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CFA協会ブログ

         

No.703  


                                                                                                                                           2025年3月28日

変化する世界における気候リスクのモデル化
Modeling Climate Risk in a Changing World

 
   気候リスクは、経済、金融システム、そして社会全体に影響を及ぼす、現代の最も困難な課題の 1つとして浮上しています。まれに発生する壊滅的な物理的事象から、政策や消費者行動の突然の変化まで、気候リスクに内在する不確実性により、正確なモデル化が極めて困難になっています。
   この記事では、気候リスクのモデル化の複雑さについて、社会的および政治的変化から生じる物理的リスクと移行リスクの両方に焦点を当てて考察します。さらに、金融リスク管理と経済資源配分への影響についても考察します。
 
レジームの変化とデータの問題
   物理的気候リスクモデリングの核心は、急速に変化する気候レジームに対処するという課題です。歴史的に、リスクモデルは過去の事象を記述する膨大なデータセットに依存してきました。しかし、気候変動について、将来のリスクイベントの証拠は、過去の記録にはまだ存在していません。
   さらに、確率分布の「左側のテール」、つまりまれではあるが壊滅的な損失を表す領域をモデリングすることは、レジームの変化を想定しなくても困難です。定義上、極端なイベントは過去のデータでは十分に表現されていませんが、それらはまさに壊滅的な結果をもたらす可能性のある事象です。
   例えば、洪水防御、都市計画、農業投資は、過去の気候パターンに基づいている可能性があります。しかし、気候変動によって気象パターンが変わり、極端なイベントの頻度と深刻度が増すと、過去のデータは将来のリスクに関して信頼できる基準ではなくなります。
   これらの新しいレジームに関する正確なデータがなければ、モデルはそのような事象の可能性と影響を過小評価し、地域社会や金融機関を予期せぬショックにさらすことになりかねません。
 
バタフライ効果
気象学者エドワード・ローレンツが 「バタフライ効果」と名づけた現象は、気候リスクのモデル化をさらに難しくしています。この現象は、地球の気候のような複雑なシステムが初期条件に対して極めて敏感であることを浮き彫りにします。入力データにわずかな誤差があっただけで、大幅に異なる出力をもたらす可能性があるのです。例えば、温度、湿度、風速の入力にわずかな相違があると、数十年先の未来に拡張した場合、完全に異なる気候予測につながることがあります。
   実際問題として、2030年または 2040年の天気や気候の傾向を予測する気候モデルは、高い不確実性に直面します。気候システムの複雑な性質により、最先端のモデルであっても、わずかに不完全なデータを入力すると、信頼性の低い予測をもたらす可能性があります。
   この「複雑さ」は金融リスク管理にも影響を与え、気候モデルの出力が金融モデルの入力となると不確実性が重なり合い、最終的な物理的リスクの予測が無価値になる可能性があります。
 
