By マーティン・フリッドソン, CFA
投資家の短期的な利下げ期待は、政治的なパフォーマンスと金融政策の現実を取り違えている可能性があります。トランプ大統領は、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長に対して改めて利下げ圧力をかけており、それが債券および金利市場の投機に拍車をかけています。しかし、歴史とパウエル議長自身の姿勢は、こうした市場の期待が的外れである可能性を示唆しています。大統領とFRB議長の過去の対立が即座に政策転換につながったケースはほとんどありません。歴史が教えているのは、劇的な利下げへの賭けは、健全な経済的根拠に基づくというよりも、希望的観測を当てにした行為であるということです。
投資家の目には、トランプ流の道徳的圧力を型破りに映るかもしれません。トランプ大統領はパウエル議長について、「ありとあらゆる手で罵って行動させようとしている」と述べました。しかし、いかに大統領がFRB議長を翻意させようとしても、実際にはほとんど成果を得られなかったことを示す教訓は過去にいくつもあります。
たとえば1965年、当時のジョンソン大統領が利上げを続けていたマーティンFRB議長に対して、「あなたは私を細剣で突き刺せるような窮地に追い込み、実際に突き刺した。私を利用した。それは卑劣なことだと知ってほしい」と、辛辣な言葉を投げかけました。ジョンソン大統領は、金利上昇が国内支出プログラムやベトナム戦争への軍事介入の拡大を損なうことを恐れていました。しかし、こうした大統領の圧力に屈することなく、マーティン議長は断固として金利を引き下げませんでした。これは、大統領の要求がいかに強かろうとも、FRBを動かすことは極めて難しいことを示す事例です。
パウエル議長が政治ゲームに乗らない理由
いまのところ、パウエル議長は大統領の鋭い舌鋒に対して一歩も引いていません。パウエル議長は「関税をだれかが支払わなければならないのだから、関税により今後数カ月のうちにインフレ率が大幅に上昇すると、私の知るだれもが見込んでいる」と語っています。パウエル議長が短期的に金利政策の方向性を変えるとは考えにくい理由は大きく二つあります。
一つ目は、パウエル氏は、現在の経済指標が自らの金融政策スタンスを裏付けていると認識しており、そこから逸脱するメリットはほとんどなく、むしろ失うものが多いことです。FRB議長の椅子をさらなるキャリアの踏み台と考えている兆候はなく、政治的な行動に出る動機も乏しいでしょう。パウエル議長の二人の前任者——G.ウィリアム・ミラー氏とジャネット・イエレン氏——はFRB議長の後ともに財務長官に就任しましたが、パウエル議長もその前例に当てはまると考える理由はほとんどありません。ミラー氏の場合、FRB議長も財務長官もカーター大統領が任命しており、財務長官の就任は超党派の政治的打算の産物ではありませんでした。一方、イエレン氏はもともとオバマ大統領がFRB議長に指名し、その後トランプ大統領が再任を見送り、のちにオバマ政権の副大統領だったバイデン大統領によって財務長官に任命されました。
こうした前任者とはちがい、パウエル氏はトランプ大統領自身によってFRB議長に指名されたものの、トランプ氏の批判の矢面に立ち、解任の脅威にさらされています。トランプ氏はかつての政敵も政権の要職に登用する意思を示していますが、パウエル氏がそのように優遇されるとは思えません。せいぜい2026年の任期満了前にFRB議長の座を解かれないようにと願っているかもしれませんが、解任には違法性が問われる可能性があります。
これらを踏まえると、当然パウエル氏は自身の業績を守ることに固執すると考えられます。残念ながら政治的圧力に屈し、結果的にインフレを抑えられなかったバーンズ元議長のように記憶されることは避けたいはずです。また、メイヤー元議長も誤った金融政策で評判を落としました。メイヤー議長のはるか後にFRB議長に就任したバーナンキ氏は、メイヤー氏の在任中にFRBが実施した緊縮政策が、1929年に始まった景気後退を大恐慌へと悪化させたと結論づけたエコノミストのミルトン・フリードマンとアンナ・シュワルツの意見に賛同しています。
一票の限界
目先の大幅利下げはないと考える二つ目の理由は、トランプ氏の戦術で奇跡的にパウエル議長が翻意したとしても、12人で構成される連邦公開市場委員会(FOMC)のうちの1票にすぎないという点です。6月17~18日に開催されたFOMCでは、フェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標は、全会一致で4.25~4.50%に据え置かれました。また、12の議決権を持つ19人のFRB高官のうち7人は、2025年いっぱい利下げはないと予想しており、3月の4人から増加しました。
FRBは屈しないことを歴史は示している
パウエル議長が金利に対する立場を変えた場合、FOMCは議長に反対の立場にはならないのでしょうか?そうした事態は過去にもありました。1978年、FOMC全体が利上げを支持する中で、ミラー議長は少数派の立場に置かれました。
短期的な大幅利下げ期待に固執している投資家は、最近のクリストファー・ウォラー理事とミシェル・ボウマン理事の発言に胸をなでおろしているかもしれません。両氏は、FRBは早ければ7月にも利下げを始める可能性があると述べています。しかし、特にウォラー理事は、急速な即時利下げはないとし、FOMCは「ゆっくりと利下げを始めるだろう」と述べています。
パウエル氏もトランプ氏が主張する利下げ要求の論拠を否定し、「米国政府の資金調達コストを長期にわたって引き下げる」ことは、FRBの法的なマンデート(使命)ではないと正確に指摘しています。
ウォラー、ボウマン両理事のコメントを受けて、パウエル議長は米下院金融サービス委員会の公聴会で「FRBは当面、経済の基調について見極めてから政策スタンスの修正を検討する態勢である」と自身のこれまでのスタンスを改めて強調しました。
6月27日現在、先物市場は、7月30日のFOMCでの25ベーシス・ポイント(bp)の利下げ確率を19%と織り込んでおり、ウォラー理事の発言前の8%から上昇しています。しかし、トランプ大統領が要求するこうした急激な即時利下げの可能性は低いでしょう。
期待は戦略にあらず
要するに、パウエル議長特有の金融政策に対する慎重なアプローチ、足元の金利スタンス、FRB議長の最終年として実績を重視する可能性を踏まえると、いかにトランプ氏の圧力が強かろうともそれに屈して劇的な方針転換を予想する理由はほとんどありません。市場で大勝に見えるのは魅惑的に映るかもしれませんが、目先の大幅利下げに基づく取引は、まっとうな分析に基づく戦略というよりも、むしろ期待だけに頼った行動と言わざるを得ないでしょう。
(翻訳者:中山桂、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
Fed Independence Tested, but Investors Shouldn’t Expect a Pivot | CFA Institute Enterprising Investor
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。