By ジェイコブ・P・アスプランド、CFP/サミール・S・ソマル、CFA
弁護士の資格を持ち、第16代アメリカ大統領であったエイブラハム・リンカーンは、人々に理想のリーダーとして尊敬され、多くの名言とともに語り継がれる指導者です。彼は戦時下でも忍耐強く判断し、同僚たちと誠実に話し合い、人々の教育に尽くす利他的な姿勢を見せました。そのようなリンカーンの姿勢は、特に利益と誠実性の両立が求められるパッシブ投資家にとって貴重な教訓となります。
リンカーンにつけられた数々の愛称は、彼の生き方を物語っています――木を割って柵を作る仕事をしていたことからの「レイル・スプリッター(the Rail-Splitter)」、倫理的で誠実な法律家としての「正直者のエイブ(Honest Abe)」、そして奴隷制度を終わらせた「偉大な解放者(The Great Emancipator)」。リンカーンの自己省察的リーダーシップスタイルは、時代を超えて機敏な政治家や先陣をきる優秀な弁護士、さらに金融界のリーダーたちにより研究・模倣されてきました。トレードマークである彼の信条、すなわち「忍耐」、「規律」、「誠実」、「教育」は、パッシブ投資の中核となる理念と通じ合うものであり、本記事で紹介する彼の生き方と言葉は、パッシブ投資のプロフェッショナルにとっても学びになるでしょう。
パッシブ投資とは、最新のトレンドを追いかけたり、市場のざわめきに反応したりすることではありません。目的と信念をもち、粘り強く積み上げていくことです。正直者のエイブことリンカーンが言うように、リーダーシップも投資も、真の揺るぎない成功を掴むには、人柄と一貫した姿勢が必要です。
忍耐:リンカーンの戦略的ビジョンとパッシブ投資における長期戦略
“卵を壊すよりも、孵化させて鳥を得る方が早い”
忍耐は、法律家としても政治家としても、リンカーンの意思決定を導いた重要な資質のひとつでした。例えば大統領就任中、彼は奴隷制度を廃止する大統領令である「奴隷解放宣言」の発表を最適なタイミングまで意図的に遅らせたことがあります。詩人であり、リンカーン研究者でもあるカール・サンドバーグは『戦争の年月(The War Years)』の中で、この賢明な判断こそがリンカーンのメッセージを国内外により強く響かせたと述べています1。
パッシブ運用戦略は、資産クラスを分散させる場合は特に、市場のタイミングに左右されにくい傾向があります。投資家が理解すべきなのは、“市場にいつ投資するか”より、“市場にどれだけ居続けられるか”の方が価値あるという点です。リンカーンは激動の政治情勢の中でも信念を貫き、長期的な決断を維持しました。投資家もまた、規律あるポートフォリオのリバランスを行うことで、短期的な利益を追う誘惑を避け、より良い長期的な成果を得ることができます。
規律:リンカーンの戦略的計画と投資における正確性
“いつでも肝に銘じておきなさい。成功への決意が何よりも重要だということを”
リンカーンが法律を学ぶうえで身につけた思考は、彼の優れたコミュニケーション能力の基盤となりました。彼は演説、書簡、政策文書の全てにおいて、意図した効果を生み出すために言葉の一つひとつを巧みに選び上げ、簡潔で無駄のない文章を全体に貫いていました。「ゲティスバーグ演説」でも、272語すべてに明確な意図が込められています2。
パッシブ運用戦略もまた同様に、明確なコミュニケーションと体系的なアプローチに基づき、それが投資家に効果的に伝わることが不可欠です。リスク許容度や分散投資、個々の財務目標に関して適切な質問を行い、(投資家との)対話を行うことは、長期ポートフォリオの構築・運用にとって不可欠な要素となります。
成功するパッシブ投資の計画には、明快かつ正確、そして慎重であることが求められます。リンカーンが課題に直面するたびに政治的・軍事的戦略を調整し、進化させたように、リバランスにおいてもまた、市場の変動に応じた継続的な評価と調整が必要です。投資家は投資の基本原則と目的に忠実でありながらも、自分のアプローチを定期的に微調整し適応させていかなければなりません。アドバイザーは常にクライアントの最新状況を把握し、クライアントの生活や全体的な財務状況の変化について的確に質問していかなければなりません。
誠実:リンカーンの倫理的リーダーシップと金融における信頼の原則
“真実は、中傷に対する最高の弁護である”
リンカーンは、特に弁護士としての活動において「正直者のエイブ」と呼ばれており、この愛称は彼の名声の核心である誠実さ、信頼性、そして責任感をよく言い表しています。弁護士として、大統領として、そしてアメリカ南北戦争時期の最高司令官としても、リンカーンは常に真実と名誉への信念を曲げませんでした。
