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CFA協会ブログ

         

No.715


                                                                                                                                           2025年6月29日

書評:バリュー投資のための財務諸表分析
Book Review: Financial Statement Analysis for Value Investing

 

 

ハビエル・ロペス・ベルナルドPhDCFA

 

バリュー投資のための財務諸表分析2025、スティーブン・ペンマン、ピーター・ポープ、コロンビア大学出版局

 

バリュー投資は、最近厳しい時期を迎えています。パッシブ投資戦略の容赦ない台頭、世界金融危機以降の長期にわたる成長株のアウトパフォーマンス、先進国市場における全体的なバリュエーションの急騰(長年のバリュエーション原則はもはや適用されないように見えます)など、全てがバリュー投資の苦戦の一因となっています。その結果、グラハム・ドッドの伝統を受け継ぐ投資家は最近少なくなっており、新興市場や日本でのディープ・バリュー戦略に追いやられています。これは単に一時的な逸脱なのでしょうか、それとも今日の金融環境においてグラハム・ドッドの伝統を維持するためには、何らかの改良が必要なのでしょうか。

こうした中で、コロンビア・ビジネス・スクールのジョージ・O・メイ記念名誉教授であるスティーブン・ペンマン氏と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの会計学名誉教授であるピーター・ポープ氏は、グラハム・ドッドのバリュー投資の伝統にしっかりと根ざした著書である「バリュー投資のための財務諸表分析」と題する432ページの著書を出版しました。本書は、ペンマン氏が2011年の著書「価値の会計」で開発したフレームワークを拡張したものでもあります。

いずれの著書でも、読者は、ミスター・マーケット(短期的で非合理な株価変動)との交渉や安全域(margin of safety)の重要性などの古典的なバリュー投資の概念や、株主価値を創造する上での配当や企業の資本構造の中立性など、現代ポートフォリオ理論からの洞察に直面することができます。実務家は、この意外で折衷的な考え方の組み合わせが新鮮で啓発的であると感じるでしょう。著者が序文で簡潔に述べています。

本書は、多くの投資書とは対照的なものです。どこにでもあるようなベータは、圧倒的に優先順位は低いです。一般的な割引キャッシュフロー(DCF)は隅に置いています。実際、本書は一般的な評価モデルに懐疑的です。意外かもしれませんが、本書は「本質的価値」は存在しないと考えるのが最善という立場を採っています。バリュー投資家にとっては異端のように聞こえますが、本質的価値を特定するのは難しすぎます。そのためには、自信を持って市場価格に挑戦する別のアプローチをテーブルに置く必要があります。一部の投資家は、マルチプル取引、スマート・ベータ投資、ファクター投資などを代替手段と考えています。本書は、そのようなスキームも批判しています。

それでは、著者は何を提案しているのでしょうか。本書の礎となるのは残余利益モデルです。1980年代1から1990年代2に初めて正当化された残余利益モデルは、配当割引モデルなどの他の評価フレームワークよりもはるかに遅れて、1990年代にコンサルティング会社のスターン・スチュワート社によって普及し、米国のいくつかの大企業の経営陣によって企業の投資決定が株主にとって価値を生み出しているかどうかを測るために一時的に採用されました。しかし、このモデルに関する多数の学術論文があるにもかかわらず、実務家による採用は限られ、バリュエーション・マルチプルやフリーキャッシュフローモデルなど、より広く使用されているアプローチに遅れをとっています。

簡単におさらいをすると、残余利益モデルは、企業が生み出すと予想される将来の残余(または経済的)利益というレンズを通してバリュエーションを考えるように指示しています。残余利益とは、資本コストを考慮した後の単なる会計上の利益です。このような将来の残余利益は、現在価値に割り引かれ、企業の現在の簿価に加算されて、株価のバリュエーションをする必要があります。特に、企業の自己資本利益率が資本コストと一致する場合、会計上の利益は発生するが残余利益は発生しないため、株価は簿価で取引されるべきということになります。このモデルの優雅さは、ビジネスのファンダメンタルズと会計数値のシームレスな統合にあり、それが投資家の評価を生み出します。

3つの評価フレームワーク(配当割引、フリーキャッシュフロー、残余利益)は数学的には同等ですが、残余利益は、株主の価値創造の真の源泉を捉える能力で際立っています。無配当企業は配当割引モデル、収益性の高い成長機会への再投資を行なう企業はフリーキャッシュフローのモデル、をそれぞれ使用して評価するのは難しいでしょうが、残余利益の枠組みでは評価を妨げることはありません。

このモデルが価値創造をより正確に(そしてより早く)捉える理由は、現在の会計システムで主流な発生主義に根ざしています。いわゆる「現金主義会計」は、現金は「厳然たる事実」に近いというよく言われる前提に基づいて、発生主義会計よりも実務家に好まれることがよくありますが、ペンマン氏とポープ氏は、この常識が単なる見当違いであることを示しています。第一に、キャッシュフロー自体も経営陣によって操作される可能性があります。

