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CFA協会ブログ

         

No.697

2025年2月3日               

M&Aの成功のカギとは?答えはデューデリジェンスにあり
What’s the Winning Ingredient in M&A? The Answer Lies in Due Diligence

 
M&Aは、もはや単に取引を成立させることを目的とするのではなく、長期的に持続する価値を創出することが求められています。しかし、M&A取引の70~90%が失敗する現状を考えると、その原因の多くは不十分なデューデリジェンスにあると言えます。今日の変化する市場環境において、企業は単なるリスク評価を超え、価値創出を重視したデューデリジェンスを実施する必要があります。これは、財務データの分析だけでなく、事業の強靭性、技術力、企業文化の適合性などを総合的に評価するアプローチです。
PitchBookの最新データによると、好調なマクロ経済環境とバリュエーションの安定化が追い風となり、2024年のグローバルM&A市場は力強い成長を遂げました。北米では1万7,509件の取引が成立し、取引総額は2兆ドルを超え、前年比で取引金額は16.4%増加し、取引件数も9.8%増加しました。
資本市場全体の減速傾向にもかかわらず、企業は引き続き戦略的買収を推進しており、その背景には債券収益への依存度の低下があると考えられます。
企業主導であれ、プライベート・エクイティ主導であれ、M&Aの成功を決定づける重要な要素は、強力なデューデリジェンスです。これによって、対象企業の強み、弱み、成長の可能性を詳細に把握することが可能となり、正確な企業価値評価を得ることができます。
このプロセスは、従来のリスク評価の範囲をはるかに超え、事業運営力、技術力、リーダーシップを考慮した、より包括的で価値創出を重視したアプローチへと進化しています。
 
M&Aデューデリジェンスにおける価値創出へのシフト
アクセンチュアの最新の調査によると、企業のデューデリジェンスに対するアプローチに大きな変化があることが明らかになりました。従来、デューデリジェンスの主な目的は、リスクを特定し、それを軽減または排除することにありました。しかし現在、先進的な企業は、デューデリジェンスを、詳細な価値創出計画を策定するプロセスとして活用するようになりつつあります。この計画の範囲は、取引前の段階から始まり、取引後の統合プロセスにまで及びます。
アクセンチュアの調査では、この変化が不可欠であることが示されています。特に、プライベート・エクイティ・ファンドのリーダーの83%は、「現在のデューデリジェンス手法には大幅な改善が必要」と回答しており、特に投資戦略全体との整合性に課題を抱えていると指摘しています。
包括的なM&Aデューデリジェンスを実施することで、企業は単なる財務データの評価にとどまらず、事業運営力のレビュー、トップダウンでのリーダーシップ評価、現在および近未来の技術環境の分析を行うことができます。例えば、生成AIや予測分析を活用することで、デューデリジェンスのスピードを向上させ、より短期間で深い洞察を得ることが可能になります。
 
包括的なデューデリジェンスによるM&A取引のリスクの軽減
M&Aにおける包括的なデューデリジェンスを実施することで、対象企業の現在の状態を把握し、将来の成功に向けたロードマップを描くことができます。これにより、買収サイドと被買収サイドの双方が、M&A取引によって生じる強み、負債、全体的な実現可能性を十分に理解することが可能になります。リーダーの44%が「質の高い第三者データの不足が、効果的なデューデリジェンスの最大の障害である」と指摘しており、この包括的なデューデリジェンスの重要性が不可欠となっています。
デューデリジェンスは以下の方法でM&A取引のリスクを軽減する:
  •  事業運営力、技術インフラ、リーダーシップの準備状況を徹底的に分析できる
  • 取引後の統合を阻害する可能性のある文化的な摩擦を特定できる
  • AIやデータ分析などの先端技術を活用して、大量のデータを精査することで、従来であれば数カ月かかる洞察を短期間で得ることができる
 
ケーススタディ:資産評価の過大評価、もしくは過小評価がもたらす影響
デューデリジェンスの欠如により、M&A取引の失敗確率が70~90%に達することが繰り返し証明されています。これは驚くべき数字ですが、ではなぜ多くの統合企業が、期待された成功を収められないのでしょうか。
市場に対して、企業やブランドを統合する意義を明確に示せていないケースが非常に多く見られます。時には、一見すると無関係に見える2社が合併する理由が不明瞭なこともあります。そのため、初期段階で明快かつ統一されたビジョンを構築することが不可欠です。取引を適切に進められなければ、資産、人材、株主に甚大な損失をもたらすおそれがあり、場合によっては破綻に至ることすらあります。
 
