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No.738


                                                                                                                                           2025年11月21日

サステナビリティにおける生成AIの将来性と落とし穴

GenAI’s Promise and Pitfalls for Sustainability

 

By Mary Leung, CFA

Posted In: Artificial Intelligence, ESG, Fintech, Sustainability


 

マリー・レオン, CFA

 

生成AIは、私達の時代を特徴づけるテクノロジーとして急速に台頭しています。サステナビリティの成果という観点になると、生成AIは有益なのかあるいは障害となるのでしょうか?本稿では3つの事例をコインの両面から調査します: ファイナンスと実体経済におけるサステナビリティ推進のためにどのように生成AIを利用することができるか、サステナビリティにもたらすリスクは何か、そしてこのパワフルなテクノロジーがサステナブルな価値創造に貢献するための実務的なステップは何か。

事例 1: サステナブルな投資についてのデータと洞察

生成AIのサステナビリティへの適用における最もパワフルな機能の一つは、大規模かつ大量のデータ--特にサステナビリティの内容について豊富かだがフォーマットやクオリティが異なる非構造化データを処理する能力です。生成AIは企業の提出書類、規制当局レポート、膨大なデータセット、そしてソーシャルメディアの投稿を取り込み、隠れたパターン、トレンド、そして非統合データパターンを抽出することができます。この能力は人の手による介入の必要性を減らすだけでなく、サプライチェーンの脆弱性、ガバナンスの警告信号(レッドフラグ)等を含む新たなリスクを手遅れになる前にアナリストが特定することを可能にします。

生成AIはリアルタイムでの洞察を提供するために、テキストデータに加えて衛星画像やインターネット・オブ・シングス(IoT)センサー等の他のデータソースと組み合わされます。例えば衛星データは森林伐採、メタン漏れ、沿岸洪水のモニタリングの為に使用することができ、IoTセンサーは店舗や工場現場レベルでのパワーや水の使用量をキャプチャすることができます。適切に構築されると、これらのシグナルは予測分析、シナリオモデリング、ポートフォリオの最適化につながり、ポートフォリオマネジャーによるエクスポージャの調整やストレステストの実行を可能にします。

 

非構造化データとAIについての直近のCFAインスティテュートのレポート[1]では、どのようにAIモデルがESG関連の重要なツイートを特定してそれらの情報をポートフォリオ構築に統合するよう訓練できるかが説明されています。バックテストをしたところ、ESGをテーマとするこれらのポートフォリオはベンチマークをアウトパフォームし、特に小型株について力強いパフォーマンスを見せました。この結果は生成AIの、断片化した役立つESGデータポイントを整理して、優れた成果のための実行可能な投資運用パフォーマンスに変える能力を証明しています。

事例2: 脱炭素化とエネルギー最適化

もう一つの有望な生成AI適用は、エネルギーシステムの更なる効率化にあります。国際エネルギー機関(IEA)によると、2024年にデータセンターは415 TWhの電力を消費しました[2]。同レポートによると、生成AIはより正確な需要予測を供給し、より効率的に再生可能パワー資源と統合することで、グリッド運用者がグリッドへの圧力管理を行うのを補助すると書いています。また遠隔障害検出システムは、エネルギーを使用または貯蔵できる場合でも不必要な電力削減をカットして、新たなインフラを必要とせずに最大175ギガワッツの送電容量を解放できます。

グローバルなCO2排出の13%近くを占めるスチール、セメント等の削減が困難(すなわち、脱炭素化が難しい)なセクターにおいて、生成AIはエネルギー効率化の改善のために導入されます。これらの適用は予測的なメンテナンスやプロセス制御から高炉温度の最適化まで多岐にわたり、これらの全てが廃棄物を削減し生産に関わる炭素集約度を低下することが出来ます[3]。世界経済フォーラムが発行した2024年ネットゼロインダストリートラッカーによると、生成AIの利用は資本効率性を5−7%改善し、資本需要をUSD 1.5兆から2兆米ドル削減すると示唆します。[4]

