プロの投資業界にはある恐ろしい強迫観念が定着しています。それはベンチマークと相対パフォーマンスへの執着です。私が「ベンチマーク主義」と呼んでいるこの現象は、インセンティブを歪め、多くの機関投資家を誤った方向に引きずり込んでいます。長期的な富の安定成長に焦点を当てたもっとスマートな投資の実現に向かって、どうすればこのベンチマークの罠から抜け出すことができるのか、探るべき時が来ています。
ベンチマークの台頭
投資ベンチマークの台頭は、チャールズ・ダウが1896年にダウ工業株30種平均を発表した19世紀後半に始まりましたが、当時のベンチマークの役割はごくわずかでした。ロベコが提供していたようなファンドが示すように、投資家が注目したのは主に配当でした。ロベコが1929年に設立されてから何十年もあとになるまで、同社のファンドにおいてベンチマークは何の役割も果たしていませんでした。
ベンチマークが投資業界の中心的なパフォーマンス基準となり始めるのは、1960年代に効率的市場仮説が脚光を浴びてからです。今日では、ベンチマークに勝つことがしばしば成功の決定的な尺度と見なされており、「資本 (元本または資金)を失わず」、「適切なリターンを達成する」という投資の最も基本的なルールは影の薄いものとなっています。投資家は短期の相対的なパフォーマンスにますます固執するようになっています。
ジョン・メイナード・ケインズはかつて、「慣例に従わずに成功するよりも、型通りに失敗する方がよい」と皮肉りましたが、今日のベンチマーク主導の世界ほど、この言葉が多くの賛同をもって受け入れられているところはないでしょう。
ベンチマーク主義の核心的問題点
ベンチマーク主義の問題の核心は、それによって投資家の関心が絶対リターンと元本保全から離れてしまうことです。ベンチマーク主義においては、ベンチマークをアウトパフォームすることに焦点が移動します。しかし、これが非合理的な意思決定をもたらす可能性があるのです。8%のリターンを安定して提供する株式と、平均リターンは8%だが乱高下するインデックス・ファンドのどちらかを、ポートフォリオ・マネジャーが選ぶことを想像してください。論理的には、ほとんどの投資家は絶対リスクが低い安定株を選ぶでしょう。しかし、ベンチマークに勝つことを目指すマネジャーは、安定株を避けるかもしれません。なぜなら、安定株はアウトパフォームしない期間があり、これはベンチマーク主義の領域ではかなりのリスクとなるからです。このジレンマは図1に示されています。
図1 安定株式 対 ボラタイルなベンチマーク
2期間における株式とベンチマークの仮想例
このような行動は、ベンチマークに勝とうとする動きが、如何に投資家に追加的なリスクを負わせ、元本保全と長期的な富の成長という2つの基本的な投資原則から注意をそらすことになるうるか、を示しています。例えば債券市場では、多くの負債を抱える国や企業が債券指数に占めるウェイトが大きくなりがちです。その結果、ポートフォリオのウェイトも、単純に多くの負債を抱えているがために最もリスクの高い発行体に傾く傾向があります。これはベンチマーク投資のパラドックスです。ベンチマーク投資は、相対的な利益を追求するためのリスクテイクを促進しますが、時には常識が犠牲にされることもあるのです。
フィッシャー・ブラックの歴史的教訓
リスク管理よりも相対リターンを重視するのは、今に始まったことではありません。現在60年の歴史を持つ資本資産価格モデル(CAPM)の考案者の一人であるフィッシャー・ブラックは、1970年代初頭にウェルズ・ファーゴで低リスクの株式ファンドを立ち上げようとしていました。彼の研究は、低ベータ株が損失リスクを抑えながら市場並みのリターンを達成できることを実証するものでした。このファンドは、「損失を少なくすることによって勝つ」という原則から利益を得ることを目的としていました。しかし、このファンドが日の目を見ることはありませんでした。何が問題だったのでしょうか?ブラックの革新的な戦略はレバレッジの制約に直面し、投資家はリスクを減らすことよりも市場に勝つことに重点を置いていたのです[i]。
