金(ゴールド)はインフレのヘッジになるのでしょうか?経験則から言えば総じてその答えは「ノー」です。しかし、金とインフレとの関係性は複雑で、ポートフォリオ構築における金の役割について包括的に断言するのは賢明ではありません。
本稿では、金は信頼できるインフレヘッジだという主張に相反する証拠を提示します。しかし、他の理由から金が分散投資の潜在的な価値については検証しておらず、否定するわけでもありません。
ゴールドラッシュ
最近の金価格の上昇を受けて、消費者物価指数(CPI)調整後の金の実質価格は2020年7月以来の最高値をつけ、2024年4月には1オンス約740ドルとなりました。それでもまだ、1980年初めにつけたピーク時の価格である約840ドルを下回っています(図表1参照)。
*本稿は2024年6月5日に掲載されたブログである。
(図表1)
この最近の上昇により、全般的なポートフォリオの分散先として、そしておそらくは特にインフレヘッジとして、金に対する関心が高まっています。本稿では、金のインフレヘッジとしての特性を、視覚的および経験的に検証します。完全な調査結果とRコードは、オンラインのR補足資料で入手できます。
インフレヘッジが果たすべき役割と、金がそうではない理由
インフレヘッジとして機能するにはインフレと連動して変動しなければなりません。インフレ率が上昇するとヘッジ商品も上昇しなければなりません。この点において、金がインフレヘッジになると言う主張は検証可能です。
初めに、図表2の散布図を見てみましょう。これは、総合(すなわち「すべての品目」の)個人消費支出(PCE)デフレーターの対前月変化と、公式データを取得できる最長期間である1979~2024年までの金のスポット価格の対前月変化月次変化率を測定したものです。
(図表2)
図表2の点がランダムに散らばっていることからわかるように、総合PCEインフレ率の変化と金のスポット価格の変化は総じて有意な相関はありません(相関係数の信頼区間は-0.004~0.162)。また最適近似線(青線)は統計的に横ばいです。CPIをインフレ指標として使っても結果は安定しましたが、その場合、オンラインRの補足資料にある通り、信頼区間の下限は辛うじてプラスでした。
しかし金とインフレの関係は安定していません。金とインフレとの関係がプラスの時もあればマイナスの時もあります。図表3は、36カ月間の移動平均でみた、金のスポット価格の月次変化と総合インフレ率の月次変化の回帰分析によって推計したローリング36カ月「インフレβ」を推計しています。
(図表3)
上記の図表に現れている、符号の変化(横の点線と系列が交差する点)と大きな誤差(信頼区間(2標準偏差)が広くほぼすべてでゼロを含む)は、金とインフレに関する通説が成り立たないことを示しています。
少なくともこのデータの証拠からは、金価格の変化がインフレに確実に連動するという考えは支持されません。しかし、そうなる時期もあれば、長期にわたって続くこともあります。
一見すると、2007~2009年の世界金融危機を除き、金とインフレの「関係性」はわずかながらも、景気拡大期(灰色の景気後退期と次までの間)には強含んでいるように見えます。ひょっとするとこれは、インフレの勢いが金との関係に大きく影響を与えてしているかもしれません。次にこの可能性を探ってみましょう。
経済理論を用いてインフレを分解する
エコノミストが使うインプレプロセスのフィリップス曲線モデルに具現化されているように、インフレは一時的な部分と継続的な部分に分解できます(Romer 2019)。継続的な部分とは基調的なインフレです。一時的な部分とは、原油価格の上昇のような一時的なショックで、その影響は普通徐々に後退します。
実務家の関心は、需要超過やインフレ期待の高まりなどによる基調インフレの上昇に金がどう反応するか、ということでしょう。この手のインフレは、粘着質で抑制に経済的コストがかかることがあります。こうしたインフレに対する金の反応については検証可能です。
そのためには、基調インフレの測定値が必要です。基調インフレの代用として、異常値を除外した中央値のような統計値を使うというのは、理論的にも経験的にも理に適っています(Ball et al 2022)。クリーブランド連銀は毎月PCEとCPIのインフレ中央値を計算しており、私は前者を使っていますが、後者の指標を使っても結果は安定しています(オンラインRの補足資料を参照)。
金価格の月次変化とPCEの中央値の変化を回帰分析した結果、通常の有意水準ではどのような関係も棄却されました(t値は1.61)。つまり、図表4のように、最良適合線(青線)の周りに形のない点が散布しているような図になりました。
(図表4)
総合インフレ率を使っても、金価格とインフレ中央値のローリング36カ月の回帰分析と似たような結果になります。つまり関係は不安定かつ変動が大きくなりました(図表5)。
(図表5)
興味深いことに、総合インフレ率を使った場合よりもインフレ中央値を使用した方が、金とのベータは標準偏差が約3倍と変動率が大きくなり、継続性は低くなります(自己相関で測定)。つまり、金とインフレ中央値との関係は、総合インフレとの関係よりも弱いように見えます(回帰分析でもこのことは確認できます。オンラインRの補足資料を参照)。
その理由として考えられるのは、金は基調インフレよりも、いわゆる「ヘッドラインショック」と呼ばれる、基調インフレとインフレの中央値の差——を問題なくヘッジしている可能性が高いということです。ただし、オンラインRの補足資料でこの説を簡単に検証しましたが、その証拠は見つかりませんでしたので、この点については本稿ではさらに掘り下げることはしません。
基調インフレが、フィリップス曲線モデルで体現しているような超過需要や期待インフレ率の上昇といった経済的要因を捉えるならば、金はそれがもたらす価格上昇圧力をヘッジするとは思えません。
金と過熱気味の経済との関係を確認するために、私はもう1つシンプルなモデルを検証してみました。四半期ごとの実質国内総生産(GDP)と米議会予算局(CBO)が推計した潜在GDPを使って、それらと金のスポット価格の変化の回帰分析を行いました。これにより、金とGDP「ギャップ」の関係、すなわち経済のスラック(余剰)の有無を測る指標としました。
仮に金が経済の加速や急拡大から生じる「デマンドプル」型のインフレに対するヘッジになるならば、金はGDPギャップの変化に正の相関を示すと推測されます。しかしながらその証拠は見つかりませんでした。
金とインフレ:不安定な関係
インフレヘッジになる商品はインフレと正の相関を示すべきですが、平均して金はそうではありませんでした。食品とエネルギー価格を除いたコアインフレ率、または異常値を除外した中央値の場合でも、金の「インフレβ」がゼロであるという仮説を棄却することはできませんでした。また、金と経済の過熱状態との関係性にも認められませんでした。しかし、金とこれら経済要因との関係性は不安定であり、金がインフレヘッジとしてうまく機能した時期もあります。
結論として、私はこれらの調査結果が、一定の状況でも金がインフレヘッジにならないとか、より一般的な意味で分散効果を発揮しないと解釈するつもりはありません。むしろ、この証拠は包括的な主張に対する警告と捉えています。
債券が常に株式をヘッジになるわけではないのと同じように、金もまた、インフレを確実にヘッジしてきたわけではないし、おそらくこれからも確実にヘッジになるわけではありません。
(翻訳者:中山桂、CFA)
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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