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CFA協会ブログ

         

No.732


                                                                                                                                           2025年10月10日

香港のIPOブーム:投資家にとっての入り口か、それともリスクの罠か?
Hong Kong’s IPO Boom: Gateway or Risk Trap for Investors?

 

 

ジェイコブ・スー

 

今月から始まる香港市場のIPO改革は、取引価格の決定方法やアクセスできる主体を変えるものです。投資家にとって、これは市場の健全性と配分の公平性において、非常に重要な変化を意味します。その影響はすでに表れています。今年上半期、香港証券取引所(HKEX)に上場した企業は140億ドル(1,090億香港ドル)を調達しました。中国本土のバッテリー製造企業であるCATL46億ドルのIPOは、今年これまでで世界最大のIPOであり、中国本土での上場への投資家の関心の高さを浮き彫りにしました。

投資家にとってこうしたうねりは、チャンスとリスクの両方を示しています。香港は中国本土企業にとってのオフショアの玄関口としての地位を再び確立しましたが、その優位性には中国経済への大きなエクスポージャーが伴います。

この回復の強さは、世界的な金融引き締めや弱いセンチメント、地政学的ショックにより香港株式市場が低迷していた過去3年間とは、大きく異なっています。2025年の変化は、中国本土のプッシュ要因(デフレや国内規制の厳格化、成長の鈍化)と香港のプル要因(香港を自由な市場とするための改革と資本の柔軟性)が収斂したことでした。加えてこれらの要因は、中国本土の企業がこれほど力強く復活した理由と、香港証券取引所の復活が過去のサイクルと異なって見える理由を説明しています。

  

市場の再覚醒:HKEX2025IPOブームの原動力

世界的な金融引き締めと地政学的な分断による3年間の市場低迷の後、香港の金融市場は目覚ましい回復を見せました。この目覚ましい好転は主に、オフショアの資本を求める中国本土の民間企業によるもので、資金調達額の90%を占めています。HKEXは中国本土の企業にとって、国内の取引所と比較して最も選ばれる上場先として際立っています。

20世紀後半の中国本土の経済改革以来、最初に上海、次に深セン、そして北京の3つの本土の証券取引所が設立されました。これらの取引所は資本形成の原動力となり、国有企業(SOEs)や民間企業、革新的なスタートアップ企業が大規模な資金調達を行うことを可能にし、1990年代から2010年代にかけて中国本土の経済の繁栄をもたらしました。

しかし、資本規制や厳格な規制を含めた中国本土市場の政治的・経済的な性質は、外国からのアクセスを制限しています。これらの要因はHKEXを、オフショアの上場先として、また外国人投資家が中国本土の資本市場にアクセスするための拠点として、魅力的なものにしました。

 

 

イギリス統治下で設立され、1997年の返還後も「一国二制度」の下で維持されている香港特別行政区は、中国本土とは異なる特徴があります。これには、コモンローの法体系やグローバルなアクセス、自由な資本移動が含まれます。こうした特徴によりHKEXは、中国本土の企業にとって自由なオフショア・ゲートウェイであり続けています。

 

中国本土からのプッシュ要因

デフレと不動産市場の下落が問題となった、中国本土のコロナ後の景気減速によって、民間企業は価格競争と利益の減少に苦しめられています。政府の支援がなければ、多くの企業は外国資本を求める他なく、それが香港への上場を推進する原動力となっています。

中国本土は政策主導の経済です。2024年に中国証券監督管理委員会(CSRC)は、特に採算の取れていない企業やアーリー・ステージの企業に対するIPOの承認を厳格化しました。その結果、本土の資金調達は101件のIPO93億ドルに落ち込み、前年比83%減少しました。2025年度上期に中国本土の取引所が調達した資金はわずか47億ドルで、同時期にHKEXに上場した企業が調達した資金の3分の1未満です。

 

香港へのプル要因

HKEX が国内取引所に対して持つ根本的な魅力は、香港ドルが米ドルに固定され自由に交換可能な通貨であるという、完全にオープンな性質にあります。自由な資本の流れとハード・カレンシーへの兌換性は、世界規模で事業を展開する企業にとって不可欠なものです。これは、出口戦略を検討しているアーリー・ステージの投資家や、未上場企業の創業メンバーにも当てはまります。