移行リスクの複雑性
   物理的リスクは異常気象などの直接的な影響から生じますが、移行リスクは低炭素経済への移行による経済的および財政的影響を指します。これには、排出に対する政治的制限、消費者需要の変化、技術の変化、さらには地政学的緊張など、さまざまな要因が含まれます。
   移行リスクは、不確実性の高さが特徴です。多くの場合、これはいわゆる「未知の未知」、つまり過去に経験したことのない予期せぬ出来事によって引き起こされます。言い換えれば、私たちはモデル化や意思決定を行う際にこれらのリスクを考慮する必要があることにさえ気づいていません。
   例えば、炭素排出量の削減を目的とした政策を考えてみましょう。これらの政策は善意から来ているものの、化石燃料に大きく依存する産業に混乱をもたらす可能性があります。これらのセクターの企業の株価は急落し、これらの産業に依存している地域では景気後退が発生する可能性があります。
   さらに、消費者の嗜好は急速に変化しており、市場の力によって移行のペースが予測できない方法で加速または減速する可能性があります。こうした二次的および三次的影響はすべて、政策が発表された当初には明らかではない可能性があります。
   金融リスク管理は、従来、比較的安定した状況でうまく機能する統計モデルに依存しています。しかし、移行リスクに直面すると、未来は過去とは似ていないため、これらのモデルは苦戦します。移行リスクを引き起こす事象は前例のないものであることが多く、その影響はシステミックかつ非線形になる可能性があります。
   移行リスクの領域では、ナシム・ニコラス・タレブのようなリスク管理の専門家のアドバイスが特に重要になります。「ブラックスワン」イベントに関する研究で知られるタレブは、未知の未知に直面したときは、極端な不確実性を考慮した戦略を採用する方が賢明であると主張しています。
彼のアプローチは、リスク管理者は、起こり得るすべての結果を正確に予測しようとするのではなく、ショックを吸収できる回復力のあるシステムの構築に重点を置くべきだと示唆しています。これには以下が含まれます。
         分散: 単一の資産またはセクターへの過度な集中を避ける。
         冗長性: 不測の事態に対処するための余力の安全マージンを構築する。
         柔軟性: 変化する状況に適応できる政策と金融商品を設計する。
         ストレステスト: システムがストレス下でどのように反応するかを評価するために、極端なシナリオを定期的にシミュレートする。
   これらの戦略を採用すると、根本的な要因を予測するのが難しい場合でも、移行リスクの影響を軽減するのに役立ちます。
   このアプローチの妥当性は、最近のカリフォルニアの山火事で浮き彫りになりました。気温の上昇、干ばつの状況、降雨パターンを考えると、統計的な観点からは、山火事の増加の一般的な傾向は予測可能だったかもしれませんが、その事象の時期、場所、深刻さは予測できませんでした。
   リスク管理者として私たちが予測したいのは、山火事の発生だけでなく、その事象の深刻さです。だからこそ、金融機関は気候リスクをリスク管理のフレームワークに組み込む必要があるのですが、複合的に重なる不確定要素のため、リスク評価の誤りや資本配分の誤りにつながる可能性があるという大きな課題があります。
 
次は?
   データ不足の問題と予測の問題は、ある程度までは解決されるかもしれません。気候リスクのモデリングを改善する有望な方法の1つは、学際的な知見を統合することです。データサイエンス、機械学習、複雑性理論の進展は、従来の気候モデルと金融モデルの予測機能を強化するツールを提供します。
   例えば、複数のモデルを並行して実行してさまざまな結果を提供するアンサンブルモデリングは、各モデルに固有の不確実性を捉えるのに役立ちます。
   さらに、センサー、衛星、IoT デバイスからのリアルタイムデータを組み込むと、より詳細なインプットが提供され、気候モデリングにおいて結果の乖離につながる誤差の一部が軽減される可能性があります。ただし、これらの技術の進歩は、その限界を十分に認識した上で統合する必要があります。
   モデルが複雑になるにつれて、初期条件が正確に把握されていない場合に連鎖的なエラーが発生する可能性も高くなります。
   政策立案者と規制当局も、気候リスクが金融の安定性に与える影響に取り組んでいます。ストレステストとシナリオ分析には、従来の金融リスクだけでなく、気候関連リスクも組み込むべきだというコンセンサスが高まっています。
   例えば、欧州中央銀行 (ECB) と米国連邦準備制度は、気候ショックに対する金融システムの回復力を評価する研究を開始しました。
   これらの規制の取り組みは、気候科学、金融モデリング、および政策分析を統合したリスク管理への総合的なアプローチの重要性を強調しています。気候リスクがグローバルな経済の安定にますます重要な要素となる中で、これらの分野間の連携が、物理的リスクと移行リスクの両方に対抗するために不可欠になります。
 
重要なポイント
   気候リスクのモデル化は、今日のリスク管理において最も困難な取り組みの1つです。物理的なリスクを予測することの難しさは、急速なレジーム変化が進む状況下での正確なデータの不足と、バタフライ効果の予測不可能な性質に起因しています。移行リスクは、多くの未知の未知が存在するなかで社会的、政治的、経済的な不確実性の層をもたらすことで、これらの課題をさらに複雑にしています。
   金融機関と政策立案者がこれらのリスクを軽減しようとする中、学際的な知見を統合し、新しいテクノロジーを採用することで、モデルの予測力を向上させる希望が生まれますが、リスク管理に対する慎重かつ堅牢なアプローチが依然として最も重要です。
 
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執筆者
Ladislao Vidal, CFA
 
(翻訳者:村上みさき, CFA)
 
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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