ロバート・チャン(Robert Zhan), CFA
想像してみてください。荒れ狂う海のなかで自分の組織のかじ取りをしているあなたの姿を。運の悪いことに、波はさらに高くなり、天候は刻一刻と変化し、頼みの綱の海図ももはや古くて役に立ちません。ボラティリティの急上昇、目まぐるしく変わる金利、日々変わる規制によって、市場リスクは、多くの投資チームが順応するより速いスピードで、その様相を変化させています。四半期報告書や事後分析をのんびり待っている余裕はありません。報告が公表され、分析を始める頃には、もう後の祭りです。
そこで、皆さんのレーダーとなってくれるのが主要リスク指標(KRIs)です。それは、リスク許容度を超えたりパフォーマンスに影響を与えたりする前に、問題を検知します。うまく考案されたKRIsは、投資会社の脅威を予測し管理する方法を変革しますが、私は、リスク専門家として、その様子を目の当たりしてきました。この投稿では、皆さんが直ぐにでも採用できるよう、投資に焦点を絞った事例を交えつつ、効果的なKRIsを構築するための基本原則を紹介します。
重要なリスク評価指標(KRIs)とは何でしょうか?
KRIsは、組織の目標達成の妨げとなりえるリスクを特定、監視、管理するための測定可能な指標です。早期警告信号として機能するKRIsは、リスクが発生し、顕在化する前に、その兆候を知らせてくれます。管理基準値に対するKRIsの状況を監視することで、企業は事前に脆弱性に対処、リスク管理を戦略的目標に一体化させ、意思決定の質を高めることができます。
効果的な主要リスク指標(KRIs)の5つの原則
KRIsが有効かどうかは、もっぱらそれがどう設定されたかによります。ここで、5つの重要な原則を説明しますが、それぞれに該当する投資リスクの例を示し、わかりやすい「もし~なら、~する」ルールを対応させていますので、その考え方をすぐにでも実際に使うことができます。
1. 測定可能で関連性があること
KRIsが対象とするのは、組織の目標に関連した特定のリスクであり、信頼性を確保するために、常に同じ方法で計算されなければなりません。また、同じようなKRIsがいくつもあるのは、資源の無駄使いであり、そこから得られた知見を覆い隠してしまいます。
例: 資産運用管理において、ドローダウン、インプライドボラティリティ、またはヒストリカルボラティリティなどの指標はすべてリスクを測定してくれますが、同じ目的で複数の指標を使用すると余計な情報が混じります。レバレッジを使用しない公開株式のみで構成されるロングオンリーの株式ポートフォリオの場合、一度、企業のリスク許容度に合わせて、常に投資リスクが反映されるようになれば、1ヶ月間の日次リターンに基づくヒストリカルボラティリティでも目的に適うはずです。
If–Then: もし、リスクの根源が同じにも関わらずそれを測定するKRIsが複数ある場合は、投資方針に最も関連性の高い単一の指標を選択し、常にそれを使い続けなければなりません。
2. 先を見通すこと
KPI(重要業績評価指標)が過去のパフォーマンスを測定するのに対し、KRIsは、先手を打った行動ができるよう、先のリスクを見通せるものでなければなりません。
例: Apple、Meta、Teslaにそれぞれ1/3ずつ投資する$10Mのポートフォリオは、過去のボラティリティが38.03%でした。ポートフォリオをアップル50%、メタ50%に再配分した後、新しい配分に基づいて再計算すると、年率換算ボラティリティは45.71%となりました。これは、先を見通したひとつの重要な知見です。
If–Then: もし、ポートフォリオの保有資産または配分が大幅に変化した場合、新しい配分に基づいてKRIを再計算し、リスクプロファイルを最新の姿に更新させます。
3. 管理基準値
KRIsは実際に使えるものでなければならず、組織のコントロールが及ぶ範囲内でベンチマークを使用すれば、合意を形成し、意思決定を促すことができます。
例: シミュレーションした結果、あるポートフォリオのボラティリティが45.71%だとして、それをS&P 500の15.87%と比較することで、レバレッジを伴わないロングオンリー株式ポートフォリオのコントロールが及ばない市場要因リスクから、ポートフォリオ固有のリスクを分離できます。もし、ボラティリティが、予め設定したベンチマークの倍数を超えた場合、投資チームは保有資産を調整できます。例えば、安定した公益株を追加するなどの対応です。管理基準値がない場合、KRIはチームのコントロールが及ばないリスク(例えば市場全体のボラティリティ)を警告しますので、その有用性を低下させることになります。
