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CFA協会ブログ

         

No.702  


                                                                                                                                           2025年3月21日

一週間で数十年分の変化:ドイツ財政政策の躍進と世界への影響
Decades in a Week: Germany’s Fiscal Breakthrough and Its Global Impact 

 
先週、ユーロ圏にとって分岐点となる出来事があり、このことが欧州経済政策の根本的転換を示唆するものかもしれません。ドイツで政権運営する連立政権は、GDPの12%から18%という大規模な財政パッケージを発表しました。これには5,000億ユーロのインフラ基金創設や防衛支出に対する債務制約の緩和も含まれており、従来の輸出促進(Exportweltmeister)の経済モデルからの脱却を意味しています。
ドイツ人には「ジーザス・モーメント(Jesus moment、大転換点)」という言葉がありますが、まさに資本輸出国(Exportweltmeister)から国内投資を優先する国への転換の必要性を認識しているのです。EUR/USDの為替レートが重要な伝達メカニズムとなりながら、マクロ経済体制への政策転換が始まるのです。
「ベターリッジの法則(Betteridge’s Law of Headlines)」によれば、ニュース記事の見出しに疑問符がつけられている場合、その答えは通常 「ノー」です。同様にして、私が2022年9月にEnterprising Investorに投稿した記事「ユーロは投資対象となり得るのか?本日の為替の問題です」というタイトルについて疑問符をつけたのも、ユーロは投資不可能だという状態は一時的なものであるという視点を強調する目的からでした。
今日この場に立つと、フリードリッヒ・メルツ(Friedrich Merz、ドイツの次期首相候補)が私の記事を政策委員会の掲示板に都合よく貼り付けていて、『EU競争力に関するドラギ・レポート』と並べていると皆さんが思っていても仕方がないかもしれません。もちろん、このことは政策的な考え方が一致している可能性があり、トランプ2.0からの強烈な警鐘によって強化されたのでしょう。
私が2022年に執筆した記事でも、欧州中央銀行(ECB)は財政当局の役割を担うというアトラス・シンドローム(Atlas Syndrome)から脱却し、ユーロ建債券の市場主導による価格発見を可能にすべき、と主張していました。今まさに、その転換が起きつつあるのです。
ECBは資産購入プログラム(APP)とパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)を廃止し、現在は量的引き締め(QT)の道を歩んでいる。ECB総裁ではなくドイツの次期首相候補から「必要なことは何でもする」という言葉が発せられた点は、非常に心強いといえるでしょう。
レーニン(Lenin)の有名な言葉に、「何も起こらない数十年がある一方、数十年分の変化が起こる数週間がある」というものがあります。この名言は使い古されているかもしれませんが、先週の市場変動の大きさを考えれば、この名言が引用されるのは当然だと考えます。10年物米国債とドイツ債のスプレッド(米国債対ドイツ債)は約44bps縮小し、ベルリンの壁崩壊以降で最も大きな変動を見せた先週は、相対資産価格とポートフォリオ・バランス・アプローチがEUR/USDのパフォーマンスを決定する重要な要素であることを改めて認識させられました。もっとも、先週、EUR/USDが1.04から1.08台まで急騰したこと自体には何の驚きもありません。
国内投資への注力が強まれば、ユーロ圏の純国際投資ポジション(IIP)の黒字は縮小し、赤字に転じる可能性さえあります。もちろん、コップを唇に持っていくにはいくつもの難関があるという諺のように、達成するまでには多くの壁があります。まず、財政パッケージは、連邦議会と連邦参議院を通過しなければなりません。また、財政均衡を維持するというドイツの根強い文化「Schwarze Null(借金ゼロ)」を複数のレベルで克服しなければなりません。それにもかかわらず、市場の期待は、ドイツが本当に転換点に到達したという考えに一致しています。
米国債利回りが低下(10年物米国財務省証券の利回りは約30bps低下)する一方、ドイツ国債利回りは上昇(ドイツ10年物国債利回りは約50bps上昇)しており、クロスボーダー・ポートフォリオのリバランスとEUR/USDのパフォーマンスに影響を与えています。
海(大西洋)の反対側では、我々はドナルド・トランプ大統領の発言を真剣に受け止めるよう喚起されていますが、文字通り受け止めるべきではありません。ただし、市場参加者にとっては不確実性の高まりを意味するのです。金融市場や意思決定全般に関する最近の学術文献では、リスクと不確実性を明確に区別する点が強調されています。
リスクは、結果や確率が明確に定義されている状況で発生するものです。一方、不確実性や不透明感は、結果や確率が不明確または未知の状況を指します。これらの考え方は、約1世紀前にフランク・ナイト(Frank Knight)やジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)といった思想家によって初めて提唱されたものですが、学術文献で正式に詳述されるようになったのはここ30年ほどのことです。深い不確実性と不透明感の中で始まりつつあるトランプ2.0時代には、特に重要な意味を持つと言えるでしょう。
政府支出に対するトランプ大統領の「考える前に行動する」というアプローチや、関税をめぐる持続的な政策の不確実性が続くことで、成長や雇用に対する懸念が高まっています。もちろん、これらのトピックは不確実性とリスクに関するより詳細な記事で書く価値があるものではありますが、そこではおそらく「投資できない」という言葉とそれに続く疑問符も含まれるだろうと思います。
 
要点
ECBが金融政策の正常化を進めている裏側で、ドイツが財政政策を転換しようとする勢いで、歴史的な市場変動が起きました。先週、債券利回りはベルリンの壁崩壊以来の大幅な変動に見舞われ、10年物米国財務省証券とドイツ国債のスプレッドが44bps縮小し、EUR/USDは1.04から1.08へと急騰しました。
ドイツが国内投資に再回帰するにつれ、ユーロ圏の純国際投資ポジション(IIP)の黒字は縮小するか、赤字に転じる可能性さえあります。借金ゼロ(黒字ゼロ)文化からの脱却という難題はあるものの、政策転換を実現するドイツの政治的明瞭さは、大西洋を挟んだ政策の不確実性とは対照的です。政策が不透明で、「考える前に行動する」アプローチを特徴とするトランプ時代の予見可能性がない政権運営が戻ってきたことで、投資家はリスクと不確実性の高い状況に直面しています。
EUR/USDの両ダイナミクスが転換する中、投資家は長期的な変革の可能性と短期的なノイズを比較検討し、これがある程度長期的に通用するトレーディング方針なのか、それとも市場のボラティリティの新たな一章に過ぎないのかを検討する必要があるのです。
 
 
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(翻訳者:篠原 央士、CFA)
 
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