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CFA協会ブログ

         

No.685

2024年10月15日               

CAPMの誕生60年を祝福しよう!資本資産価格モデルがいまだに重要な理由
Happy 60th Anniversary CAPM! Why the Capital Asset Pricing Model Still Matters

 
 
私は現在、ウィリアム(ビル)・シャープの正式な伝記を執筆中です。その話を耳にした人から、私が最もよく受ける質問は次のようなものです。「彼はまだ生きているのですか?」シャープは、1990年にアルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞(通称、ノーベル経済学賞)を受賞しました。そして、その質問に対してはYesです。2024年9月現在、彼は存命で元気です。彼は米カリフォルニア州のカーメル・バイ・ザ・シーに住んでいます。毎週木曜日の朝、彼はコーヒー仲間と会っていますし、カーメル湾近くで、飼い犬のプーション犬と散歩している姿をよく見かけます。2024年6月、彼は90歳の誕生日を迎えました。
そして、2024年9月はシャープにとってもう一つの節目でもありました。すなわち、その後に多大なる影響を与えた資本資産価格モデル(CAPM)に関する彼の論文がジャーナル・オブ・ファイナンス誌に掲載されてから60周年を迎えたのです。10年、ましてや60年が経過してもなお、研究内容の重要性が持続することは極めて稀です。これから、この論文の内容と、それが投資業界(おそらく読者自身のポートフォリオも含む)にいかに影響を与えたか、そして今でもこのモデルが重要な理由について説明していきます。
 
C-A-P-M
このモデルの名称、一般的に用いられている頭字語、そしてそれが実際、何について説明しているのか、という点から始めていきましょう。まず、シャープはこれを「資本資産価格モデル」と呼んだことはありません。彼の画期的な論文のタイトルが示すように、これは「資本資産価格」に関するものです。そして後の研究者が、「M」を追加してモデルと呼ぶようになりました。次に、資本資産価格モデルとして知られるようになった後、「キャップエム」と発音される頭字語「CAPM」と呼称されるようになったのです。
 
ほぼすべてのファイナンスに関わる教授や学生、つまりシャープ自身を除く全ての人々が、これを「キャップエム」と呼んでいます。シャープは常に「C、A、P、M」という頭文字を使用しています(したがって、モデルの考案者に敬意を表したい場合は、「C、A、P、M」と呼んでも良いでしょう)。第3のポイントとして、(論文の)主要なテーマは実際のところ、資産の価格ではなく、その期待収益であることが挙げられます。CAPMがもたらす重要な洞察の1つは、投資に関わる重要な質問、「XYZ証券を購入した場合の期待収益はいくらなのか?」に答えることにあります。
 
主な前提条件
シャープは1963年に「A Simplified Model for Portfolio Analysis(ポートフォリオ分析の簡易モデル)」という論文を執筆し、1964年の画期的な論文と同じ主要なコンセプトをいくつか提示しました。この2つの論文には重要な相違点があります。シャープが後に語ったように、1963年の論文で、彼はウサギを取り出す前に慎重に「帽子の中にウサギを入れた」のです。1963年の論文でも、彼は「XYZ証券を購入した場合の期待収益はいくらか」という重要な質問に答えています。
 
しかし、彼が帽子の中に入れたウサギとは、証券と市場全体との間に予め定められた関係を指しており、これを後段ではベータと呼ぶことにします。アンドリュー・ローと私は、著書『In Pursuit of the Perfect Portfolio: The Stories, Voices, and Key Insights of the Pioneers Who Shaped the Way We Invest(完璧なポートフォリオを求めて: 投資手法を作り上げた先駆者たちの物語、視点、重要な洞察)』を執筆するためにシャープにインタビューを行ったことがあります。彼は、「ウサギを帽子の中に入れずにそれを実行する方法を考え出すのに数ヶ月を費やしました」と語りました。「最初にウサギを入れずに、帽子からウサギを取り出す方法はあるのだろうか?そう、私はその方法が存在すると分かったのです。」1964年の論文で、シャープはウサギを帽子の中に入れずに、理論に基づいた市場均衡の概念を導き出しました。
 
どのような理論でも仮定を置く必要があります。現実世界で起きていることを単純化することで、理論モデルの説明力を引き上げることができます。これこそ、まさにシャープが行ったことです。彼は、投資家が関心を持つ事項は期待収益とリスクだけだと仮定しました。投資家は合理的で、十分に分散投資をしていると仮定したのです。そして、投資家は同じ利率で借入や貸出が可能であると仮定しました。
 
