地政学的な緊張や市場ボラティリティ(変動率)、経済的な不確実性が高まる時期には、投資家の感情は迷い、投資判断の決定に影響を与えるリスクとなります。往々にして性急に反応したい衝動に駆られると、長期リターンを損なう判断を下しかねません。感情バイアスとは何かを理解し、管理するだけでは不十分です。世の中を騒がせるニュースが飛び交うときには、地に足をつけていることが重要なのです。
感情バイアスは目新しい概念ではありません。何世紀も前からそうした事例には事欠かないし、最近では、ノーベル経済学賞を受賞した故ダニエル・カーネマンなどの行動経済学者によって多くの論文が発表されています。例えば、株式市場で何かが起こると、人は無意識に行動したくなります。自信過剰になり、乗り遅れることを恐れます。また、相関関係を因果関係と混同してしまいます。そして、魅惑的だけれど達成不可能な高い期待リターンに吸い寄せられてしまうのです。歴史を理解し学ぶことで、投資家は感情バイアスと、先人たちが犯してきた過ちを回避できるのです。
今日の市場とニュースの見出しを取り巻く不確実性を踏まえると、何世紀もの間投資家が足をすくわれてきた行動にまつわる落とし穴をいま一度見直すことは有意義です。近著、Trailblazers, Heroes, and Crooks: Stories to Make You a Smarter Investor (未翻訳、仮邦題「先駆者、ヒーロー、ペテン師:賢い投資家になるための知っておきたいこと」)でも多くの紙面を割いています。
感情バイアス1:市場が暴落した時のパニック売り
株式市場が暴落すると、投資家は売らなければならないと感じるかもしれません。しかし、ともすればそれは最悪のタイミングで売ることです。むしろ、マスタリーインアクティビティ(巧みな静観)として知られる、静観すべき時を見極める戦術の方が良いのです。これは、ローマの独裁者ファビウスが、歴史上最も偉大な軍師の1人であるカルタゴのハンニバル将軍を破った第2次ポエニ戦争(紀元前218~201年)にまでさかのぼります。
ハンニバル将軍は当初、ファビウスと直接対決しようとしますが、ファビウスはそれに応じず、時間を稼ぎ、軍を整えました。また、1974年にザイールで行われたキンシャサの奇跡として知られるボクシングの試合も良い事例です。アフリカのムハンマド・アリが、有名なロープ・ア・ドープ戦略(ロープに背をつけて相手の攻撃を受け流し、消耗させる戦術)でマスタリーインアクティビティを用いて、ジョージ・フォアマンを倒しました。
1975年、インデックス・ファンドの先駆者ジャック・ボーグルは、バンガード・グループを創業し、長期のバイ・アンド・ホールド投資を目的とした初めてのインデックス・ファンド投資信託を発表しました。ボーグル曰く「市場を動かすニュースが出て、証券会社が電話で『何か買え(売れ)』と言ったら、『何もせずに、そこに立っている』のが自分のルールだ、と言いなさい。」
では、株式市場が暴落した後で投資家がパニックになるとどうなったかを見てみましょう。米国株式市場が最も暴落した上位10回は、1987年、1997年、2008年、2020年に起こりました。日中の下落率は-20%~-7%であり、中央値(または中央レンジ)は-8.9%でした。もしもパニックになって売っていれば、これが損失として確定したでしょう。反対に、巧みな静観戦術を取っていれば、どうなったでしょうか。
下落後の10営業日を見ると、10回のうち7回は相場が上昇し、1回は横ばいで終わりました。下落し続けたのは2回だけでした。この2回はどちらも、10営業日経った直後に市場は反発しました。総じて、短期的なリバウントの中央値は5.5%でした。つまり、極端に悪い事象が起こった場合、平均して巧みな静観戦術は奏功しているのです。
感情バイアス2:投資能力を過信する
感情と行動バイアスは、相対的なパフォーマンスの低迷につながる傾向にあります。投資家は自分の能力を過信する傾向にあるという大きなバイアスが、多くの研究で確認されています。自信過剰は過度な取引につながることがあります。古典研究において、カリフォルニア大学デービス校のブラッド・バーバー教授とテレンス・オディーン教授は、1991~1996年まで、66,000を超える世帯のディスカウント・ブローカー口座を調査しました。市場全体の年率リターンが17.9%だったのに対して、最も取引が多かった投資家のリターンは市場全体を6.5%下回りました。1998年、チャールズ・エリスはベストセラー本「敗者のゲーム」を刊行しました。エリスは著書で、素人テニスプレーヤーがプロ選手のようにプレーしようとしても、結局は負けると書いています。投資も同様で、過度に取引を行い、市場を上回るパフォーマンスを上げようとするよりも、単にインデックス・ファンドを買い持ちする方がうまくいく可能性が高いのです。
感情バイアス3:乗り遅れることへの恐怖
