By セバスチャン・キャンドラー
プライベート・クレジット市場はもはや、グローバルファイナンスの傍流ではありません。経済全体に多くのメリットをもたらすと力説する向きもある一方で、プライベート・キャピタル市場の拡大を受け、プライベート・エクイティ(PE)とプライベート・クレジット(PC)がシステミックリスクをもたらし得るとの懸念が高まっています。
プライベート市場への投下資本が数兆ドルに上るなか、取引活動の低迷や市場飽和に対する漠然とした不安感が、政策当局だけでなく、直接ポートフォリオに影響を受ける機関投資家にまで広がっています。
世界金融危機(GFC)の前は、PEへの批判は主として労働組合や左派政治家に限られ、PEファンドマネージャーはいずれもうまく批判をかわしていたように見えます。
しかし、不安は、プライベート市場の支持者にも広がっています。ヘッジファンド投資家のポール・マーシャル氏が所有する政治的保守派の雑誌「The Spectator」に最近掲載された記事では、PE投資という名の下に、PEがいかに多くの企業に対して誤った経営を行い、「英国をダメにしたか」を考察しています。
PE投資が拡大する中で危険にさらされる個別セクター
システミックリスクの適切な定義については議論が続いているものの、PEによる誤った経営実務に晒されている経済の部分があることは明白です。
ある業界では、PEの投資先企業の多くが、高い借入れ、短期売買や配当リキャップ(PEが、投資先企業に負債を調達させて配当を支払わせる方法)による短期的なキャッシュの抜き取りといった投資手法を一様に押し進めています。これにより、欧州と米国両方の小売り業界で起こったように、セクター全体が死に体となる可能性があります。
また、今では、病院、刑務所、消防署、空港、料金所といった公的サービスがPEの標的になる事例が頻出しています。PEの支持者は、PE資本が老朽化したインフラを刷新し効率性を高める可能性があると主張しますが、その効果の持続性については評価が分かれています。多額のドライパウダー(手元現金)が市場に滞留しているため、フィナンシャル・スポンサーが幅広い公的セクターをプライベート市場の楽園に変えているのです。
英国では、多くの水道会社がレバレッジド・バイアウト(LBO)か、PEの取引戦略を採用し、短期的な利益追求行動が、長期慢性的なインフラ設備への投資不足をもたらしています。米国では、ヘルスケアや高等教育など定着率の高い「顧客基盤」に対して公共サービスを提供している複数のセクターで、制度的な機能不全が発生しています。ある調査報告書では、米国の病院ではPEの傘下に下るケースが増えており、もっぱら収益性にだけ注力するようになったことで、医療スタッフ不足に陥り治療に影響が生じ、医療費の上昇につながったことを浮き彫りにしています。
どのセクターもPEの投資対象になりうるとみられるため、PE手法の広範な利用が、主要な業界や経済全体にまでも長期的に与える影響を危ぶむのは当然です。
経済的な汚染:レバレッジはバランスシート以外にどの程度広がるか
過剰負債は、経済および事業エコシステムの遺伝物質を攻撃する毒として機能する可能性があります。プライベート市場の過剰負債は、システミックなものではないと主張する人たちは、GFC後の銀行セクターを説明する際に金融当局が用いた意味を採用しています。一方、PEマネージャーは、借入れが経営陣に規律をもたらし、リターンを高めると反論しますが、労働市場やサプライヤーへの幅広い波及効果は計り知れません。
プライベート・キャピタル市場で事業を行う人たちは、PE会社が閉鎖的で個別に業務を行っており、特にファンドマネージャーが預金者の資金を保有しているわけではないため、経済全体に悪影響は及ばないだろうと主張します。理屈の上ではその通りですが、現実はより複雑です。
過去半世紀において、企業の資本構造において負債は着実に資本に置き換わってきました。したがって近代経済は、恒久レバレッジという深刻な問題に直面しています。過度な負債活用は、借手のみならず、サプライヤー、契約者、従業員その他事業関係者にも深刻な結果をもたらしかねません。実際、プライベート・キャピタルの投資先企業が単独で業務を行っているわけではなく、その他市場関係者にも影響を及ぼします。過剰負債が企業経営の標準的な慣行となれば、LBO下の企業と同様に市場リスクが高まります。
こうした事態は、借手が金利上昇により脆弱になっている時はなおさら重要です。過去3年間に信用コストが上昇し、負債は劇薬になりました。過度な負債利用が経済にもたらす影響がじわじわと積み重なり、企業のゾンビ化、プライベート・キャピタルが流入した業種における雇用の不安定性、製品R&Dやインフラに対する過少投資に拍車がかかる可能性があります。
フィナンシャル・スポンサーやプライベート・レンダーの手にかかれば、クレジットは経済全体を麻痺させる強力な武器になりかねません。徹底した負債削減プロセスによって2008年の世界金融危機ほどの混乱に陥らないとしても、エクイティ・キュア条項(株主からの出資により、財務コベナンツへの抵触状態等を治癒すること)を通じて、長い年月をかけて株式が徐々に過度な負債に置き代わり、景気後退の長期化につながるかもしれないのです。
