もし信頼性の高い割引キャッシュフロー(DCF)モデルを構築できるほど予測能力が高いのであれば、このモデル自体をそもそも必要としないだろう
この点が重要な理由は、本当の予測能力を持つことは稀であり、1枚のスプレッドシートを過信すると、自信過剰につながる可能性があるからです。実際に投資で成功するためには、(分析のための)知性と(解釈のための)知恵を融合させ、現実的な期待を設定し、合理的な価格で購入して価値が蓄積されるまで辛抱強く保有し続けることが重要です。
何よりも謙虚であることが重要です。なぜなら自信と傲慢の間には紙一重の差しかないからです。
精密さの幻想
DCFによる価値評価は、リスクと時間を調整しながら、予測キャッシュフローに基づいて投資の現時点の価値を算出する手法です。例えば、ある資産が1年後に10ドルのキャッシュフローを生むと期待される一方で、それが保証されていないと仮定します。また、安全な投資として年利回り5%が得られる選択肢があるとします。この場合、10ドルを5%で割引くと、その現在価値は約9.50ドルとなります。これは、その資産の現時点での公正価値をより正確に反映しています。
しかし、将来のキャッシュフローを予測することは、数十年先の天気を予測するようなものです。モデルに必要なすべての詳細な数値が揃っていたとしても、一度でも突発的な「気候変動」が発生すれば、モデル全体が崩れてしまう可能性があります。同様に、投資の世界においても、世界的なイベントの発生、新たな競争相手の登場、規制変更などによって、どれほど精密に設計されたDCFモデルであっても、その前提が大きく覆されることがあります。このように、長期的な確実性がいかに脆弱であるかは明らかです。
ターミナル・バリューの罠:DCF法の算定価値の80%が幻想かもしれない理由
多くのDCFモデルにおける重大な弱点はターミナル・バリュー、すなわち、予測期間を超えた企業価値の見積もり部分にあります。ターミナル・バリューは、しばしば全体の価値の最大80%を占めることがあります。これは通常、以下の2つの仮定に基づいて算定されます。
企業が何十年にもわたって生存し、成長し続けること
投資家が投資リターンを享受するまで、長期間その株式を保有し続けること
しかし、これらの仮定は疑ってかかるべきです。米国では毎年約10%の企業が破産しており、10年間生存できる企業はわずか35%に過ぎません。つまり、多くの企業は、楽観的なターミナル・バリューの予測を実現することができないのです。さらに、投資家の保有期間は、1950年代には8年だったのが、2023年にはわずか3カ月にまで短縮しています。もし株主が遠い将来のキャッシュフローを享受できるほど長く株式を保有しないのであれば、これらの予測に一体どれほどの価値があるのでしょうか?
図1.ショートターミズムの世界で遠い将来のキャッシュフローを重視する評価方法は妥当か?
DCF評価が上手くいかない事例
コダック:140年の歴史を持つ伝説的企業である同社は、1997年時点で300億ドルの価値があると評価されていました。フィルム事業のキャッシュフローを見る限り、確実な投資先のように見えました。2000年代初頭にDCF法を用いて評価していたなら、将来も安定したリターンが継続すると予測したかもしれません。しかし、デジタルイメージング技術の深化が猛スピードで進み、コダックは2012年に破産を申請しました。この事例は、DCFモデルのターミナル・バリューの仮定が、急速な技術革新という現実と衝突した典型的な例です。
ブラックベリー:同様の運命をたどったもう一つの事例です。同社は2006年時点でスマートフォン市場の50%超を支配し、「モバイル・メッセージサービスの世界的リーダー」と評されていました。DCFモデルを用いて評価する際、将来も市場での支配が何年も継続すると仮定していたかもしれません。しかし、2007年にiPhoneが登場し、ブラックベリーは市場の変化に適応できませんでした。その結果、2008年に800億ドルだった時価総額は、わずか4年で96%も失われました。新たな競争相手が業界の常識を塗り替えたとき、楽観的なターミナル・バリューは、幻想に過ぎなかったことが明らかになりました。
これらの事例に共通している点は、企業が長期にわたって競争優位性を維持するという前提が致命的に誤っていたことです。業界の変化がスプレッドシート上の予想よりも速い場合、DCFの算定価値と現実との間に大きく乖離が生じる可能性があることを浮き彫りにしています。
DCFは指針であって、青写真ではない
公平を期して言えば、投資家の中には、たとえDCFモデルが不完全な入力情報に基づいているとしても、それが企業の経済性を慎重に分析する手法として有効だと主張する人もいます。この見解自体は妥当なものです。しかし多くの銘柄、特に急速に変化する業界の銘柄において、DCF法による評価は、現実の市場の変動とはかけ離れた、純粋に学問的な演習になってしまうことがよくあります。
それでも、DCF法は哲学的な価値を持っています。この手法は、企業のキャッシュフローが事業の健全性にとっていかに重要かを強調するからです。しかし、1つの明確な目標値を定めようとすることは、絶えず変化する風景を描こうとするようなものです。その結果として得られるものは、ほんの一瞬のスナップショットに過ぎず、全体像を表している訳ではありません。
より優れた資産評価方法は存在するのか?