皮肉なことに、2000年のドットコム・バブル崩壊と2008年の金融危機を経るまで、ディフェンシブな低ボラティリティ戦略が本格的に支持されることはありませんでした。2010年代初頭になると、いくつかの低ボラティリティETFが大人気となり、大量の資金が流入しました[1] 。今日ではブラックのアイデアはかつてないほど重要な意味を持っています。ディフェンシブ戦略は、2022年のような株価下落時期にアウトパフォームすることで、逆境を跳ね返す力を実証してきました。しかし、相対パフォーマンスを重要とする視点には、2024年に進行中の米国のハイテク・ラリーで見られるように、強気市場で上位集中度が高まっていくベンチマークに対して、こうした戦略がそれほど魅力的に映らないこともしばしばあります。
ベンチマーク主義のより広範なリスク
ベンチマーク主義の意図せざる結果は、個々のポートフォリオにとどまりません。ベンチマークに勝つことだけに集中することで、多くの機関投資家はインデックスの人質となっています。このような集中はリスクの高い投資対象を過大評価し、安全な投資対象を過小評価した誤った資本配分につながる可能性があります。その明確な例は1990年代後半のハイテク・バブル期で、テクノロジー株は、指数に占めるウェイトの上昇と歩調を合わせて、著しく過大評価されるようになりました。
さらに悪いことは、規制の枠組みがこのような行動を強める可能性があることです。オランダなどの国々では、企業年金基金はパフォーマンスがベンチマークから乖離した理由を説明することが義務付けられており、よりディフェンシブな戦略を追求する基金にとってしばしば不利となっています。オーストラリアでは、「Your Future, Your Super」(あなたの未来、あなたの年金)という法律が、たとえそれが受益者の長期的利益に最適でないかもしれなくても、ベンチマークに近いリターンに固執するよう投資家に圧力をかけています。
その結果はどうでしょうか?受託者責任と規制の監督に縛られたプロの投資家らは、市場が投機的バブルやシステミックな不安定性を示していても、集中度が高まり続けるベンチマークに後れを取らないよう、株式ポートフォリオの絶対リスクを減らすことができないのです。
インデックス委員会の役割
MSCIなど、ベンチマーク提供会社の影響力も考慮すべき重要な要素です。これらの委員会は、どの銘柄や国をインデックスに含めるかを決定する上で絶大な権力を振るっています。その決定は、しばしばロビー活動によって形成され、グローバルな投資の流れに奥深い影響を与えます。目立った例は、中国の現地株が2018年以降グローバル指数に採用されたことで、これによって世界中の投資家は、中国固有のガバナンス問題や中国に関連する地政学的リスクの有無にかかわらず、中国に資本を配分するようになりました。
インデックス提供会社もまた、自社のベンチマークを規制の枠組みに組み込もうとロビー活動を展開しています。持続可能な金融情報開示規制(Sustainable Finance Disclosure Regulation:SFDR)にパリ協定のベンチマークを組み込もうとする最近のブリュッセルの動きは、指数提供会社の主観的な選択がいかに大規模な投資の流れを左右しうるかを示しています。しかし、これらの指数が常に首尾一貫しているとは限りません。
例えば、エネルギー転換の中心的企業であるネクサンスは、炭素排出を理由にパリ協定準拠ハイ・イールド・インデックスから除外されましたが、大部分が化石燃料に依存する自動車メーカーのフォード・モーターは指数に採用されました。このような矛盾は、ベンチマークに過度に依存することのリスクを明らかにしています。
ベンチマークのくびきを逃れて: 逃げ場はあるか?
投資家はどうすればベンチマークの罠から抜け出せるのでしょうか?過去10年間で、サステナブル投資やインパクト投資は大きな盛り上がりを見せています。例えば、タバコ銘柄や化石燃料銘柄を除外すると、標準的なベンチマークからの逸脱につながることがしばしばです。サステナビリティ基準を採用する投資家が増えるにつれ、投資家はベンチマークの役割を再考せざるを得なくなっています。もはや、「インデックスに採用されているから」という理由だけで、投資判断を正当化することはできません。
この変化は、投資目的の再考を促すものです。サステナビリティ基準とインパクトを投資プロセスに組み込むことで、投資家は相対的なリスクとリターンという狭い焦点を超えて、持続可能性という第3の側面を受け入れ始めています。このことは、ベンチマーク依存を減らし、絶対的リスクを優先し、「自分が何に投資しているかを知る 」ということをより明確に理解する扉を開くことになります。
マルクス主義より悪い?
