著名なCIOデイビッド・スウェンセン氏が亡くなりました。イェール大学基金の指揮を執った36年間のパフォーマンスは同業者を凌ぐものでした。この偉業の達成には、投資、ガバナンス、運用上のびっしりと隙間なく埋め込まれた地雷原のような諸課題を乗り越える必要がありました。2012年1月のスピーチ――皮肉にもバンガード創設者を讃えるジョン・C・ボーグル・レガシー・フォーラムで行われました――でスウェンセンは、イェール大学の稀有な偉業を振り返り、これを真似することは不可能であると結んでいます。
スウェンセン氏は、実現しにくい探求に乗り出すのではなく、より単純で安価で、鮮やかに型破りな道を辿ることで同じ目的地にたどり着く可能性が高く、地雷原を回避することができると同業者に諭しました。ほぼすべての機関投資家と個人投資家は、低コストのインデックスファンドのみに投資したほうがよいというのが、氏の結論でした。ウォーレン・バフェット(Warren Buffett)氏も同様の結論に達し、1996年の株主への年次書簡の中で同様のことを述べています。
バンガードの元OCIO顧客は賢明で、スウェンセン氏とバフェット氏からのアドバイスに従いました。明白なエビデンスに基づくその結論は、自分たちの取るアプローチが受益者にとって最善の利益になるということです。その勇気が賞賛に値するのは、そうしたアプローチのメリットを否定できないとは言え、インデックスのみに投資する戦略は、これまでとはまったく異なるアプローチだからです。マーサーは、新たに獲得した顧客の論理や慎重さ、勇気を尊重すべきです。それが出来ないならば、受託会社はそれらを尊重するところを新たに選定すべきでしょう。
この投稿が気に入られたらEnterprising Investorのご購読をお願い致します。
執筆者
Mark J. Higgins, CFA, CFP
(翻訳者:瀧澤 創、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/07/03/vanguards-former-ocio-clients-must-stand-their-ground/
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。