歴史上最も高額なM&Aの失敗事例
2000年に行われたAOLとタイム・ワーナーの合併は、総額1,650億ドルに上りましたが、2009年には解消される結果となりました。この失敗の要因は、企業目標の不一致、文化的な相違、そして両社のシナジー効果の過大評価にありました。
AOL-タイム・ワーナーの失敗事例は、より深く統合されたデューデリジェンスの必要性を示しています。ここで求められるデューデリジェンスには、財務パフォーマンスの評価に加えて、企業文化、技術、業務の各側面において、合併後の円滑な統合プロセスを準備するための分析が含まれます。
 
M&Aデューデリジェンスにおける主要課題
M&Aのデューデリジェンスは決して容易なものではありません。以下に、特に頻出する課題と解決策を示します。
課題①: コミュニケーション不足
軽減策:
  • 明確なコミュニケーションチャネルを定義する
  • 役割と責任を明確にする
  •  頻繁に最新情報を共有する
  • オープンな対話を促進する
課題②:データ量の過多
軽減策:
  • 安全なデータ統合プラットフォームを導入し、利害関係者が必要な資料を適切に保存・共有・アクセスできる環境を整える
課題③: 経験不足
軽減策:
  • 財務アドバイザー、企業会計および税務に精通した会計士、M&A専門の弁護士など、経験豊富な専門家を雇用する
課題④: 何が分かっていないのかが分からない
軽減策:
  • 適切に状況把握できるよう、デューデリジェンスのチェックリストを作成し、体系的なアプローチと監視システムを導入する
課題⑤: 時間不足/短すぎる納期
軽減策:
  • タスクの優先順位を明確にし、リソースを効率的に配分するとともに、現実的なタイムラインを設定する
課題⑥: 文化的規範やアプローチの違い
軽減策:
  • 可能な限り早い段階で企業文化の評価を実施する。これにより、円滑なコミュニケーションの基盤を築くとともに、すべての関係者がギャップを埋め、方向性を一致させる方法を確立できる
 
デューデリジェンスにおけるテクノロジーの活用
アクセンチュアは、テクノロジーがデューデリジェンスのあり方を大きく変えつつあることを強調しています。生成AIと機械学習の活用により、以下のことが可能になります。
  • 資料収集や分析などの定型業務を自動化
  • データ処理を高速化し、手作業によるデューデリジェンスに比べ最大30%の時間を短縮
  •  財務パフォーマンス、業務リスク、リーダーシップに関する、より深い洞察を提供
  •  市場環境を継続的にモニタリングし、デューデリジェンス・プロセスをリアルタイムで更新する。これにより、企業は現実の高速取引環境に対して迅速に対応することが可能となる
これらのテクノロジーを導入するプライベート・エクイティ・ファンドは、より多くの案件を検討し、より優れた洞察を導出するとともに、最終的により賢明な投資判断を下すことができます。アクセンチュアの調査によると、PEリーダーの62%が「生成AIがM&Aプロセスを変革する」と予測しており、多くの企業がすでにAIソリューションへの投資を拡大しています。
 
M&Aの未来はデューデリジェンスにかかっている
デューデリジェンスを単なるチェックリストとして扱う時代は終わりました。今日のM&A環境では、より包括的で価値創出に重点を置いたアプローチが求められています。テクノロジーは、洞察を抽出し、取引の成功を支える上で重要な役割を果たすようになっています。この進化を受け入れ、AIを活用し、包括的なデータソースを統合し、リーダーシップ戦略を適切に整合させることができる企業は、価値を最大化し、リスクを最小化する上で優位に立つことができます。
正確で信頼性の高いデューデリジェンスはM&Aにおける株主リターンの最大化に不可欠です。綿密な分析は、商業的、財務的、文化的な成功と失敗を分ける決定的な要因となり得ます。
 
1. 2024 Mid-Year Outlook: Global M&A Industry Trends(プライスウォーターハウス・クーパーズ(PwC))
 
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(翻訳者:河野俊明、CFA、CAIA、CPA)
 
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資勧誘を意図するものではありません。
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