データポイントを奨励する流れはアジア太平洋地域でも始まっています。例えばシステムレベルでは、中国都市におけるAIの展開はエネルギー効率性の改善と相関関係があり、大部分はグリーンテクノロジーイノベーションの推進と産業構造の合理化が寄与していると調査されています。[5]また同調査ではその恩恵は強力な監視と環境規制のある都市において特に顕著だといいます。

上述の例はより広い観点を強調します: 生成AIは正しい課題に適用されると、実体経済全体に渡ってエネルギー消費を削減することができます。投資家にとって、これは企業がいかにAIを展開しているか精査することにより炭素削減の潜在能力と長期の競争力の両方に関する価値あるシグナルを得られうるのです。

事例 3: 安全性、回復力、そしてサーキュラーエコノミー

職場の安全性とオペレーショナル・レジリエンスは、ヘッドラインを飾る話題ではないけれどサステナビリティの重要な要素です。エネルギーや水、廃棄物処理などのセクターでは、AI対応の「デジタルツイン」によって、事業者は処理プラントからディストリビューションネットワークまでの物理資産の仮想レプリカの作成を可能にしています。

異なった条件下での行動をシミュレーションすることで、デジタルツインは装置の故障予測、メンテナンススケジュールの最適化、ダウンタイムと無駄の削減を手助けします。例えば廃棄物と水資源マネジメントサービスを提供するグローバルユーティリティのヴェオリアは、AI対応のデジタルツインを廃水処理プラントに展開し、早期に漏水を発見して修理リソースをより効率的に割り当てることで、環境と財務結果両者を改善しました。[6]

現場では、企業は社員を守るため自律的検査ロボットに注目しています。ボストン・ダイナミクスのロボット犬のスポットは高電圧の変電所、化学施設、閉鎖空間等の人間の入場が深刻な安全上のリスクとなる危険環境を点検するためにカメラ、センサー、AIヴィジョンを搭載しています。ナショナルグリッド等のユーティリティは、スポット使用によって収集したデータをデジタルツインモデルにフィードし、予測的なメンテナンスと安全性の確保に使用しています。[7]

投資家にとって、これらの事例は生成AIが職場のリスクを削減することによりいかに直接的に社会的要素へ貢献出来ることを例示しています。またそれらは注目が高まるサーキュラーエコノミー効率を強調します: より少ない廃棄、少ない事故、そして資産の長期ライフサイクルーこれらの全てがオペレーショナル・レジリエンスを強化し、サステナブルな価値の創出に合致します。

生成AIによるサステナビリティリスク

生成AIが更に効率的、手頃、アクセス可能になるのに従って、サステナビリティのリスクに繋がる懸念も増大しています。今年の9月に開催されたリシンク香港カンファレンスでは、CFAインスティテュートはAIとサステナビリティの交差点についてのラウンドテーブルを開催しました。主にサステナビリティ、テクノロジー、ファイナンスのプロフェッショナルである約40名近くの参加者に投票を実施し、その結果は示唆に富むものであった。70%の参加者は生成AIについてサステナビリティの3つのリスク柱全て(環境、社会、ガバナンス)について懸念を回答し、その中でもガバナンスの懸念が環境と社会に比べて切迫していると評価されました。一体それらのリスクとは何なのでしょうか?そしてどのように軽減できるのでしょうか?

環境リスク

·        エネルギー2025年にビッグテックはUSD3000億以上をAIインフラに投資すると予想されました。この急増には環境へのインプリケーションがあります。例えば、Google2024年の総温室効果ガス排出量は、基準となる2019年と比べて51%上昇し、スコープ3の排出量は前年比24%上昇しており、これらは主に高度なAIモデル稼働に必要とされるデータセンターからの電力需要により増加されたものです。[8]AIモデルのトレーニングはエネルギー集中的で、新しいモデルほどエネルギー使用は増えます。2020年にリリースされたGPT3のトレーニングには588トンの炭素排出でしたが、2023年のGPT4には5184トン、そして2024年のLlama 3.1 405Bには8930トンとなっています[9]

