By マーティン・フリドソン、CFA
M&A失敗の罠:なぜ多くの合併・買収が失敗し、わずかな成功例しかないのか
著者:バルク・レヴ、フェン・グー(2024年、Wiley出版)
1980年代初頭、ある有力な投資銀行がビジネススクールの卒業生グループに対して行ったプレゼンテーションの質疑応答中に、ウォール街の主要な収益源となる企業の合併・買収(M&A)の失敗率が高いとCEOが問い詰められました。これに対し、CEOは、企業買収だけではなく、企業がゼロからビジネスを構築するための社内プロジェクトも高い失敗率を持つと反論しました。しかし、失敗したM&Aに伴う資産売却が銀行家に追加手数料をもたらすという逆インセンティブについては触れず、内部成長と外部成長の成功率の比較データも挙げませんでした。
ニューヨーク大学スターン経営大学院の会計・ファイナンス名誉教授であるバルク・レヴ氏と、バッファロー大学経営学部会計・法律学教授のフェン・グー氏のおかげで、M&Aの失敗率について権威ある測定結果が明らかになりました。彼らは失敗を、買収後の売上高や粗利益率の推移、株式パフォーマンス、のれん代償却などで定義しました。40年間にわたる40,000件の取引を分析した結果、M&A取引の70%~75%が失敗していることが分かりました。これは、プロジェクト管理アプリサービス提供会社Wrike, Inc.が報告した内部プロジェクトの36%という失敗率の約2倍に当たります。
さらに憂慮すべきことに、『M&A失敗の罠』によると、失敗率は上昇傾向にあります。買収プレミアムが上昇し、平均のれん償却額も増加しています。また、企業の主要事業と無関係な会社を買収するコングロマリット型買収が再び盛んになっています。
この再興は、1960年代の多角化事業戦略の大企業が分解されてきた背景にもかかわらず起こっています。当時、多角化された事業を有する大企業の株価は、ある事業分野に特定化された企業の株式よりも割安で取引され、経営者が 積極的に行った合併・買収活動によって生じると主張したシナジー(相乗効果)を実現できなかったためです。さらに、レヴ氏とグー氏によると、企業の合併発表で使用される「シナジー」という言葉の頻度は2000年代から2010年代の間に3倍に増加しました。
投資家にとって、この本は貴重なリソースとなるでしょう。重要なM&A取引の投票に招かれるだけでなく、不適切に構想され、実行された買収によって甚大な損失を被ることもあります。膨大な取引サンプルを用いた厳密な統計分析に基づき、著者たちは成功確率を高めたり下げたりする43の異なる要因を特定しました。
例えば、取引規模が大きいほど、買収の対価の中で買収者の株式が占める割合が高いほど、また取引前年のS&P500指数のリターンが高いほど、失敗の可能性が高まることが分かっています。レヴ氏とグー氏は、分析を10の要素に凝縮し、投資家が買収のメリットを評価する際に実用的に活用できるモデルを提供しています。
この本は、豊富な定量的データをカラフルな文章で補っています。成功例と失敗例のケーススタディを交え、ヒューレット・パッカード/オートノミー、AOL/タイムワーナー、Google/YouTubeなどの著名な取引を分析し、将来の取引の結末を予測する手がかりを提供しています。
レビ氏とグー氏は、高いM&A失敗率の根本原因を探る中で、原因となる要因を指摘することを躊躇しませんでした。それらの要因には、彼らの言葉を借りれば「手数料目当ての投資銀行家」も含まれます。また、自信過剰なCEOや取締役会も挙げられています。これらの人々は、反する相当な証拠があるにもかかわらず、大規模な買収によって落ち込んだ企業の収益性や株価パフォーマンスを劇的に改善できると想像しています。CEOは、このような取引を完了することで追加の報酬を受け取りますが、取引が失敗してもペナルティを受けることはありません。
また、CEOに対する歪んだインセンティブは、前述のコングロマリット買収の再燃を説明する一因ともなっています。広範囲にわたる無関係な事業に企業の業務を広げることは、株主にとっては実質的なメリットをもたらしません。株主は多様な業界の企業の株式を保有することで、自ら分散投資を行えるからです。
これに対し、単一事業会社の経営者には、業界の低迷によってCEO報酬に悪影響を与えるリスクをヘッジする手段がありません。そのため、企業をコングロマリット化してリスクを分散することは、CEOにとっては戦略的に理にかなっています。CEOは、株主よりも直接的に意思決定に関与できる立場にあるためです。
著者は、このような利害対立を発生するエージェンシーコストを説明するとともに、企業が買収よりも内部投資を強く検討すべき理由について広範な証拠を提示しています。特に、統合に伴う厄介な課題を考慮すると、買収(「作るよりも買う」)という選択肢には多くの障害があることが示されています。また、彼らはM&Aに関連する会計問題についても触れており、特にのれんを計算する際に必要な公正価値の評価が主観的であることを指摘しています。
この議論は、レビ氏とグー氏が2016年に出版した画期的な著書『The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers(会計の終焉と投資家および経営者への新たな道)』で示した財務報告に関する専門知識に基づいています。同書は2017年6月にレビューされました。さらに、成功した競合他社企業の事業を終了させることを目的とした買収という、憂慮すべき現象についても言及しています。
本書『The M&A Failure Trap』の全体的な優秀性は、いくつかの誤った引用帰属が含まれていることで損なわれることはありません。出版社は編集者にQuote Investigator®を活用するよう指示すべきです。本書の編集者がこの必須サイトを確認していれば、P.T.バーナムが「1分ごとに一人のカモが生まれる」という言葉を発したという信頼できる証拠が存在しないことを知ることができたでしょう。
これは、多くの格言と同様に有名人の言葉とされる匿名の格言の典型例です。同様に、「予測は特に未来について難しい」という言葉についても、レビ氏とグー氏(および他の多くの著者)が物理学者ニールス・ボーアの言葉としていますが、Quote Investigatorによれば、この「滑稽な格言」の作者は不明です。ボーアは1962年に亡くなりましたが、このウィットに富んだ言葉が彼の名と結び付けられた出版物は1971年以前には発見されていません。
これらのごく軽微な編集上の欠点にもかかわらず、『The M&A Failure Trap』は大成功を収めたと評価されるべきです。巨大なM&A取引は見出しを飾ることが多いですが、株主に利益をもたらすことは稀です。「心から希望し、熱心に祈る」(そうです、リンカーンが第2次就任演説で実際に使った言葉です)という表現のように、本書が対象とする企業経営者、取締役、投資家がその重要なメッセージを受け止め、今後の行動をその教義に沿って適応させることを祈ります。そのような変化がもたらす富の破壊の減少は、社会全体にとって莫大な利益となるでしょう。
執筆者
(翻訳者:胡嘉穂、CFA)
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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