オディリ・オギニ(Odiri Oginni), CFA, DBA
長い間、投資参加率が低いことやポートフォリオ選択がうまくいかないのは情報不足が原因だと言われてきました。つまり、上手に投資ができないのは、リスクやリターン、金融商品について理解していないためだとされてきたのです。そのため、その解決策として示されてきたのは、いうまでもなく、もっと教育を行い、より分かりやすい情報開示を心がけて、そしてより質の高いデータを提供することでした。
ところが、金融リテラシープログラム、透明性の向上、市場へのアクセス拡大に向けて大きな投資がなされたにもかかわらず、依然として行動パターンの多くは変わらないままでした。投資家は資産配分において過剰なまでに保守的であり続け、相場が乱高下する時期には市場から資金を引き上げました。利益が増加しているにもかかわらず流れに乗り遅れ、金融機関に対して深い不信感を抱いています。
こうした状況は、一般投資家だけでなく、高学歴で金融リテラシーの高い人たちにも見られます。そして、その状況は数字でも示すことができます。投資家は景気拡大期に潤沢過ぎるほどの現金を保有し、相場下落時に売却し、長期的なリターンが確実に蝕まれているのです。
以上のことは、個人投資家にサービスを提供するすべての投資専門家に次のような問題を提起しています—たしかに情報は必要だが、それだけで不十分ならばどうしたらよいだろうか。
なぜ情報だけでは不十分なのか
伝統的な金融理論によれば、適切な情報を得れば、個人は合理的に考えて最適な行動をとるものとされています。しかし実際には、中立で統制された環境で投資判断が下されることはめったになく、不安、感情的ストレス、社会的影響、そして時間的プレッシャーに晒されています。
市場が急落した際、投資家は冷静に期待リターンや相関関係を見直すことなどありません、恐怖を感じるだけでしょう。ボラティリティが高まると、統計的分布に基づいてリスクを捉えることはなく、心理的な脅威として受け止められます。こうした状況下では、情報が追加されても意思決定をよい方向に導かないことが多く、場合によっては不安を助長させ、呆然自失に陥らせてしまいます。
行動ファイナンスの研究から得られた証拠が、このような観察結果を裏付けています。つまり、個人は損失回避的であり、直近に経験したことを過大評価し、将来に起こりうることを割り引いて考え、複雑な状況に直面するとヒューリスティック(経験則)に頼ってしまいます。このような傾向は、金融リテラシーの高い投資家の間でも見られます。金融商品を販売する企業や資産運用会社が、この現実を無視してしまえば、顧客の身に起きたこと原因をその人の行動のせいだとしてしまい、そのような行動を招いたシステムにあるとは考えないままになってしまいます。
行動は仕組みに従う
行動科学の研究から得られた最も確かな知見の一つは、行動は周りの環境に強く左右されるということです。初期設定、フレーミング、選択アーキテクト、そして制度的なシグナルはすべて、情報そのものよりもより強力な影響を意思決定に与えます。
例えば、拠出に関する選択肢や開示内容がまったく同じだとしても、年金プランへの参加率は、加入の意思を示す必要がある(オプトイン)のか、何もしなければ自動的に同意とみなされるのか(オプトアウト)かによって劇的に変わります。同じように、投資家がリスクの高い資産を保有したいと思ったとしても、そのことは、パフォーマンス情報がどう提供されるのか、フィードバックの頻度がどのくらいか、その行動が身近な人たちの目にどう映るのかによって左右されるのです。
こうした事実は、投資成績が投資家の知識だけでなく、投資制度の設計状況にも影響を受けることを示唆しています。投資判断は、行動バイアスを増幅させることもあれば、抑制することもある。そんな外部環境の中にすっかり取り込まれているということなのです。にもかかわらず、金融に関するさまざまな仕組みの多くは、依然として、参加者は、高いレベルの自制心、先見性、そして打たれ強い心があって当たり前だと見做しています。金融商品は、規律が守られるという暗黙の期待に基づいて設計されています。助言の枠組みは、顧客の行動がその助言に沿って最後までやり遂げられることを前提としています(途中下車は想定していません)。規制は、大抵は、ルールが明確に周知されていれば、きっちり守られるものだと想定しています。万が一、その結果が期待に及ばない場合、設計の大前提を見直すというよりは、教育を強化するという対応が一般的です。
