By マーティン・フリッドソン, CFA
財務リストラクチャリングツールセット:壊れたバランスシートの直し方
2025年 マイク・ハーモン コロンビアビジネススクール出版
CFAチャーターホルダーは本書の終盤に登場するマイク・ハーモンの言葉に驚くかもしれません。
「フィナンシャルアナリストがビジネスの将来キャッシュフローを正しく予想したことは、歴史上一度たりともない」
しかし読み進めるにつれ著者が彼らのパフォーマンスを決して非難しているわけではないと気づき安心することでしょう。著者が単に言いたいのは、財務モデリングを未来予知を占う水晶玉のように考えるのは間違っているということなのです。アウトプットは結果的に完璧であることはないけれど、間違いなく有益なそのプロセスはアナリストに「異なったシナリオの元で異なった資本構造を『試してみる』」ことを可能にすると著者は言います。
ディストレスト専門投資家は、時によっては彼らの特性を「ボトムフィーダー(市場底を食い尽くす集団)」というハーモンの言葉に嫌な気持ちがするかもしれません。しかし彼は「自然界では、海底付近で生息する魚がエコシステムにおいて生産的な役割を担う」と付け加えます。ただし、「ハゲタカ」とレッテルを貼られるディストレスト投資家がこの発言によって許されたと感じないように、ハーモンはストラクチャリングの場面で、彼らが価値を作っていくのではなくむしろ価値を損なう具体的な方法を示します。一例として早期債務不履行(プレマチュア・デフォルト)で、企業の株式支配権を掌握することを目指すディストレスド投資家は、企業の問題解決にもう少しの時間を必要とするマネジメントとの協力関係において、一般的な投資家と比べて非協力的であるときに起こる可能性が挙げられています。
後半ではハーモンはディストレスト投資家のポジティブなインパクト、例えば従来の債券・株式投資家が投資を嫌がる、現金を喫緊に必要とする将来優良企業に資金を振り向けること等も挙げています。
ハーモンはその稀有な観察と事実によって一貫して読者を惹きつけます。彼によるとコベナンツライトストラクチャーが2008年の4%から2022年には96%にまで増加した結果、レバレッジドローンの回収率は低下したと報告しています。また、1984年から2017年の間にはチャプター11で再建した企業のうち20%が再び破産し、その中の一つは5度も破産申請をしたと付け加えます。
ハーモンは財務リストラクチャリングプランによって決められる企業価値は必ずしもその企業の本質的な企業価値でないと強調します。それはむしろ様々なクラスの債権者間のリスクの高い交渉によって決まるものなのです。彼はまた、企業の非公開情報を持つ投資家がインサイダー取引を回避するために使う「ビッグボーイレター」は、法的な正当性は証明されておらず、訴訟において大部分が未検証のままであると指摘します。
財務リストラクチャリングツールセットは352ページに渡り、ディストレスト企業が抱える債務そしてその他の負債を破産手続きの内外でどのように軽減していくかを包括的に示します。そのテクニックとして、363条セール、コントラクト・リジェクション、デット・エクイティ・スワップ等がカバーされています。本書の基本的焦点はアメリカの実務ですが、その中で一章はUK、フランス、中国、そして日本の破産法と実務経験に充てられています。
オークツリーキャピタルマネジメント出身で、現在はガヴィオタアドバイザーで中小企業への投資アドバイスを行うハーモンは、ディストレスト負債の熟練者にとっても価値のある洞察を提供する能力を豊富に持ち合わせています。「ゾンビ」、「フリービーバスケット」、「ブラックリスト」(従来の労働慣行の意味ではなく)、「ボンドメール」などの数々の専門用語に馴染みのない読者は、当初気後れするかもしれません。しかもそれらは新参者には知られていない数々の頭字語ー例えばVERBO, NGRS, KERP, ICERP等ーに加わってくるのです。ハーモンはそれらの馴染みのない専門用語を、10ページのジャーゴンガイドとして本文の後に解説しまとめるという素晴らしい仕事をしています。本書の註釈は本分野における彼の勤勉な学術研究を証明しています。
ハーモンはアメリカの既存の倒産制度の欠陥を正すための提案と共に、その分野に有益な貢献もしています。例えば破産手続きにおける企業再生のコストの多くが固定的で小規模企業にとって高すぎるためから、彼らの多くが清算を選択せざるを得ないと彼は主張します。考えられる解決法としては低コストでの会社更生の道であるサブチャプターVの周知向上や、更なるコストカットの手段としてAIによる破産関連書類の合理化などを挙げています。
アナリストが企業の財務予測を的中させたことがないように、著者も全ての参照について完璧に引用している訳ではありません。例えば本書に登場する、偉大な野球プレーヤーのヨギ・ベラのコミカルでパラドクサルな引用:「そこへはもう誰も行かないよ。混みすぎているからね」ですが、出版社の編集者はこの引用についてQuote Investigatorのウェブサイトで簡単に確認できることを知っておかなけれなりません。同サイトではベラがこのジョークを拝借したもの、実はこのジョークの起源が1882年にまで遡ることを報告しています。他では、ハーモンはブラックロックのCIOボブ・ドールが「相場の底で誰もベルを鳴らしてはくれない」という言葉の創始者であるようにほのめかしています。しかしこれは実際には私が1970年代後半から耳にするようになった古いウォール・ストリートの格言なのです。
それらの小さな間違いを考慮しても、本書が最新且つ信頼できる作品であるという事実は変わりません。本書は、クライスラー、フロンティアコミュニケーションズ、そしてJCペニー等の有名なケーススタディを用いて、財務経営難を解決する為の数々のテクニック理解への助けをします。本書を最初から最後までを読むつもりでなかったトピックに興味のある実践者でさえも、実に詳細なるインデックスを通じて調べることが出来るレファレンス作品として本書を所有すべきでしょう。
(翻訳者:古賀紗希、CFA)
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Book Review: The Financial Restructuring Tool Set
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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