多くのテック企業は懸念緩和のためこれらの問題に積極的に取り組んでいます。例えばアリババクラウドは、電力使用効率(PUE)を改善し自社のデータセンターで使用するクリーンエネルギーの割合を高くしました。2025年には彼らのPUE2022年の1.247から1.190まで下がり、エネルギー使用量におけるクリーンエネルギーの割合は64%を占めました。[10]

水使用: AIデータセンターはサーバ冷却に大量の水を消費します。例えばアメリカでは2023年の直接水消費は660.2億リットルでしたが、[11]あるデータセンターのオペレーターの報告によるとそこで使用された水の60%は消費され返却されなかったとのことです。 [12]AI需要の高まる中で、グローバルなデータセンターの取水量は2027年までには4.2から6. 6兆リットルに達すると言われています。[13]オーストラリアではニューサウスウェールズでの急激なデータセンター拡張が年間96億リッターのクリーンウォーターを使うと予測されています。これはシドニーの最大水供給量の約2%であり、居住者と地元農家の懸念を高めています。[14]

私は以前生成AIの‘健康に関する警告’を執筆し、それにはデータインテグリティ、透明性、説明責任、[15]そして労働力置換が含まれます。ハイライトは次の通りです。

社会的リスク

·        労働力の代替AIがモニタリング、意思決定、その他の役割を自動化することで、一定の仕事は消滅し得ます。もし仮にAIにより新たな雇用が創出されても、移行は数百万人の労働者にとって痛みを伴い、失業、リスキリング、不平等などの問題が浮上します。

·        バイアス強化社会的偏見と不平等を反映するデータトレーニングとアルゴリズムによって、バイアスは生成AIに入り込んできます。これらのバイアスは、ジェンダー、人種、文化等様々な形態を示し得るでしょう。

ガバナンスリスク

·        データクオリティと統合性ESGデータのクオリティは著しく異なり、それが欠陥のある結論や、アウトプットと結論に影響するバイアスを不注意に内包するモデルにつながり得ます。リシンク調査では、回答者の77%がデータ品質をAIモデル実装の最大の障壁とみなしています。

·        透明性、説明可能性、説明責任の欠如。多くのAIモデルはブラックボックスです: トレーニングデータがどこからきているのか、どのようなバイアスが存在し得るのか、意思決定やアウトプットはどのように正当化されるのかは不透明です。直近のCFAインスティテュートのレポートExplainable AI in Finance” [16]で議論されたように、人間とAIのコラボレーションとリアルタイムの説明対策が生成AIに関する信頼構築と消費者利益の保護における最も効果的なツールです。

まとめ

いかなるツールにおいても、生成AIのインパクトはそれがどのように使われ稼働されるかによって左右されます。正しい手で使われれば、このテクノロジーは投資家と企業にデータ分析の強化、エネルギーシステムの最適化、そして労働環境の安全化を可能にします。しかし思慮深く責任ある開発がなければ、電力グリッドを負担をかけ、すでに希少な水資源を枯渇させ、ガバナンス、バイアス、倫理についての困難な問題を浮き上がらせるでしょう。CFAインスティテュートのリサーチが示すように、説明性とガバナンスは生成AIの展開の洞察と幻想の違いであり、責任を持って生成AIを使用し規律をもって使用できる者こそ、その利益を最大限に享受することができるのです。

 

(翻訳者:古賀紗希、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

 

GenAI’s Promise and Pitfalls for Sustainability

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

また、必ずしもCFA協会または執筆者の雇用者の見方を反映しているわけではありません。

 

 

出典:

[1]Brian Pisaneschi, “Unstructured Data and AI: Fine-Tuning LLMs to Enhance the Investment Process,” CFA Institute (1 May 2024). https://rpc.cfainstitute.org/sites/default/files/-/media/documents/article/industry-research/unstructured-data-and-ai.pdf.