第二に、キャッシュフローを伴わないにもかかわらず、利害関係者間で価値を移転させる取引は数多くあり、株式報酬はおそらくその最も顕著な例です。しかし、最も重要なことは、利益は、通常「実現原則」の下でキャッシュフローよりも早く認識されるということです。たとえば、クレジットの売上(掛け売り)は企業が現金を受け取る前に認識され、設備投資は時間の経過とともに減価償却され(投資の開始時に収益が増加します)、年金債務は数十年後に支給額を支払うまで企業から現金が流出しないにもかかわらず、直ちに会計処理されます。先行きが不透明な現実世界で株式を評価する投資家にとって重要な示唆は、「付加価値の認識を早めることで、評価における最終価値の重みは小さくなる」ということです。

要約すると、発生主義と実現原則に基づく会計システムは、企業が投資家のためにどのように価値を創造するかについての健全な考え方と、リスクとリターンを理解するためのいくつかの指針を本質的に反映しています。価値は、投資の確実性が高い場合にのみ貸借対照表に資産計上され、その後の利益はそれが実現された場合にのみ簿価に加算されます。この観点からすると、公正価値会計のような貸借対照表に「乗せる(carrying)」代替的手法では、これらの原則を守れません。本書全体を通して、ペンマン氏とポープ氏は、公正価値会計が貸借対照表に不確実な価値を乗せることで、ドットコム・バブルに代表されるように、投機的な行動を助長し、それが最終的に投資家の投機を助長していると批判しています。

本書は、簿価、純利益、自己資本利益率などの株式指標に依拠しているため財務レバレッジの問題に適切に対処できていない伝統的な残余利益モデルの改良に多くの章を割いています。ここで重要なのは、レバレッジを高めれば株主資本利益率が上昇することにより残余利益が増加するため、レバレッジを高めれば株主にとって機械的に価値が創造されると考える人がいるかもしれないということです。

しかし、ペンマン氏とポープ氏が説明しているように、レバレッジの増加は投資のリスクを高め、したがって割引率を高めるため、評価に影響を与えないので、この推論には欠陥があります。これを解決するために、著者は、残余事業利益モデルを紹介しています。残余事業利益モデルでは、株主資本の代わりに純事業資産、純利益の代わりに純事業利益などの企業価値評価の指標を用いています。そうすることで、このモデルは、投資家の注意を、あらゆる企業における価値創造の真の源泉である事業運営に向け直します。

最後に、本書では、ペンマン氏自身が2018年のファイナンシャル・アナリスト・ジャーナルの論文3で探求したトピックである「グロース対バリュー」の議論や、企業規模と株式リターンの関係についても紙面を割いています。読者は、首尾一貫した会計フレームワークとバリュエーション・マルチプルがどのように機能するかについての意味が、ここで問題となっている課題を理解する上で大いに役立つことに気づくでしょう。ペンマン氏とポープ氏は、「グロース」や「バリュー」といった単純でしばしば誤解を招くラベルは、議論を進める上で不十分であり、会計原則の完全な理解に取って代わることはできないと主張しています。

結論として、実務家は、ペンマン氏とポープ氏の著書が非常に自身に関連性が高いだけでなく、貴重な洞察に満ちていることに気付くでしょう。本書が他の無数の「投資」マニュアルと一線を画すのは、一連のバラバラな逸話と、市場価格に挑むための首尾一貫した代替フレームワークを提供するという野心的な目的です。著者は、理論的な深みと豊富な実例を巧みに織り交ぜ、読者が苦労して得た洞察を強化します。本書は、グラハム・ドッドの伝統を受け継ぐ不朽の名作となり、おそらく将来の世代の知的な投資家にとっての聖杯(Holy Grail)となることは間違いありません。

 

1例、K. Peasnell, "Some Formal Connections Between Economic Values and Yields and Accounting Numbers," Journal of Business Finance and Accounting 9, no. 3 (1982): 361-381を参照。

2J. Ohlson, "Earnings, Book Values, and Dividends in Equity Valuation," Contemporary Accounting Research 11, no. 2 (1995): 661-687.

3S. Penman and F. Reggiani, "Fundamentals of Value versus Growth Investing and an Explanation for the Value Trap," Financial Analysts Journal 74, no. 4 (2018): 103-119.

 

執筆者

ハビエル・ロペス・ベルナルド(Javier López Bernardo)、PhDCFA

マドリードのブライトゲート・キャピタルのポートフォリオ・マネージャー

(翻訳者:今井 義行、CFA

 

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Book Review: Financial Statement Analysis for Value Investing | CFA Institute Enterprising Investor

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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