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CFA協会ブログ

         

No.686

2024年12月12日               

荒れる海の船路:倒産申請急増の経済的な意味
Navigating Troubled Waters: What the Surge in Bankruptcy Filings Means for the Economy

 
破産申請が急増し、企業と消費者が経済状況の変化に関してプレッシャーを感じているとき、金融情勢はひずみの兆候を示しています。米国連邦準備制度理事会(Fed)の利下げが市場安定化を狙ったものであるにもかかわらず、歴史的なパターンは、金融政策単独では悪い流れを食い止めるには十分ではないかもしれないことを示唆しています。金融システムの亀裂がより明白になってきている今、破産増加の主因を理解することは、今後の試練を切り抜けるために不可欠なのです。
 
連邦裁判所事務総局が公表した統計によれば、2024年6月30日以前の12か月間で破産申請は16%増加し、新規申請件数は486,613件で前年の418,724件から増加しました。企業破産申請の増加はより急激で、40.3%の増加でした。これらの数字は、米国経済において金融ストレスが拡大していることを示していますが、本当の嵐はすぐそこまで来ているのかもしれません。
 
2001年の景気後退期に、Fedの積極果敢な利下げは企業破産の急増を防ぐことに失敗しました。低金利であったにもかかわらず、ハイイールド債のオプション調整後スプレッド(OAS)は、投資家のリスク回避姿勢の高まりと低格付企業の倒産リスクの上昇を反映して、著しくワイドニングしました。
 
トレンド分析:フェデラルファンド金利、OASスプレッドと破産申請件数
 
 
金融緩和と市場コンディションの食い違い
結果として、2001年の景気後退期に企業破産は急激に増加し、信用条件のタイト化と経済ファンダメンタルズの悪化の中で多くの企業が債務負担のやりくりに苦労しました。金融緩和と市場の現実の食い違いは、最終的に破産の急増をもたらし、企業はタイト化する信用条件に苦しみました。
 
これに似たパターンは、2008年の世界金融危機の間に生じました。ICE BoFA米国ハイイールド債OASスプレッドは1000ベーシスポイント超の水準で218日間推移し、極端な市場ストレスのシグナルを発しました。このスプレッド上昇の長期化によって、借換え困難に直面した企業が債務の再編よりも資産の整理を選好し、連邦破産法第7章に基づく清算の顕著な増加をもたらしました。
 
ICE BoFA 米国ハイイールド債OASスプレッド
 
 
2008年のOASスプレッド上昇の期間の持続は、危機の厳しさと経済、特に支払不能の間際にある企業への深い影響をはっきりと思い起こさせます。OASにより示されたような過剰債務の環境と、連邦破産法第7章に基づく清算急増の結びつきは、現代経済史において最も厳しい時期のひとつにおける金融情勢について、悲観的な展望を示しています。
 
Fedの金利政策は、テイラールールが示唆するタイミングからしばしば遅れをとってきました。テイラールールは、経済条件をベースとして金利を設定するためのガイドラインとして広く参照されています。経済学者のジョン・テイラーによって公式化されたこのルールによれば、インフレーションが目標を超えているとき、あるいは経済活動がその潜在的水準を超えているときには、金利は上昇すべきであることが示唆されます。反対に、インフレーションが目標を下回っているとき、あるいは経済活動がその潜在的水準を下回っているときには、金利は下がるべきなのです。
 
政策決定の遅れ
連邦準備銀行の金利調整が遅れる理由はいくつかあります。
 
第一に、連邦準備銀行はしばしば慎重なアプローチを採用し、経済トレンドの明確な証拠を待ってから金利調整を行うことを選好します。特にインフレが上昇し始めているとき、もしくは経済条件がその潜在的水準から乖離しはじめているときに、この慎重さが対応の遅れをもたらすことがあります。
 
第二に、雇用を最大限に促進し価格を安定させるというFedの二重のマンデートが、しばしばテイラールールから乖離した意思決定をもたらします。例えば、経済が減速しているとき、インフレ上昇と闘うためにテイラールールがより高い金利を示唆しているにもかかわらず、Fedは雇用のサポートを優先させるかもしれません。このことは、2008年の金融危機に続いて低金利の時期が長く続いたときに顕著でした。経済成長を刺激し失業を減らすために、Fedはテイラールールが示唆した期間よりも長く低金利を維持しました。
 
更に、Fedが金融市場の安定性とグローバル経済にフォーカスすることが、その金利決定に影響して、テイラールールが示唆するよりも低い金利を維持することが時々あります。テイラールールの目標は、金融市場の潜在的な崩壊を回避し、あるいはグローバル経済のリスクを低減することなのです。
 
単純な政策ルールからのフェデラルファンドレートの処方
 
(出典)連邦準備制度理事会、筆者分析
 
この政策決定の遅れの帰結は、前回の景気後退に至るまでのFedの行動と同様、インフレ圧力を防ぎあるいは経済の過熱を抑制するためのFedの利下げもしくは利上げは遅きに失するかもしれない、ということなのです。利下げの慎重なタイミングが、必要とされる経済への刺激を遅らせ、景気低迷を長引かせるかもしれないのです。
 
経済が新たな試練に直面すると、テイラールールの示唆に対するFedの行動の遅れによる懸念が強まり続けます。もっとタイムリーにテイラールールに即して行動した方が金融政策の実効性を高め、インフレもしくは景気後退のリスクを低下させ、ひいてはより安定的な経済環境の確保につながると、批評家たちは主張します。テイラールールの厳格なガイドラインと現実の経済の複雑さの間のバランスをとることは、依然として政策立案者にとっての重大な課題なのです。
 
2024年第4四半期に臨んで、経済情勢は過去の景気後退、特に2001年および2008年の景気後退との不安な類似性を示しています。経済減速の兆候を受けて、Fedはより深い落ち込みを防ぐために最近政策金利を0.5%引き下げました。しかしながら、歴史的なパターンは、この戦略がより広範な金融の嵐を回避するためには十分ではないかもしれないことを示唆しています。
 
そのうえ、緩和的な金融政策、典型的には金利の引き下げは、しばしば投資家の行動を変化させます。米国債のイールドが低下すれば、投資家は他国のハイイールドソブリン債のより高いリターンを求めるかもしれません。この変化は、米国債から代替的な市場への相当規模の資本流出を引き起こす可能性があり、米ドルにとっては下押し圧力となります。
 
BRICSブロックの影響力の拡大、米国とサウジアラビアのペトロダラー協定の失効、進行中の地域紛争を含む現在のグローバルな環境のために、米国の経済見通しは複雑になっています。BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、世界貿易における米ドル依存を低下させようとプッシュしており、ペトロダラー協定は弱まっています。これらのトレンドが、ドル安を加速させる可能性があります。
 
米国債の需要が低下すると、米ドルは相当の圧力に直面してドル安となる可能性があります。弱いドル、地政学的な緊張、シフトする世界経済秩序が、米国経済を不安定なポジションに追いやり、金融安定性の維持をますます困難なものにするかもしれません。
 
Fedの利下げは一時的な救済策かもしれませんが、金融システム内の根底にあるリスクに対応するものではなさそうです。2024年のOASスプレッドのワイドニングと破産増加という悪い見通しが、金融政策単独では金融に深く根差した脆弱性を解決することができないということをはっきりと思い起こさせてくれます。この先に備えるために、過去の危機の再来の可能性を認識し、然るべく準備することが重要です。
 
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執筆者
Awais Dilawer
(翻訳者:荒木 謙一、CFA)
 
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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