シャープが最初にこの論文をジャーナル・オブ・ファイナンス誌に掲載しようとしたとき、その論文は主にシャープが設定した仮定が原因で却下されました。匿名の査読者は、シャープの仮定があまりにも「突飛」で、その後の結論はすべて「興味深いものではない」と結論付けたのです。しかし2年後、シャープはひるむことなく論文に手を加え、新しい編集者を見つけ、論文は出版されました。その後のことは、言うまでもなく歴史が示す通りです。
 

CAPMを視覚的に捉える

シャープの画期的な論文の大部分は、9つの図やグラフの説明に重点を置いています。最初の7つは2次元で表されており、縦軸にリスク(期待収益の標準偏差で測定)、横軸に期待収益が示されています。(ファイナンスに携わる人なら誰でも、軸を反転してリスクを横軸に、期待収益を縦軸に表すのが今では一般的な方法であることにすぐに気づくでしょう。)  

シャープは水平軸で、彼が「純粋利子率(pure interest rate)」または「P」と呼称する特別な証券の収益率から始めました。今日、私たちはその特別な金利を米財務省短期証券の収益率、またはリスクフリー・レートと呼び、一般的にRfで表します。

  
 
この図のigg'で表される曲線はハリー・マーコウィッツの効率的フロンティアで、リスクのある複数の証券の「最適な」組み合わせを示しています。つまり、曲線上の各ポートフォリオは、所与のリスク水準に対して最も高い期待収益率を獲得でき、所与の期待収益率に対して最も低いリスクとなるポートフォリオを示しています。シャープのモデルは、本質的には、無リスク証券Pと、最適なリスク期待収益率を提供する曲線igg'上の各ポートフォリオの組み合わせを探索するものでした。グラフからは、最適な組み合わせはPから曲線igg'に接する線、つまり無リスク資産Pとポートフォリオgを組み合わせたポートフォリオであることが分かります。
 
シャープが唱える世界において、投資家には基本的に3つの選択肢があると考えることができます。投資家は、リスク資産ポートフォリオgにすべての資金を投資することができます。リスクが高すぎる場合、無リスク資産Pとリスク資産ポートフォリオgの組み合わせにポートフォリオを分割することができます。もしくは、さらにリスクを負担したい場合、リスクフリー・レートで借り入れ、資産の100%超をリスク資産ポートフォリオgに投資することで、実質的にZに向かう線に沿って移動させることができます。PgZで表される線は、有名なシャープの資本市場線で、貸出(米財務省証券の購入)もしくは(米財務省証券の金利での)借入を含む、無リスク資産投資とリスク資産投資の最適な組み合わせを示しています。
 

ノーベル賞を受賞した脚注

一連のグラフを提示した後、シャープはこれらがどのようにして、組み合わせgに含まれるすべての資産について、期待収益率とさまざまなリスク要素を関連付ける「比較的単純な公式」につながるかを示しました。次に彼は、読者に脚注22を参照するように言及しています。これは、17行に及ぶ方程式と文章で構成されており、あらゆるファイナンスおよび経済の文献の中で最も重要な脚注の1つである可能性があります。 

脚注の最後の行は見慣れないかもしれませんが、ちょっとした工夫で意味を明確に捉えられるはずです。シャープは、左側に新しい名前を付けました。下付き文字が「ig」のBigです。専門用語を使って説明すると、Bigは、ポートフォリオgに対する証券iの収益率の共分散を、ポートフォリオgの標準偏差で割ったものです。原稿を作成する際、シャープは標準キーのタイプライターを使用していました。彼がBで実際に意図したものは、ギリシャ文字のbまたはベータでした。そして、後で説明するように、これは今日最もよく使用されるリスク測定指標の1つになっています。

期待収益を上昇させるファクターは何か?