この価値観は、パッシブ投資の理念とも深く共鳴します。パッシブ運用は、低コスト、明確性、透明性、そしてアドバイザーとの利益相反の軽減を重視しています。その根本には、市場は効率的であり、市場のタイミングを測ったり動きを予測したりしようとすることは無意味だという理念があります。これはアクティブ運用に伴う隠れコストやキックバック、投機的リスクとは対照的です。
パッシブ運用のアドバイザーは、倫理的責任、クライアント教育、透明性のある情報開示を重んじます。この姿勢によって、推奨内容がアドバイザー自身の利益ではなく、クライアントの最善の利益に基づいて行われることになります。これは、信頼は誠実さによって築かれると信じていたリンカーンの生き方そのものです。この原則があるからこそ、投資家はその事業またはアドバイザーを、安心して信頼できる投資パートナーだと感じるのです。
教育:リンカーンの伝える力と投資家を導く力
“何であれ、その道を究めなさい”
リンカーンは、複雑な問題をわかりやすいたとえ話にして、人々に共感をもって伝える力がありました。スピーチをする際には、誰にでも伝わるように明快な表現を戦略的に選びました。ハリージャファが『分裂した家の危機(Crisis of the House Divided)』で述べているように、リンカーンは法律や憲法の議論を一般市民が理解しやすい言葉に意図的に翻訳していました3。
教育と理解のしやすさに対するこのような姿勢は、投資運用においても重要な意味をもちます。パッシブ投資の概念は専門的な理論に基づいていますが、一般の投資家にも理解できるように伝え、利用できるようにすることが大切です。低コストのインデックスファンドやオンライン学習ツールの登場によって、金融の専門知識がなくても自信をもって市場に投資する人が増えています。現代の投資家は、投資スペシャリストに対して、より明確で透明性の高いコミュニケーションを求めているのです。
クライアントのポートフォリオを運用するうえでのファイナンシャルアドバイザーの役割は、リンカーンのリーダーシップとよく似ています。不確実な状況下では、アドバイザーはコミュニケーションを増やし、専門用語ではなく論理的で的確な言葉を用いることが重要です。市場が下落すると、人は不安に駆られて誤った判断をしやすくなります。明確な説明ができるアドバイザーは、クライアントが動揺せず投資を続け、感情的な売却を避ける助けとなります。このように、コミュニケーションは単なる社交辞令を超えて、資産を守るための役割を果たしているのです。
リンカーンの精神を今日の投資環境へ
リンカーンのリーダーシップの中核には、明確さ、目的意識、そして倫理という価値観があり、危機や不確実性の時代にあっても、彼はその原則を守り抜きました。今日の投資市場は、景気サイクルやインフレ、市場の変動性がせめぎあう戦いの場なのです。それでも、こうした時代を乗り越えるために必要な価値観は変わりません。リンカーンの色褪せない信条――「忍耐」、「規律」、「誠実」、「教育」なのです。
パッシブ投資の成功に、華やかさや非現実的な期待は必要ありません。必要なのは、明確なビジョンと揺れる市場の中でも方針を貫くという、実証された原則です。こうした原則こそが、投資スペシャリストが果たすべき受託者責任を支え、クライアントとの長期的な信頼を築いていきます。
リンカーンのリーダーシップの精神を取り入れることで、投資家もアドバイザーも、信頼を築き、学びを深め、誠実さをもって経済的安定を追い求めることができるのです。
(翻訳者: 宋 智孝)
参考文献
1. Sandburg, C. (1939). Abraham Lincoln: The War Years. Harcourt, Brace & Co.
2. Wills, G. (1992). Lincoln at Gettysburg: The Words That Remade America. Simon & Schuster.
3. Jaffa, H. V. (1959). Crisis of the House Divided. University of Chicago Press.
英文オリジナル記事はこちら
Abraham Lincoln’s Playbook: A Model for Passive Investment Strategy
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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