香港は中国本土によって特別行政区とみなされており、A+H上場モデルが強く推奨されています。これは中国本土の企業が、中国本土の証券取引所(A株)と、香港の取引所(H株)の両方で取引される株式を発行する、二重の上場です。今年上半期のIPO44社のうち21社がA+H上場となり、前年比110%増加しました。

 

HKEXの構造改革

最近の改革により、企業が香港市場に参入する方法や、投資家が企業にアクセスする方法が変わりました。新しいテクノロジー企業チャンネル1は、中国で多くの支援を受けている分野である専門的なテック企業やバイオテクノロジー企業に、機密厳守で迅速な上場への道筋を提供します。A+H上場2はわずか65日で承認されるようになり、上場企業の増加が加速しています。同時に、HKEXは浮動株比率の要求水準を15%から10%に引き下げ、個人株主比率の上限を50%から35%に減らしました。

投資家にとって、これらの変化は2つのことを意味します。取引の流れが速まる一方で、保護が弱まるということです。中国本土の規模の大きな発行体は、より多くのコントロールを維持しながら、より迅速に大規模な株式を市場に投入できるようになり、個人投資家のアクセスを犠牲にして機関投資家に利益をもたらします。浮動株数と個人株主の上限の減少は短期的には価格設定の効率性を改善する可能性がありますが、長期的には流動性とガバナンスに関する懸念を高めます。つまり、規模の大きな投資家にとってはアクセスが改善されましたが、より小さな投資家にとってはリスクが増大しました。

 

投資家にとっての意味するもの

投資家にとって、香港のIPOブームはチャンスとリスクの両方があります。良い面としては、HKEXは中国本土の最も活発な民間企業へのアクセスを提供します。一方で悪い面としては、市場が高度に集中していることです。HKEXの資金の約80%は中国本土の株式の発行体に関連しており、投資家は中国の政策や地政学的なイベントの変化の影響を受けることになります。世界の同業他社と比較して、評価額が継続的に割安であることは、長期的な収益について、さらなる疑問を提起します。トレードオフは明らかです。香港は中国本土の成長ストーリーへの入り口を提供していますが、それは参入の代償として集中とボラティリティを受け入れる覚悟のある投資家に限られます。

この記事は3部構成のシリーズの第1部です。第2部では、香港のポジショニングが世界の取引所と比べてどのような点が勝っているのか、そしてそれが長期的な資産配分にどのような意味を持つのかを探ります。第3部は、提言に重点を置いた香港CFA 協会との記事であり、最近の改革やIPOの価格形成、公開市場の要件を分析します。

 

参考文献

Hong Kong’s IPO Boom Roars Back: Inside the $14 Billion First-Half Surge and What’s Driving It

Hong Kong’s ECM Landscape in 1 2025

HKEX Posts Record Q1 Profit Amid Surge in IPOs and Trading Volume – Beijing Times

Chinese Mainland and HK IPO Markets 2025 mid-year – KPMG China

What China’s listing frenzy in Hong Kong means for investors | The Straits Times

China’s Belt and Road investment hits record highs in 2025, driven by energy, mining and tech sectors – Griffith News

PwC Hong Kong: PwC: 2025 poised to be the most active IPO market for Hong Kong in four years; fundraising expected to rank no.1 globally

Mainland China IPOs Drop in 2025 Amidst Regulatory Crackdown – News and Statistics – IndexBox

China Stock Exchanges Compared

 

1】テクノロジー企業チャネル(TECH:20255月にHKEXSFCが共同で立ち上げたテクノロジー企業チャンネル(TECHは、専門的なテクノロジー企業とバイオテクノロジー企業のIPOプロセスの合理化を支援することを目的としています。

2】適格A株上場企業の期間の短縮化:20241018日にHKEXSFCが発表した、新規上場申請プロセスの期間の改善に関する共同声明

 

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執筆者

Jacob Su

 

(翻訳者:安部 智宏, CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

Hong Kong’s IPO Boom: Gateway or Risk Trap for Investors? - CFA Institute Enterprising Investor

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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