[2]International Energy Agency, “Energy and AI” (April 2025). https://iea.blob.core.windows.net/assets/601eaec9-ba91-4623-819b-4ded331ec9e8/EnergyandAI.pdf.

[3]Ankit Mishra, “Decarbonizing The Industrial Sector: Can AI Catalyze Global Progress?” Forbes (6 August 2025). www.forbes.com/sites/ankitmishra/2025/08/06/decarbonising-the-industrial-sector-can-ai-catalyse-global-progress/.

[4]World Economic Forum, “ Net-Zero Industry Tracker: 2024 Edition” (December 2024). https://reports.weforum.org/docs/WEF_Net_Zero_Industry_Tracker_2024.pdf.

[5]Jun Zeng and Tian Wang, “The Impact of China’s Artificial Intelligence Development on Urban Energy Efficiency,” Scientific Reports 15 (6 July 2025). www.nature.com/articles/s41598-025-09319-x.

[6]Louis Larsen and Mathieu Lamotte, “Transforming the Future of Wastewater Treatment Plants with Digital Solutions,” Veolia (March 2022). www.veoliawatertechnologies.com/sites/g/files/dvc2471/files/document/2024/08/WP%20All%20HUBGRADE%20Performance%20Plant%20White%20Paper%20EN.pdf

[7]Boston Dynamics, “Case Study: National Grid,” accessed 20 October 2025. https://bostondynamics.com/case-studies/national-grid/.

[8]Google, “Environmental Report 2025” (June 2025). www.gstatic.com/gumdrop/sustainability/google-2025-environmental-report.pdf.

[9]Nestor Maslej, Loredana Fattorini, Raymond Perrault, Yolanda Gil, Vanessa Parli, Njenga Kariuki, Emily Capstick, et al., “The AI Index 2025 Annual Report,” AI Index Steering Committee, Institute for Human-Centered AI, Stanford University (April 2025). https://hai-production.s3.amazonaws.com/files/hai_ai_index_report_2025.pdf.

[10]Alibaba Group, “Environmental, Social and Governance Report 2025” (June 2025), https://data.alibabagroup.com/ecms-files/1375187346/7377e4a7-cb19-43e6-8bdf-6ba231ecbf0f/2025%20Alibaba%20Group%20Environmental%2C%20Social%20and%20GovernanceESGReport.pdf.

[11]Arman Shehabi, Sarah J. Smith, Alex Hubbard, Alex Newkirk, Nuoa Lei, Md Abu

Bakar Siddik, Billie Holecek, Jonathan Koomey, Eric Masanet, and Dale Sartor, “2024 United States Data Center Energy Usage Report,” Lawrence Berkeley National Laboratory (December 2024). doi:10.71468/P1WC7Q.

[12]Alex Setmajer, “How Data Centers Use Water, and How We’re Working to Use Water Responsibly,” Equinix (19 September 2024). https://blog.equinix.com/blog/2024/09/19/how-data-centers-use-water-and-how-were-working-to-use-water-responsibly/.

[13]Shaolei Ren and Amy Luers, “The Real Story on AI’s Water Use—and How to Tackle It,” IEEE Spectrum (10 September 2025). https://spectrum.ieee.org/ai-water-usage.

[14]Byron Kaye, “Exclusive: In Australia, a Data Centre Boom Is Built on Vague Water Plans,” Reuters (14 September 2025). www.reuters.com/sustainability/land-use-biodiversity/australia-data-centre-boom-is-built-vague-water-plans-2025-09-15/.

[15]Mary Leung, “AI and ESG: Harnessing Innovation to Drive Impactful Outcomes” (10 December 2024). www.linkedin.com/pulse/ai-esg-harnessing-innovation-drive-impactful-outcomes-mary-leung-cfa-ilefc.

[16]Cheryll-Ann Wilson, “Explainable AI in Finance: Addressing the Needs of Diverse Stakeholders,” CFA Institute (7 August 2025). https://rpc.cfainstitute.org/research/reports/2025/explainable-ai-in-finance.