イングリッド・ティエレンス(Ingrid Tierens), PhD, CFA
最近の報道では、大規模言語モデル(LLM)が、短い時間内でCFA®試験において優れた成績を収めている様子を伝え、注目されています。このような世間の耳目を集める見出しですが、厳格なカリキュラムと厳しい合格率で知られている資格への「死刑宣告」と見なされるべきではないでしょう。むしろ、人工知能(AI)の能力拡大を示すもう一つの実例であり、金融業界における能力基準のあり方を再考する機会を与えてくれます。
AIがCFA試験に合格する日
まず、AI推進派はほっと一息つくことでしょう。このシナリオこそが、まさしくAIがその真価を発揮するだろうと思われている場面だからです。つまり、明確に定義された知識体系があり、受験学習のための情報は豊富で質にばらつきがなく、そして世界中の受験者が、長い年月をかけて標準化された形式で等しく試験に臨みます。でも、金融分野以外の標準化された試験では、既にLLMは素晴らしい能力を示していますので、それを踏まえれば、この合格という結果はさほど驚くことでもないでしょう。
これらの試験は基礎的な能力を評価することを目的としており、その分野でAIが成功を収めたということは、特に、合格の基準として、完璧な答えが求められていない場合において、膨大な情報を効率的に処理・統合する能力が備わっていることを裏付けるものです。もしAIがこのような場面において満足のいく結果を出せなかったとすれば、その発展に対する巨額投資を巡って今行われている論争に、間違いなく拍車をかけることになるでしょう。
技術は、常にその水準を引上げて来た
第二に、マーク・トウェインが語ったと伝えられているように、「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む」のです。AIの進歩は、金融業界にあってはより広範な流れに影響をもたらしており、この進歩が必ずしも直線的ではなく、飛躍的な速さで起こる可能性があることを浮き彫りにしています。金融セクターは、これまで多くの技術的進歩を受け入れてきました。ペンと紙から電卓へ、そしてコンピューター、Excelスプレッドシート、Pythonプログラミングなどへと移り変わってきました。それでも、これらの変遷のどれひとつとして、この職業に存亡の危機をもたらすことはありませんでした。むしろ効率性と分析能力を向上させ、専門家を定型業務から解放し、より付加価値の高い活動に集中できるようにしてきたのです。
このような歴史観は、バリュー投資の父でありCFA資格の推進役であったベンジャミン・グレアムが身をもって示したものです。1963年といえば、コンピューターが投資の世界に登場した年ですが、そのとき、グレアムは『ファイナンシャル・アナリスト・ジャーナル』誌への寄稿文で、「財務分析の未来」を楽観的に語っています。
進化し続ける能力
第三に、AIは、基本的な能力の水準は絶えず進化し続けるものであること、この業界だけでなく他の多くの分野でも同じですが、成功するには、継続的なスキルアップへの取り組みが不可欠であることを改めて思い起こさせてくれます。CFA協会は、これまでも長年このアプローチを促進し、そのカリキュラムをAIやビッグデータなどのトピックに適応させ取り込んできました。ペンと紙のみを使用し、基本的なコンピュータースキルを持たず、Excelスプレッドシートに不安を感じ、プログラミングの将来性に有難さを感じていない金融アナリストは、相当時代遅れだと言えましょう。
もはや、AIを活用しない選択肢など存在せず、適切な管理体制の存在が前提ですが、付加価値を生みだそうとする分野でそれを活用することは、大きな優位性となり得ます。AIを駆使した分析によって時間が節約できれば、その時間をより戦略的な思考、複雑な問題解決、顧客との関係構築に振り向けることが可能となります。
人間の判断力が依然として重要である理由
最後に、AIが近いうちに投資専門家としてあなたに取って代わる存在となることなどはありません。この分野で成功するには、どこにでもあって容易に入手できる知識を再利用する以上のものが求められます。特に、この業界で初めての仕事を得るには、広範な知識体系を活用できる以上のことが不可欠です。つまり、常に変化する市場環境にあって知識を応用し、情報を批判的に分析し、斬新なものを生み出す能力を示すことが求められます——これは、単なるレベルI、II、IIIに合格することなど足元にも及ばないくらいの挑戦です。
ここまでの議論を敷衍すると、採用担当者から問われる可能性の高い質問はこうでしょう「関税を巡る不確実性が業界のサプライチェーンにどのような影響を与えるか評価する場合、あなたは、CFAカリキュラムのどの部分を活用しますか?」。一方、次のように尋ねられる可能性は低いでしょう「このようなクライアントを想定して、その投資プロファイルを考慮すると、これらの投資は適切だと思いますか?」。
同様に、投資パフォーマンスは、市場が見落としているかも知れない異常値や情報を見つけ特定することによって、生み出すことができます。そのためには、基礎的な知識を深く理解しているだけでは十分ではありません。それを文脈全体の中で捉え、特定分野における深い造詣に裏付けられた、機微を踏まえた判断を示すことができるのかが求められます。そのような努力があれば、AIツールは強力な補助手段となり得ますが、他とは違った洞察を適時に見いだす能力には、試験の合格基準を満たすだけの表面的なコンセンサスをはるかに超えたスキルを必要とします。
CFA協会が長年強調してきたように、未来はAIとHI(人間の知性)のモデルを習得した者たちのためにあります。そのモデルがあれば、投資専門家は、機械と人間の相乗効果を通じて優れた成果を達成することができます。グレアムが1963年のFAJ記事の締めで述べた言葉は今も胸に響きます。「いずれにせよ、一つだけ確かなことがある。将来の財務分析は、過去と同様に、成功に連なる数多くの様々な道をもたらすという点だ。」
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執筆者
Ingrid Tierens, PhD, CFA
(翻訳者:大濱 匠一、PhD、CFA)
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注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。