教育から仕組みづくりへ
情報の限界を認識しても、投資専門家の役割軽視に繫がることにはなりません。ただ、その役割を見直せばよいのです。問われるべきは「あとどれだけ説明できるか」から「意思決定がなされる仕組みはどれほど適切に設計されているか」へと移っています。
この役割の見直しは、投資エコシステム全体に重要な影響を与えます。資産運用会社にとって、商品の成功はパフォーマンス指標だけで評価されるべきではありません。投資家が、どのように投資を開始し、続け、ボラティリティにどう反応するかといったような行動履歴も同じように大切なのです。
理論的には最適であっても投資家が脆弱な行動を取る商品が、大規模なレベルで意図した成果をもたらす公算は低くなります。ファイナンシャルアドバイザーにとっては、推奨内容の質だけでなく、アドバイスがいつどのようになされたのかによって効果が異なります。タイミングや枠組みに加え、特に市場がストレス下にある場合には感情が、アドバイスの効果に大きな影響を与えます。政策立案者や規制当局にとって、参加、信頼、包摂は、主にコミュニケーション上の課題ではなく、制度設計の問題なのです。ルールやセーフガードの執行を通じてだけではなく、信頼、安定性、公平性についてそれらが発するメッセージも影響を与えます。
あなたの目の前にいる投資家のための仕組みづくり
投資行動についてその仕組みを中心に考えるという姿勢は、合理性を否定するものではなく、その限界を認めることです。それは、人間の行動には「限定合理性」と「予測バイアス」がついてまわること、仕組みもそれに応じて構築されるべきこと(の大切さ)を示唆しています。つまり、次の問いが投げかけられているということです。
・初期設定はどの点において、短期的な衝動ではなく、長期的な行動を支持できるのか
・意味のある選択肢を減らさずに、選択肢の組み合わせをどうすれば簡素化できるか
・どのような「干渉」であれば役に立つのか、有害となるのはどのようなものか
・制度的なルールは、特に新興市場において、信頼や正当性の受け止め方にどのような影
響を与えるのか
・どうすれば、金融教育を「解決策」ではなく「支援」として再定義できるか
これらは机上の懸念事項ではありません。資産配分、市場参加、金融の安定性に直接的な影響を及ぼす、実際の制度設計上の問題なのです。
結論
投資に関する知識と実際の投資行動との間に存在するギャップは根強く、問題は単なる教育だけで終わらないことを示唆しています。情報は重要ですが、それは意思決定に影響を与える環境の中で機能するものです。もしも、意図した水準に達していない投資成績が続いているのであれば、重要な問題は「なぜ投資家が合理的に行動できないのか」ではありません。むしろ、彼らの目の前にある商品、助言の枠組み、そして制度的なルールが、生身の人間行動に合わせて設計されているかどうかが大切なのです。したがって、投資成績を向上させたいのであれば、「より口数の多い説明」などではなく、どのような仕組みであれば「より良くなるのか」へと重心を移す必要があるのです。
「合理的な主体」という前提から、予測可能な行動を取る投資家との協働へ。行動を「ノイズ」として扱うことから、金融に関する意思決定の中核的な要素だと認めることへ。このような考え方の転換は任意ではなく、不確実性の高い世界において持続可能な成果を求める投資専門家にとってますます不可欠になっているのです。
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執筆者
Ingrid Tierens, PhD, CFA
(翻訳者:大濱 匠一、PhD、CFA)
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Investment Behavior Is a Design Problem, Not an Information Problem - CFA Institute Enterprising Investor
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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