If–Then: もし、KRIの測定方法を設定する際、組織のコントロールが及ばない要因が含まれているのであれば、KRIの設定手続きを改善することで、コントロール不能な要因を最小化できるかどうかを検討してください。
4. 前向きで適時であること
KRIsは、設定されたスケジュール内に特定の行動を促すものであり、リスク軽減戦略に直接連動するものでなければなりません。
例: ポートフォリオのボラティリティがS&P 500のレベルの2.5倍(例: 39.67%)を超えた場合、投資チームは48時間以内に分散投資を実施してリスクを低減するかもしれません。行動を促す限度は市場状況に応じて調整されますが、それが確実に行われるようにするのが動的しきい値です。
If–Then: もし、KRIが動的しきい値を超えた場合は、リスクが深刻化する前に、例えば、株式やセクターの再配分などあらかじめ定めた行動を一定の時間枠内で実行することで、ポートフォリオ構成を調整し基準値内に戻してリスクを低減します。
5. 戦略と整合的であること
経営陣からの支持を確保して、リスク意識の高い文化を育成するために、KRIsは組織の戦略的ビジョンと整合性を保つものでなければなりません。
例: リスクチームは、KRIを経営陣が注意深く監視しているKPIと整合させつつ、ボラティリティのしきい値を調整し、シャープ比率を最適化します。リスクとリターンのバランスをバックテストすることで、経営陣と現場のスタッフ双方が、KRIの価値を理解できるようになります。
If–Then: もし、バックテストでKRIがリスク–リターン目標と一致していない場合、ステークホルダーと再調整し、パフォーマンスと戦略的整合性を維持します。
KRIによくみられる課題の克服
しっかりしたKRIをいくつか導入しようとする場合、複雑さ、コスト、拡張性について不安が生じます。これらの課題に対しては、単純明快で投資に焦点を当てた解決策によって対応できます:
- 課題 : 事業単位に適合したKRIを設定する上での複雑さ。
解決策: まず、当該事業に最も深刻な影響を与えるリスクの中から、明確な「If–Thenルール」を用いて影響度の高い一つのKRIから開始します、その後手順が整備されていくのに合わせて段階的にKRIを増やしていきます。
解決策: 既存のポートフォリオデータと広く利用可能なツール(例: PythonのPandasデータ解析処理用のライブラリ)を活用し、高額なシステムアップグレードなしでシミュレーションや計算を実行します。
解決策: ポートフォリオ管理システムまたは予め計画された手順に基づいてKRIの計算を自動化し、担当者が余分な時間をかけることなしに設定された間隔で、確実にデータ更新を実施します。
解決策:複数のKRIを事業部門が管轄する意思決定手段に直接リンクさせます — 例えば、ボラティリティのしきい値を報酬基準にリンクさせる — これにより、パフォーマンス成果との直接的で具体的な関連性を確認します。
KRI理論を実践に活かす
KRIsの成否は、予測可能であるか、データに基づいているか、即時性が求められる意思決定に深く関わっているか次第です。とは言え、新しい分析ツールが登場するのを待っている余裕などありません。今すぐ始めましょう:
ステップ1:最も重要な3つの投資リスク要因を特定します。
ステップ2:それぞれのリスク要因に対して、予測可能で基準として使えるようなKRIを設定します。チームが継続的に計算でき、それに基づいて行動できる指標を使用してください。
ステップ3:市場状況に連動した動的なしきい値を設定し、しきい値を超過した際に実施する具体的なポートフォリオ行動について、(関係者の間で)合意します。
これらのステップを次の四半期中に実施することで、早期警告能力を向上させるだけでなく、リスクフレームワークと投資戦略の明確な整合性を示し、KRIを単なる監視ツールからパフォーマンスを生み出す強みへと変えることができます。
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執筆者
Robert Zhan, CFA
(翻訳者:大濱 匠一、PhD、CFA)
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Navigating the Future of Risk Functions: Key Risk Indicators
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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