シャープのモデルから得られる重要な洞察の1つは、証券の期待収益率に関して重要なファクターは「Big(ビッグ)」、つまり「ベータ」だけであるということです。   シャープが提示する最後のグラフでは、期待収益率は依然として横軸にありますが、彼の新しいリスク尺度であるビッグ(Big)またはベータは縦軸にあります。すなわち、線PQは本質的にCAPMの方程式を表しています。この方程式が強く示していることは、投資家が十分に分散されたポートフォリオを保有していると仮定すると、重要なリスクの尺度はベータ、つまり全体ポートフォリオgに対する証券のリスク度合いだけであるということです。すべての投資家がgを保有したいと想定するのであれば、すべての資産が含まれている必要があります。言い換えると、それは市場ポートフォリオでなければなりません。今日、私たちはそのポートフォリオをMと呼んでいます。

そして、シャープが考案したオリジナルのCAPMの導出式を、より馴染みのあるバージョンに書き直すことができます。E(Ri) = Rf + b × [E(Rm) – Rf] または E(Ri) = Rf + bi × MRPです。ここで、iは証券iを、MRPは市場リスクプレミアムを表します。直感的には次のように解釈できます。今後10年間、ある株式に投資することを検討しているとします(あるいは、しないかもしれません)。あるいは、長期国債に投資して、Rfの収益を確保することも可能です。あるいは、市場全体に投資して、E(Rm)の期待収益を得ることもできます。これは、Rf + MRPと同じ結果になります。もしくは最終的に、証券iに投資することもできます。期待収益E(Ri)は、市場リスクにさらされている程度、すなわちbiによって決まります。
 
ベータは単純に解釈することができます。つまり、特定の証券が市場全体と比較してどの程度リスクが高いかということを示しています。ベンチマークについては、定義により「市場」のベータ値は1.0となります。特定の証券の場合、ベータ値は市場の1.0%の変化に応じて特定のリターンがどの程度変化するかを示します。例えば、ベータ値が0.5の低リスク株式の場合、市場(多くの場合、S&P500指数で代用されます)が1.0%上昇すると、株式iは0.5%上昇すると予想されます。市場が1.0%下落すると、株式iは0.5%下落すると予想されます。同じロジックが、ベータ値が1.5などのリスクの高い株式にも当てはまります。市場が1.0%上昇すると、株式iは1.5%上昇すると予想されます。市場が1.0%下落すると、株式iは1.5%下落すると予想されます。
 
CAPMが依然として重要な理由
シャープの1964年の画期的な論文が(現在も)重要である理由は3点あります。
 
1.ベータは、分散ポートフォリオの一部である株式のリスクを適切に測定する指標です。また、Yahoo!Financeなどのサイトで広く活用されている指標でもあります。重要な点は、市場に対するリスクです。分散ポートフォリオを保有している場合、ある一銘柄のボラティリティ自体は問題になりません。
 
2.シャープが考案したモデル、特に図7では、投資信託などの十分に分散化されたポートフォリオ全体のパフォーマンスを測定する方法を示しています。例えば、過去5年間のファンドのパフォーマンスまたはリターンを、無リスク投資を行った場合に得られたであろうリターンを上回る値として測定できます。これがリターンの評価指標です。これを、投資期間のファンドのリターンの標準偏差で測定されたファンドのリスクと比較すると、リスクに対するリターンの指標を得ることができます。これこそ、シャープがその後の研究論文で分析したもので、シャープ・レシオとして知られるようになりました。これはおそらく、今日最も一般的なパフォーマンス評価指標です。
 
3.シャープのCAPMの論文では、誰もが保有したいであろう特別なポートフォリオgを「すべての資産」を表すものと定義しています。これこそ、私たちが市場ポートフォリオと呼ぶ理由です。より狭い解釈では、少なくともすべての株式が含まれている必要があります。米国について言えば、S&P500指数を複製するようなインデックス・ファンドを購入することを意味します。過去50年間で生まれた数兆ドル規模のインデックス・ファンドは、シャープの考案モデルのおかげです。おそらく、あなたも直接的に、または例えば年金基金を通じて間接的にインデックス・ファンドに投資している可能性が高いでしょう。
 
もちろん、CAPMには批判もあります。市場以外の追加的なファクターを加味した、競合する期待収益導出モデルはいくつも存在します。実証研究の結果からは疑問を呈されてもいます。それでも、このモデルは依然としてファイナンスの教育プログラムで中心的な役割を担っており、実務家によって日常的に活用されています。また、非常に直感的に理解しやすいモデルであり、時の試練を乗り越え認められてきました。
 
ぜひ私と一緒にCAPMの誕生日をお祝いしましょう。これからも理論として生き続けることを願って!
 
 
 
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(翻訳者:河野俊明、CFA、CAIA、CPA)
 
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資勧誘を意図するものではありません。
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