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CFA協会ブログ

         

No.714


                                                                                                                                           2025年6月10日

投資運用におけるAI:最前線からの5つの教訓
AI in Investment Management: 5 Lessons From the Front Lines

 

マーカス・シュラー(Markus Schuller), ミッシェル・シスト(Michelle Sisto), PhD, ヴォイテック・ウォヤチェク(Wojtek Wojaczek), PhD, フランツ・モア(Franz Mohr), パトリック・ヴィーアックス(Patrick J. Wierckx), CFA , ユルゲン・ジャンサン(Jurgen Janssens)

 

投資運用業界は、今重要な転換点に立っています。人工知能(AI)が伝統的な投資プロセスや意思決定の枠組みを変革しようとしているからです。ポートフォリオマネジメントから企業分析に至るまで、AIの能力は効率性を向上させ、専門性を高め、新たな知見を掘り起こすなどまたとない機会をもたらします。一方で、過度に依存してしまう、規制面での課題を抱える、倫理的な配慮が必要になる、などのリスクも伴います。

 

本記事では、投資専門家、研究者、規制当局者からなるチームが,金融専門家向けの隔月刊ニュースレター「Augmented Intelligence in Investment Management」の発刊を通じ、現場の最前線で得た知見を踏まえて教訓を整理したものです。

 

ここでは、その応用事例、限界、およびプロの投資家に与える影響に焦点を当てつつ、AIが投資業界にどのような変革をもたらすのかを解明していきます。最近の研究と業界の動向を詳しく検証していきながら、皆様が、この絶えず変化する状況のなかでうまく進んでいけるよう実践的な適用を身につけてもらうことを目指します。

 

教訓その1: 自動化ではなく、拡張

投資運用におけるAIの主な価値は、人間の能力を置き換えるのではなく、それを拡張することにあります。2025年のESMA報告書によると、欧州連合(EU)域内で認可された44,000件のUCITSファンドのうち、正式な投資戦略にAIまたは機械学習(ML)を明示的に組み込んでいるのはわずか0.01%とされています[1]。このようにその採用は極めて限定的ですが、AIツール、特に大規模言語モデル(LLM)は、研究、生産効率化、意思決定を支援するための水面下での活用が増えています。例えば、生成AIは、膨大なデータセットの統合を支援し、市場動向、規制文書、ESG指標の迅速な分析を促しています。

 

ブリニョルフソン(Brynjolfsson)、リ(Li)、レイモンド(Raymond)による2025年の研究は、AIが人間の専門性を高めることを示しています。顧客対応エージェントを対象としたフィールド実験では、AI支援により平均処理時間が短縮され、顧客満足度が向上し、とりわけ新人スタッフについて最も大きな改善が観察されたとしています[2]。これは、投資環境においては、AIの助けを借りれば、経験の浅い投資専門家でも財務諸表を駆使した分析のような複雑な作業を高い精度で使いこなせるようになれることを示しています。

実際に活用する場合に必要な知見:経験の浅い投資専門家に対しては、投資会社はAIツールを導入して、データ収集を自動化したり、初めてリサーチ原稿を作成したりする際、その成果を高められるよう支援することができます。また、経験豊富なプロフェッショナルにとっては、仮説検証やシナリオ分析でAIを活用することもできるでしょう。

 

教訓その2: 戦略的意思決定能力の向上

AIを活用する効果は業務を遂行する領域だけに限りません。戦略的意思決定の場面でも活用できます。シーザー(Csaszar)、カルティク(Katkar)、キム(Kim)による2024年の論文は、AIがポーターのファイブ・フォース分析(マイケル・ポーターがその著書『競争の戦略』で示した5つの競争要因分析-訳注)を行うことができると指摘しています[3][^3]。また、AIは「悪魔の代弁者」[4]、つまり、集団思考を軽減するようリスクや反論を見分けつつ、投資チームにとって重要な優位性として機能する可能性があるともしています。さらに、自然言語処理(NLP)を備えたAIを活用した感情分析ツールは、決算発表、ソーシャルメディア、ニュースを解析して市場センチメントを測定することもできますので、投資家に潜在的な優位性をもたらしてくれます。

 

一方で、AIに伴う「ブラックボックス」的な特性は課題ももたらします。2024年のFrontiers in Artificial Intelligence誌に掲載された研究論文では、AIにおける透明性の欠如が規制面や信頼に関わる懸念を引き起こすと注意喚起しています[5]。説明可能なAIXAI)の仕組みは、モデルの出力結果(およびそこに至るまでの経緯や判断プロセス)を透明化することで、既存の規制との整合性を図ることが期待される解決策として浮上しています。

 

