プライベートエクイティ(PE)に開拓時代のアメリカ西部があるならば、それはローワー・ミドルマーケット(LMM)、つまり売上が500万ドルから5,000万ドルの企業のエコシステムでしょう。LMMは収益性の高い機会を提供しますが、最も有望な取引でさえも台無しにする可能性のある、固有のリスクがあります。投資専門家にとって、この分野をうまく切り抜けるには、エージェンシーリスクを深く理解する必要があります。これは、未熟な仲介業者や経験の浅い売り手への依存から生じる、見落とされがちな課題です。
LMMの企業群には、経営の質や企業インフラ、(経営権変更後の)経済的持続性の点で、大きな違いがある可能性があります。さらに、LMMではアドバイスの質が著しく劣っています。つまり、この市場で活動するビジネスブローカーが提供するサービスは、より大規模なPE市場ほど洗練されていないのです。
多くの場合で売り手は、企業論や財務に関する経験を持ち合わせていません。むしろ、機関投資家の資金の助けを借りずにゼロからビジネスを構築してきた、技術と経営実務の専門家なのです。多くの場合で売却取引はビジネスオーナーにとって、合併と買収 (M&A) 業界への初めての進出となります。こうしたビジネスオーナーは、自らの人生をかけた仕事を売却するのです。
LMMビジネスのブローカーのプロフィール
ビジネスブローカー(LMMの仲介業者)は、投資銀行家や弁護士のような洗練されたM&Aの専門家ではないことがほとんどです。しかし彼らは、自分たちは専門家であると売り手を納得させることに、ほとんど苦労しません。ブローカーは、売り手に対して洗練された印象を与えられるくらい、M&Aプロセスについて十分な知識を持っているのです。この市場では、通常はブローカーがM&Aを検討しているビジネスオーナーとの最初の接点となることを考慮すると、ブローカーはすぐに信頼を獲得します。この新たな信頼、つまり黙認は、長い迂回禁止期間を伴う、ブローカーとの直接的な「アドバイザー」関係へとすぐに変わるのです。
一見すると、こうした取り決めには問題はありません。ブローカーは売り手がビジネスを売り込むのを手伝い、それには何も悪いことはありません。問題とリスクは、売却をするための関係が、事実上の財務アドバイザーとしての関係や法律アドバイザーとしての関係に変わることが多いという実態から生じます。これは、売却したいかどうか、売り手に確信が無い場合が多いからです。売り手は、売却の実現可能性を確信するまで、適切なアドバイザーへお金をかけることを嫌がります。ブローカーはこの空白を埋めるために介入することが多く、通常は喜んで売り手に代わって基本合意書 (LOI) について交渉し、契約条件について意見を述べるのです。
ここで、重大なエージェンシーリスクが作用するのです【1】。LMMの売り手と買い手が認識し、軽減するよう努めるべきエージェンシーリスクには、3つのサブカテゴリーがあります。
アンカリング:ブローカーは時として、売り手を市場に反するような条件に「アンカリング」することがあります。年間数百件の取引を処理できる投資銀行とは違い、ブローカーの中には年間5件以下の取引しか処理しない人もいます。さらに悪いことに、こうした取引の一部またはすべてが完了できないこともあります。しかし、こうした状況にあってもブローカーは、取引の特定部分の市場的条件と思しきものについて、意見し続けます。とあるブローカーが売り手に対して、ある金利をしつこく提示していて、追及したところ、成立しなかった取引の基本合意書から得た金利であることをブローカーが認めた事例もあります。市場にそぐわない条件に固執してしまうと、すでに緊迫し感情的になっている交渉がさらに悪化することで、信頼が損なわれるのです。ブローカーは、自らがM&Aの専門家であると売り手を説得するのが得意なので、売り手は、固執している内容と一致しない条件が提示された場合に、買い手が公平ではない、または十分に情報を開示していないと考えてしまう可能性があります。
悪いアドバイス:悪いアドバイスは見落としです。これは、弁護士や財務アドバイザーが気づくようなことを、ブローカーが見逃した場合に起こります。これは、細かい部分に関係しています。例えば、ブローカーは売り手がLOIを交渉するのをしばしば支援する一方で、買い手は弁護士にこの作業を実行させます。不釣り合いなのは想像に難くないでしょう。LOIに署名がされて、売り手が最終的に弁護士を雇うと、弁護士は署名されたLOIを確認し、売り手が不利な点を指摘するでしょう。こうした状況は悪い印象を与える可能性があり、買い手が有利に事を運ぼうとしていると売り手が再び考えてしまい、再度の取引をしようとする、あるいはお金の無駄遣いにつながる可能性があります。こうした状況は、すでに緊迫し感情的な、買い手と売り手の交渉をさらに悪化させ、信頼を損なわせてしまいます。
Telephone(交渉の媒介役):ブローカーの中には、電話や会議に参加することで交渉の中に留まろうとする者がいて、売り手もブローカーに対し、代わりに交渉する許可を与えることがあります。ここでのエージェンシーリスクとは、ブローカーが交渉を捻じ曲げる可能性です。例えばブローカーが、条件や妥協案として提案する前に、アイデアを売り手と吟味することを怠ることがあります。特に、合意された条件がブローカーのメンツを潰すような内容の場合に、ブローカーは、買い手側から売り手側への条件を誤って解釈したり、不正確に伝えたりする可能性があるのです。私たちは両方の状況を目の当たりにしたことがありますが、どちらも苛立ちや再取引、信頼の低下につながる可能性があります。
エージェンシーリスクは現実的な問題であり、取引の成立を、不可能ではないにしても非常に困難にする可能性があります。これらを知った上で、エージェンシーリスクをコントロールし、部分的に軽減する方法がいくつかあります。
アンカリングについてブローカーと率直に話し合う:ブローカーは取引を成立させるよう、動機づけられています。彼らが、自らの言葉が売り手に与えるアンカリング効果に気づけば、状況が変わるかもしれません。言い過ぎがちであることをブローカーが認めるようなアンカリングの状況では、良い結果が得られましたし、教訓を得ることもできました。様々な取引やブローカーの意見へのアンカリングについて彼らと話し合い、この状況を緩和することで、信頼関係が構築でき、後々のトラブルの多くを回避することができるのです。
アドバイザリーサービスを受けるよう売り手にアドバイスする:私たちからみると、法律アドバイザーがいる売り手は、売却プロセスに対してどれだけ真剣なのかを示しています。売り手がLOIの前に法律アドバイザーや財務アドバイザーを用意していない場合は、そうするようにアドバイスして下さい。LOIには法的拘束力はありませんが、一般的には「誠実」条項が含まれており、当事者は LOI の条件に沿って取引を完了するために、誠意を持って行動する必要があることを知っておくことは、重要なことです。
売り手本人とだけ交渉する:売り手と直接交渉するだけで、解釈の過程でコミュニケーションが失われることが無いと、確信できます。そうは言っても、売り手の中には経営に非常に忙しく、売却プロセスを管理するためにエージェント、通常はブローカーに頼る人もいます。このような場合は、取引条件が書面で交渉され、売り手にコピーが渡されるようにすることが大切です。売り手には、ブローカーと交渉した条件の詳細を確認してもらうよう、私たちはお願いしています。
これらの手順によって、エージェンシーリスクがなくなるわけではありませんが、よりスムーズな交渉と締結に向けた良い道筋が示されるのです。
【1】エージェンシーリスクは、一般的に、代理人が依頼者の利益を最優先にして行動しない、利益相反の問題として定義されます。
執筆者
Eric McCarthy, CFA
(翻訳者:安部 智宏, CFA)
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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