投資家の感情的反応の中でも最悪なのがFOMO(Fear of missing out)、つまり、乗り遅れることへの恐怖です。これも新しい投資現象ではなく、少なくとも3世紀ほど前の天才数学者で物理学者のアイザック・ニュートンのケースが有名です。1720年、ニュートンは南海会社(サウスシー・カンパニー)株に投資して売り抜け、巨額の富を築きました。その後も株価が上がり続けるのを見たニュートンは、相場上昇に乗り遅れることを恐れ、再び南海会社の株を購入したのです。しかしそれは、まさに相場の天井でした。
結局、ニュートンは今の価値で数百万ドルの損失を被ったのです。噂によるとニュートンは、「私は天体の動きを計算できるが、人々の狂気を計ることはできない」と言ったそうです。最近でも、ゲームストップのような仕手株に乗り遅れまいと熱狂した揚げ句、多くの投資家が焦げ付いています。いったん売ったら、振り返ってはならないのです。
感情バイアス4:相関関係があると、因果関係もあると思い込んでしまう
相関関係があるからといって、因果関係があるわけではありません。次の例を見てみましょう。2021年にワシントンポスト紙に「ロナウド、コカ・コーラに興味なし。時価総額が40億ドル減少」という見出しが踊りました。サッカー欧州チャンピオンズ・リーグの記者会見の場で、ロナウドが自分の前に目立つように置かれていた2本のコカ・コーラのビンを押しのけた、というのです。
コカ・コーラは公式スポンサーの1社だったので、これはショッキングなニュースでした。ロナウドはコカ・コーラを水のビンに交換させ、「コーラではなく水を飲もう」と言いました。しかし、コカ・コーラ株の下落はロナウドとは関係がありません。むしろその日は配当落ち日だったので、需給要因から株価の下落は予想されていたのです。
もう1つ相関関係と因果関係を混同してしまう例で、スーパーボウルを見てみましょう。スーパーボウルはアメリカンフットボール(NFL)の最高峰を決める一発勝負の決勝戦で、アメリカン・フットボール・カンファレンス(ANC)とナショナル・フットボール・カンファレンス(NFC)の優勝チームが激突します。今年で59回目になるスーパーボウルですが、最初の22回のうち20回でNFCのチームが勝つとその年の株式市場は上昇し、NFCが勝つと弱気相場になるという「スーパーボウル指数」がニュースとして大きく取り上げられました。しかし、アメフトの勝者チームがその年の株式市場の結果の原因になるなんてありえるでしょうか。むろん、何も根拠はありません。予想通り、スーパーボウル指数はもてはやされましたが、偽りであることが証明されています。相場が予想通り動くかなどわからず、何ら因果関係もないのに予想するようなものです。疑似相関に騙されてはなりません。
感情バイアス5:都合のいい真実だけを信じたがる
1999年、ニューヨークメッツのオーナー、フレッド・ウィルポンは、ボビー・ボニーヤ選手の獲得に合意し、同選手に年率8%相当の据置型年金の支払いを保証しました。いったいなぜでしょうか。ウィルポンと家族は、1990年1月~1999年6月まで14%以上の安定した年間リターンを実質的に無リスクで提供するファンドに、巨額の資金を投じていたからです。
のちにウィルポンは知ることになるように、このファンドは悪名高い詐欺師のバーニー・マドフが運用する、史上最大の詐欺の1つであるポンジ・スキーム(運用実態がないにもかかわらず、高利回りを謳って資金を集める投資詐欺の一種)でした。見かけのリターンは真実ではなかったのです。良すぎてうさん臭く見えるものは、おそらく都合がいいものですが、実際には真実からかけ離れていたのです。
地経学リスクの高い時代における感情抑制の重要性
同盟関係の変化からサプライチェーンの再構築に至るまで、地政学と地経学戦略が世界の投資環境を方向づける傾向が強まる中、投資家はかつてないほど複雑で感情が揺さぶられる環境に直面しています。世界中のニュースをコントロールすることはできないけれど、その対処法を管理することはできます。投資家の取れる戦略の中で、感情の抑制は引き続き最も評価されていないスキルの1つです。
恐れ、自信過剰、反射的な行動は、特に変動の激しい時期に誤った意思決定につながることが多いことを歴史は思い出させてくれます。重要なことは感情を排除することではなく、感情を認識し、考慮して、投資判断を感情に左右されないことです。CFA協会のGeoeconomics and Financial Markets(地経学および金融市場)のページで特筆しているように、今日のレジリエンス(回復力)とは、単に分散することではなく、不確実な環境を、明確な長期見通しで切り抜けていくための忍耐強さ、意識、規律を養うことなのです。
(翻訳者:中山桂、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2025/04/21/investing-through-uncertainty-5-lessons-in-emotional-discipline/
注)当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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