実際に活用する場合に必要な知見:プロの投資家にとって、AIを採用するかどうかはもはや問題ではありません。重要なのは、どうやって、投資意思決定のプロセス設計にAIを、実践的で、かつ透明性があり、リスクがきちんと留意され、パフォーマンス向上につながる形で組み込むことができるかです。ここの「教訓その2」で明らかにしていることは、GPTの現世代の限界です。説明可能であることを装っているだけで、これらのモデルは、どのように結果が導かれたのかを説明することができません[6]。そのため、金融のようなリスクが高い分野では、完全な透明性と制御が不可欠であるため、AIは、あくまでも意思決定の仕組みの設計を支援するツールとして使うべきであって、最終的な意思決定で使用すべきではありません。その役割が一番ふさわしいのは、アイデアの生成やプロセスの自動化であって、最終的な判断を下す場面ではありません。

 

教訓その3: 人間の判断力の保持

AIは生産性を向上させるかもしれませんが、過度に依存することで具体的なリスクを招く可能性があります。ひとつ見落とされがちな領域として、AIが批判的思考能力を蝕んでしまうリスクがあります。2024年にウォートン校が行った研究で、生成AIが学習に与える影響を調査したことがありますが、それによると、AIチューターを使用した学生は初期段階では成績が向上したものの、AIの支援が取り除かれた後苦戦したことが判明しており、分析能力を喪失してしまった可能性があると示唆しています[7]。投資家にとって、この研究結果は、価値評価やデューデリジェンスのような業務においてAIに過度に依存することで、超過リターンを得るための逆張り思考や確率的推論を損なう危険性があることを警鐘しています。

 

さらに、アンソロピック(Anthropic)社による2025年分析は、専門家が高度な思考をAIに委ねる認知的アウトソーシング[8]の傾向が見られることを示しています[9]。これに対抗するため、投資家はAIを既存の業務手順に組み込みつつ、それとは別に独立した分析もできるようにしておく必要があります。例えば、AIにはまず初期的な投資のアイデアを生成させることはできるでしょう。でも、最終的な責任は投資の専門家が担います。もちろん、その段階で彼ら専門家は、そのアイデアを深く理解したうえで、それについては確信を持たなければなりません。

 

実際に活用する場合に必要な知見AIから出力される結果については人間が主導する議論を通じてストレステストが行えるようしっかりと考えぬかれた業務手順を構築します。そして、アナリストには定期的に、手作業による価値評価や市場予測など「AIフリー」演習(手動評価や市場予測など)を実施させ、知覚を研ぎ澄ませ続ける必要があります。

 

教訓その4: 倫理面および規制面での課題

投資プロセスにAIを組み込むことは、倫理面および規制面での課題を引き起こすかも知れません。2024年のイエール大学経営大学院が公開した論文は、AIを活用した意思決定が意図しない結果、例えば、採用や住宅における差別的アルゴリズムを引き起こした場合の責任問題に焦点を当てています[10]

 

投資運用において、バイアスのかかったモデルが資産の価格を誤って評価したり、受託者責任に違反したりする場合に同じようなリスクを招くことがあります。さらに、2024年のスタンフォード大学の研究では、LLMが「社会的望ましさバイアス」[11]を示すことが明らかになっていますが、より最近のモデルではバイアスの程度がさらに大きくなることが示されています[12]

 

実際に活用する場合に必要な知見AIが意思決定に役割を果たすのであれば、人間による指導と監督はさらに重要になってきます。機械はより合理的であるから、より良い投資判断を下せるという仮定には根拠がありません。現在のAIモデルは依然としてバイアスを示しています。

 

教訓その5: 投資家のスキルセットの進化

AIが投資業界を作り替えようとしているのであれば、投資家のスキルセットも進化していかなければなりません。2024Development and Learning in Organizations誌に掲載された論文では、投資家は機械的な暗記学習よりも、批判的思考、創造性、AIリテラシーを優先的に養うべきだと指摘しています[13]

 

実際に活用する場合に必要な知見:技術的スキルから非技術的スキルへの移行——学習方法の習得といったメタスキルの必要性が高まる傾向——は目新しい現象ではありません。これは、20世紀後半に加速し、人間知能の拡張を目指したAIの登場によりさらに深化した技術進歩の長期的な軌跡を反映したものです。現在の課題は、これらの能力を個人ひとりひとりに合わせた方法でどう育成していくかについてもっと焦点を当てることです。これには、機械による支援(カスタマイズされた指導や関連ツール)が含まれます。

 

AI統合に向けたバランスの取れたアプローチ

AIは、効率性の向上、専門性の強化、高度な分析の実現を通じて、投資運用業務を変革しようとしています。しかし、その限界不透明性、バイアス、過度の依存に伴うリスクには注意が必要です。AIを人間による監督に沿わせながら組み込みつつ、批判的思考を取り込みし、規制にも適応することで、投資家はAIの巨大な可能性を活かすことができます。

 

これからの道筋は、今は実用化に向けた試験の途上にあります—AIを分析支援に活用し、ワークフローに知能を組み込み、意思決定を強化することです。同じように重要なことは、AIの強みを補完できるよう人間のスキルへ投資することです。AIの倫理的、規制的、セキュリティ的な側面を積極的に取り組む企業は、ますますAIの活用が進む業界でリーダーシップを発揮する立場に立つでしょう。クライアントに持続可能な価値を提供できるかどうか、その成功の秘訣は、最終的には、技術的強化と人間の判断との間のバランスを保つための能力が投資業界に備わっているかにかかっています。

 

(訳者より)脚注に記載のとおり、原文中には14の脚注があり、そのうち^5^7^9は、原文と参照文献を見ながら、挿入箇所を推定しました。ただし、以下の^10から^13は、特定できず、翻訳内での掲載は割愛しました。

[^10]: Anthropic, “AI Safety & Jailbreak Reduction,” 2022.