バリュエーションの結果は最終的な答えとするのではなく、一つの指針として捉えるべきです。データが氾濫する現代において、本当に重要な情報を見極める「知恵」は依然として不足しています。市場は一瞬で変わる可能性があるため、謙虚な姿勢を保つことが最も効果的です。高い成長性が見込まれる業界を探索し、公正価値の推定範囲に対して十分に割安な価格で購入することが重要です(一つの「魔法の数字」に頼るのではなく)。また、状況の変化に応じて前提を継続的に見直し、制度を高めていくことが求められます。
本稿ではDCF評価に焦点を当てていますが、サム・オブ・ザ・パーツ(個別事業価値の合算)分析、残余利益モデル、シナリオ分析など、他の評価手法も存在します。これらを活用することで、より多角的な視点を得ることが可能です。どのような数式も万能ではありません。
「現実的な想像力」を用いたターミナル・ポテンシャルの評価
ターミナル・バリューは依然として重要ですが、これは厳密な数値指標ではなく、定性的な指標として捉える方が効果的です。ターミナル・バリューを「現実的な想像力」として考えてみましょう。すなわち、業界や製品がどのように進化するかを評価し、消費者のニーズや規制環境が今後どのように変化する可能性があるのかを検討し、企業の適応力を測定する手段として活用する手段と考えてみましょう。「すべてが順調に進む」というスプレッドシート上の理想的なシナリオではなく、複数の可能性のある未来を想定することで、過信による誤算を防ぐことができます。
勝者を見極める:何に対してお金を払うべきかを知る
本当に長期的成長の可能性が見込まれる業界を見つけたら、次のステップは、市場環境の変化に耐えうる具体的な企業を見極めることです。
企業の長期的なポテンシャルを評価する際には、単一の評価モデルの限界にとらわれず、短期的な市場のノイズに惑わされず持続的な成果を上げている企業に共通する特徴を探ることが有益です。Amazon、Apple、Teslaは、こうした特徴が現実のビジネス環境でどのように表れるかを示す代表的な事例です。
図2.Amazon、Tesla、Appleに共通するDNA
投資家が長期的な視点を持ち、安全マージンを確保しながら計算されたリスクを取ることで利益を得られるのと同様に、同じ戦略を採用する企業もまた、景気悪化時に高い対応力を発揮することが多いものです。しかし、Amazon、Tesla、Appleのような強力なブランドであっても、時代の変化に適応できずに競争の最前線から取り残されてしまえば、「コダック・モーメント」に直面する可能性があります。
勝者を見極める:いくら支払うべきかを知る
定量的フレームワークに踏み込む前に、まず心理的フレームワーク(投資における精神的な姿勢や考え方の枠組み)を理解し、確立することが重要です。健全な心理的フレームワークの主な要素は次の通りです。
- 営業キャッシュフロー(OCF)を最優先の投資基準とする
- 企業が日々の支出を賄うのに十分なOCFを生み出せない場合、その企業への投資は見送るべき
- 初期の株価上昇を逃したとしても、高品質な企業がOCFの損益分岐点に到達すれば、致命的な資本損失を被るリスクを負うことなく、十分な成長余地が残されている
- 企業が自社の運営資金を賄えない場合、どれほど高いリターンが期待できたとしても投資を正当化することはできない
図3.
すべての資産には、おおよその「公正価値」があります。重要なのは、その基準よりも低い価格で購入することです。私たちは誰しも遠い将来を完全に見通すことはできないため、極めて長期的な予測を試みるのは賢明ではありません。代わりに、成長余地が十分にある業界の企業に着目して、現実的な「正常化されたキャッシュ利回り」を見積もることを目指すべきです。
では、「正常化されたキャッシュ・イールド」とは何でしょうか?シンプルな例えを挙げると、年利5%の銀行預金は、予測可能な5%の「正常化されたキャッシュ・イールド」を生んでいると言えます。
株式の場合、保証された利回りは存在しません。そのため、一つの事業サイクル(典型的には3〜4年)を通じて、企業が現実的にどの程度のキャッシュを創出することができるかを見積もります。そして、この数値を現在の市場評価と比較する必要があります。ファイナンスの観点では、3〜4年の平均キャッシュ・イールドを算出することが重要です。この利回りが、成長見込みや取引コストの相違を考慮した上で、自身の資本コストや他の投資可能な選択肢を上回るのであれば、その投資には安全マージンが確保されていると言えます。
長期的な視点を持つ:時間をかけて集中した強靭なポートフォリオを構築する
今日の高速な取引環境では、多くの投資家がマルチプルの拡大による短期的な利益を追い求め、価値を創出するというよりも、単に再分配しているのが現状です。すべての投資家が誰しも数十年にわたって投資できるわけではありませんが、5年程度の投資期間を設定すると、最適な結果をもたらすことが多いとされています。5年という期間があれば、企業の本質的なファンダメンタルズが明らかになり、日々の価格変動というノイズを抑え、複利の力を最大限に活用することができます。
過去100年にわたるS&P500のデータがこれを裏付けています。一般的に言えば、保有期間が長くなるほどリスクとリターンのバランスは改善される傾向にあります。時間は強力なフィルターとして機能し、短期的なボラティリティによって有望な投資を早期に手放してしまうリスクを和らげます。
図4.S&P 500の100年のデータ:保有期間とリスク・リターンの関係
重要なポイント
DCFの評価は、数値的な明確さを提供する魅力的な手法ですが、その「評価価値」の80%は不確実なターミナル・バリューの前提に依存しており、非常に脆弱です。真の投資の成功は、通常、バランスの取れたアプローチから生まれます。すなわち、情報に基づく想像力、規律あるポートフォリオの構築、そして複利の効果が発揮されるのに十分な時間を組み合わせるアプローチが重要です。安定したキャッシュフローを生み出す企業に注目し、適正な価格で購入し、忍耐強く保有することで、市場の荒波にも耐えられるポートフォリオを築くことができます。未来を見通す超能力は必要ありません。
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(翻訳者:河野俊明、CFA、CAIA、CPA)
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資勧誘を意図するものではありません。
また、CFA協会または執筆者の利用者の見方を反映しているわけではありません。