2016年にサンフォード・C・バーンスタイン&カンパニーが発表した挑発的な記事「パッシブ投資がマルクス主義より悪い理由」は、ベンチマーク投資に関する議論に火をつけました。この比較は大げさでしたが、市場価格を決定するのは最終的に誰であるのか、つまり投機家なのかそれとも投資家なのかという重要な問題を浮き彫りにしました。
プロの投資家がベンチマークに過度に厳格にこだわっていると、市場価格は少数のアクティブなプレーヤーによって決定される傾向が強まることになります。この少数のグループの構成が極めて重要ということになりますが、彼らが市場をより効率的にするという保証はありません。2021年のゲームストップ株のショートスクイーズで見られたように、高リスクのポジションにレバレッジをかけている投機的な個人投資家が株価をバブル水準まで押し上げ、ファンダメンタルズ重視のもっと規律ある投資家を傍観者に追いやる可能性があります。投資家がベンチマークに同調すればするほど、ファンダメンタルズではなくインデックスの構成に基づいて資本が配分されるため、市場はより脆弱になります。
規制と投資原則の適応
ベンチマークの囚われから完全に抜け出すためには、規制と投資原則をより広範に見直す必要があります。例えば、規制当局はパフォーマンスを評価する際、相対リスクよりも絶対リスクに焦点を合わせたほうが良いのかもしれません。そうすることで、注意の矛先を短期的なトラッキングエラーから切り替え、代わりに長期的なリスク管理を重視することになるでしょう。ベンチマークへの追随性ではなく、ポートフォリオのボラティリティや市場低迷時の回復力に注目することで、投資家はより思慮深く、リスクを意識した意思決定を行う自由を取り戻すことができます[ii]。
さらに、年金基金や機関投資家は投資原則を定期的に見直しています。ベンチマークは、長期的に元本を保護し成長させるという受託者の義務に沿わない硬直的な基準になりかねません。ポートフォリオ運用におけるベンチマークの役割を定期的に見直すことは、運用担当者が短期的な相対パフォーマンスの議論に追われることなく、持続可能な成長と資本の保全に確実に注力し続ける助けとなります。
ファンダメンタル・ベンチマークへの回帰
結局のところ、ベンチマークに勝つ最善の方法は、ベンチマークを無視することです。少なくとも短期的に。ウォーレン・バフェットの有名なルール「元本を失うな」が、すべての投資家にとって指針となるべきベンチマークなのです。絶対リターンを重視し、不必要なリスクを最小限に抑えることで、投資家はベンチマーク主義による歪みを避けることができます。
小型株やディフェンシブ株など、ベンチマークの中でウェイトの低いセグメントは、特に今日のような市場の集中度が高まった時期には、しばしば魅力的な機会を提供します。同様に堕天使、つまり投資適格から高利回りに格下げされた債券も、ベンチマーク主導の投資家による強制売却によって魅力的な価格になることがあります。こうした非効率性こそ、逆張り投資家が利用できる投資機会です。
したがって、投資家の優位性は、よりスマートとなることではなく、より制約を受けないことから生まれるかもしれません。ここにパラドックスがあります。すなわち、ベンチマークへのこだわりを捨て、ファンダメンタルズと、元本を失うような本質的なリスクに集中することで、投資家は隠れた価値を解き放ち、長期的なパフォーマンスを達成することができ、それがベンチマークをアウトパフォームすることにさえなるのです。
映画のアイデアをいくつか紹介しましょう: 『Lost in Benchmarkland (原典不詳 )』、『The Benchmark Redemption(ショーシャンクの空に)』、『Gone with the Benchmark(風と共に去りぬ)』、『Breaking Benchmarks(原典不詳 )』。
[i] See Bernstein (2012) Capital Ideas: The Improbable Origins of Modern Wall Street.
[ii] Swinkels, L., Blitz, D., Hallerbach, W., & van Vliet, P. (2018). Equity Solvency Capital Requirements-What Institutional Regulation Can Learn from Private Investor Regulation. The Geneva Papers on Risk and Insurance-Issues and Practice, 43(4), 633-652.
執筆者
Pim van Vliet, PhD
(翻訳者:清水 英佑、CFA)
英文オリジナル記事はこちら