これがひいては、投資リターンに深刻な影響を及ぼしかねません。オルタナティブ資産クラスへの投資を確約している機関投資家の多くは年金基金のマネージャーであるため、プライベート・キャピタルの利回りが低下すれば、退職年金の構造的な崩壊を招く可能性があるからです。
恒常的な不透明性:透明性が投資家に大事な理由
プライベート資産は資本主義の中核的概念ですが、現代の市場経済においては、プライベート資産とは、多くの企業が永遠にPE会社の資産のままであるという事実を指すようになりつつあります。
長年過剰債務に苦しんできた資産に、フィナンシャル・スポンサー以外の市場参加者が入札することはほぼないこともあって、投資先企業の年間実現額の半分をしばしばセカンダリー・バイアウト(SBO)が占めています。パンデミック前の案件にも、過去最低金利の恩恵を受けていた割高な企業が組み込まれています。
PEが保有する企業の多くが、3回以上LBOを経験していますが、中には、5回か6回に至っているものも少なくありません。こうした企業の一部が永続的にPEの支配下にとどまることも、あるいは市場の混乱によってファンドマネージャーがやむなく支配権を手放すまで保有され続けることも、将来的に十分にあり得るのです。
しかし結局のところ、SBOは確実な解決策ではありませんでした。伝統的にもともと流動性が低い資産クラスであったことから、短期売買や配当リキャップが頻繁に行われてきましたが、PEはいまの取引環境の低迷に対処するため、別の解決策を模索し始めたのです。
その解決策の一つである継続ビークル(CV)の目的は、コロナ禍における経済対応がもたらした不透明な環境に直面するファンドマネージャーに、適切かつ一時的な解決策を提供することでした。しかし、近年のインフレと金利の急上昇により、案件組成は一層困難になりました。
こうした解決策には、賛否双方から重要な議論が提示されています。批判者は、CVはファンドマネージャーがポートフォリオの時価評価を回避する手段であると指摘します。外部の評価アドバイザーはファンドマネージャーから報酬を得ているため、株式市場の投資家や外部の企業買収者のように絶対に中立とはいえないからです。一方で支持者は、CVに移管されるポートフォリオ企業の多くは質の高い資産であり、今後も成長やキャピタルゲインの見込みが十分にあると主張します。
残念ながら、それら企業のうちどの程度が実際に優良資産であるかを評価する独立した第三者がおらず、またCV自体に実績が存在しないため、こうしたCVの裏付け資産の一部は適切に値付けされていないリスクがあります。
見逃せないことは、CVへの移管に用いられるバリュエーションが現実的か恣意的かに関わらず、CVを利用することによって、ファンドマネージャーがリターンを明確化し、パフォーマンス・フィーを手に入れることができることです。
さらに懸念すべきは、長期保有資産に対する需要が限定的である中で、マネージャーが「CVスクエアド」と呼ばれる、CV上にさらにCVを重ねる仕組みを導入し始めていることです。プライベート市場は、インサイダーだけがアクセスできる粗雑な商品取引所へと変質しつつあります。
CFA協会リサーチ&ポリシーセンターは今月、プライベート市場における倫理をテーマとする三部構成のシリーズを開始し、初めにコンティニュエーション・ファンドに焦点を当てます。
システミックリスクの新たな定義:市場に対するプライベート・キャピタルの意味
CVの一般化により、PEは虚構と見せかけの世界で存在することになりました。多くの場合、独立性と正当性の外観を付与する外部アドバイザーと共謀し、社内でバリュエーションが算出されます。この作業により、取引はさらに不透明になります。PEによる資産保有が長期化するほど、価格発見の頻度は下がり、それに応じて市場リスクは高まるでしょう。
四半世紀前には1兆ドル未満であった運用資産は、今年には約19兆ドル、2032年には60兆ドルに達すると予測されています。プライベート・キャピタルは金融市場においてますます大きな割合を占め、その結果、プライベート・キャピタル市場の流動性はますます低下し、より不可解なものとなっています。
もしPEの投資手法に産業全体を不安定化させるか、国家そのものを空洞化させる力があるとすれば、それは最終的にシステミックリスクを増幅する可能性につながるのではないでしょうか。
世界の金融システムを完全に崩壊させるほどではないにせよ、構造的な不透明性や過剰負債、さらには慢性的な自己取引や資産の食いつぶしにより、プライベート・キャピタルは先進国を長期的な経済混乱に陥れる可能性があります。投資家にとっても、その影響は重大です。不透明性と恒常的なレバレッジは長期的リターンを押し下げ、流動性を低下させ、ポートフォリオのリスク管理を複雑にする恐れがあるのです。
執筆者
Sebastien Canderle
(翻訳者:中山桂、CFA)
英文オリジナル記事はこちら
https://blogs.cfainstitute.org/investor/2025/09/03/private-capital-and-systemic-risk/
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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