[^11]: PLOS Mental Health, “When ELIZA Meets Therapists,” 2025.

[^12]: University of Geneva, The Routledge Handbook of Artificial Intelligence and Philanthropy, 2024.

[^13]: Fagbohun et al., “GREEN IQ – A Deep Search Platform for Comprehensive Carbon Market Analysis,” 2025.

 

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執筆者

Markus Schuller, Michelle Sisto, PhD, Wojtek Wojaczek, PhD, Franz Mohr, Patrick J. Wierckx, CFA and Jurgen Janssens                   

翻訳者大濱 匠一、PhDCFA

 

英文オリジナル記事はこちら

AI in Investment Management: 5 Lessons From the Front Lines

 

) 当記事はCFA協会CFA Instituteのブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。



[1] ESMA, “AI-Driven Investment Funds in EU Peaked in 2023,” 2025. なお、UCITSは、Undertakings for Collective Investment in Transferable Securities(譲渡可能証券の集団投資事業)の略。UCITSファンドとは、 欧州の投資信託を規制するUCITS指令に基づき認可された投資信託のこと。1985年に発出された後、2011年に正式に加盟国で採択されました。(-訳注:野村(2012)「海外の投資信託・投資法人制度」金融庁金融研究センター ディスカッションペーパーDP 2011-8より)

[2] Brynjolfsson, Li, and Raymond, Quarterly Journal of Economics, 2025.

[3] Csaszar, Katkar, and Kim, “How Is AI Reshaping Strategic Decision-Making,” 2024.

[4]「悪魔の代弁者」とは、「ローマカトリック教会に起源を持ち、かつては聖人候補者の証拠について、見落とされた欠陥や誇張を指摘する役人を指す用語でしたが、現代は、懐疑的な問い掛けや思考をさらに探求するために、相手に必ずしも同意しない立場をとることを意味する」とされています。Forbes Japanサイトの記事( https://forbesjapan.com/articles/detail/66399)より。

[5] Frontiers in Artificial Intelligence, “Enhancing Portfolio Management Using Artificial Intelligence,” 2024.(ただし、この脚注で示されているタイトルの論文は確認できず、おそらくArtificial Intelligence and Strategic Decision-Making: Evidence from Entrepreneurs and Investorsが出典と思われます。SSRN: https://ssrn.com/abstract=4913363 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4913363 で入手可能)

[6] Aldasoro et al., “Predicting Financial Market Stress With Machine Learning,” BIS, 2025.(本脚注の挿入箇所は原文中で明示されていませんが、参照文献p.2の下から6行~8行目の部分より、訳者にて本脚注の挿入箇所を推定しました。)

[7] Wharton, “Generative AI Can Harm Learning,” 2024.

[8] 一般的なアウトソーシングでは、入力処理などの機械的事務やコールセンターなどが対象となりますが、最近では、企画や商品開発といった思考や知識レベルの業務も外務委託も増えており、その状況をcognitive outsourcing「認知的アウトソーシング」と称しています。

[9] Anthropic, “Brains on Autopilot?,” 2025.(本脚注の挿入箇所は訳者にて推定。なお、Anthropicは、OpenAIの元社員が2021年に創立した公益法人である-202324The Vergeの記事 ”Google invested $300 million in AI firm founded by former OpenAI researchers”より)

[10] Yale School of Management, “Who Is Responsible When AI Breaks the Law?,” 2024(本脚注の挿入場所は訳者推定)

[11]「社会的望ましさバイアス」(原文social desirability biases)とは、アンケート調査などで、社会的規範に照らして望ましいとされる選択肢を選ぶよう心理的プレッシャーが働き,それらの質問には答えないか,虚偽の回答をする可能性のことを指します。特に、宗教や政治信条、病歴や好みの食べ物、読書歴などについて、回答に偏りが生じるケースがあります。(田中・日野(2015)「政治学におけるCAI調査の現状と課題・展望」『理論と方法』 30 (2), 201-224, 数理社会学会 より)

[12] Stanford University, “LLMs With Big Five Biases,” 2024. (本脚注の挿入場所は訳者推定)

[13] Development and Learning in Organizations, “Nurturing Human Intelligence in the Age of AI,” 2024.